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その女性は、同じ人間とは思えない風貌をしていた。
年齢はおそらく俺たちよりも上。小松田さんあたりと見える。だけど肩あたりで切り揃えられた髪はまるで老婆のように真っ白だ。それでいて、艶やかで柔らかく風に揺れている。
火を持たずして光を纏い、白い髪を持つ。それだけでも人間離れしているが、俺が天女だと瞬間的に感じたのは、彼女の瞳が赤かったからだ。
俺たちはぴくりとも動けない。
今までの三人の天女とは比べ物にならない、この世ならざるものの雰囲気に気圧されている。
そんな中、彼女は口元だけ微笑んだまま部屋の中を見回した。そして「さすが忍たま。小さい」呟いた。
「は?」
眉をひそめた潮江先輩が、不機嫌そうに言った。
「忍たまって子供だから小さいっていうのはわかっていたけど、実際に見ると本当に小さいんだって思って。いやあ可愛いね、みんな」
表情を変えず、しかし感心したように目蓋をぱちぱちと動かす。
やはり、今までの三人とはまったく違う。自分が俺たちのことを知っていることを隠しもしない態度に、結局会議は無駄だったんだなあと心の中で溜め息をついた。
おそらく、それぞれ静かに混乱している中、いち早く冷静になった立花先輩が、おそるおそるといった様子で手を上げてから発言した。
「……まさか、本物の天女さまですか?」
「うーん、本物かって聞かれると少し違うんだけど、ざっくり言えば天女かな、異界のものだし。……って言うと優子ちゃんも真希ちゃんも、恵子ちゃんも本物の天女になっちゃうね。……ええーっと、そうだ人間じゃないって意味で天女だよ」
気配は人間ではない。だけど言動は俺が想像するような雅な話し方ではなく、とても人間味がある。
「変な力も使えるし」と言って、天女は片手を光らせる。
神秘的な超常現象を目の当たりにしているのに、「変な力」という言葉のせいでいまいち感動が薄い。
それでも本物の天女だ。さっきまではなかった畏怖の念が込み上げてくる。いくら天女さまが適当な態度でも、俺たちはぴしりと背筋が伸びた。粗相を働いてはいけない。白い光を纏った手は、そう思わせる力があった。
「あの、それなら……」
「うん。もちろん色々説明するつもりだよ。だけどここは人が多いから場所を移そう。立花くんは話を聞きたいだろうけど、学級委員長委員会の二人と市蔵くんだけでいいでしょ」
随分とおかしな呼び方をする。この場にいる学級委員長委員会は尾浜先輩と鉢屋先輩、それに俺だ。「学級委員長委員会の三人」と呼べばいいのに、わざわざ「二人と俺たち」で区切る意味はあるのか。学年で分けたのかもしれないが、そうだとしても違和感は残る。
もやもやとした気持ちのまま、俺たちは委員会で使っている部屋に移った。
「ああ、自己紹介とかはいいよ。私はみんなのこと知っているから」
腰を落ち着けて、開口一番に天女さまはそう言った。
それなら話も早い。だけど、天女さまがこちらのことを知っていても俺たちは何も知らない。
そこで緊張ぎみに尾浜先輩が尋ねた。
「あの、私たちは天女さまのことを何とお呼びすればいいでしょう?」
「私? ……私には名前はないから天女のままでいいよ」
「そうですか……」
「それなら天女さま、私たちは天女さまにお聞きしたいことがたくさんあります」
「だよね。鉢屋くん、なんでも聞いていいよ」
すんなりと了承した天女さまは、「答えられることならなんでも答えるよ」と言った。
「あの三人をここに連れてきたのは、天女さまですか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
曖昧な返答に、鉢屋先輩はむっとした。
だけど天女さまも表情こそ変わっていないが、困ったような声音をしているので何か事情があるのだろうことは容易に想像ができた。
「私は世界を見守る役目を担っているの。だからあなたたちのことも知っている。楽しそうに忍術を学ぶ姿に癒されることもあった。そういうお礼の意味で、あれこれ忙しい忍術学園にひとときの休息を与えようと思ってたんだけど……」
「だけど?」
「能力が暴走しちゃったみたいね。邪念が入っちゃのかしらね。まさか三人も別の世界に飛ばすことになるとは思わなかったわ」
そのせいで忍術学園は大波乱だったのに、天女さまはあっけらかんと「誰だって失敗くらいあるでしょ」と言いのけた。
早くも天女さまの雰囲気に慣れた尾浜先輩は、「失敗の仕方が豪快すぎます」と呆れている。
天女さまは、禍々しい血のような瞳こそ持っているが、やはり怨霊の類いではないからか威圧感はない。神々しさを僅かに感じる程度。それも天女さまのざっくばらんな態度で消えてしまっている。
「みんな市蔵くんが巻き込まれた理由を知りたがっていたし、今だって鉢屋くんが聞こうとしているけど、そんなのただの偶然よ。私はただ、彼女たちをこの世界に飛ばしてしまったから救済措置として、満月の日に残るか帰るか決めてねって言っただけなの」
「じゃあ、どうして恵子ちゃんは残りたがっているのに帰ってしまったんですか」
「それは可哀想だとは思ったけど……。でも彼女も言ってしまったじゃない。『最終巻が出たらそれだけ読みに帰りたいくらいだよ』って」
「そんなの、ただの例え話で……!」
「それでも約束は約束だから。満月の日に『帰りたい』って思ったら元の世界に戻るって」
ただの言葉のあやでしかないのに恵子ちゃんは帰ることになったのか。恵子ちゃんはここに残ると決めていたのに。悩んで決意したのに。
口は災いの元だと言われればそれまでだけど、だけどそれくらい多めにみてくれたっていいだろう。
俺の気持ちを察したのか、天女さまは肩を竦めた。さらりと白い髪が肩に当たって揺れた。
「そこでおまけをしちゃダメでしょう。恵子ちゃんはただの人間なんだから。優子ちゃんや真希ちゃんと同じじゃないと、今度は優子ちゃんや真希ちゃんが『可哀想』になっちゃうでしょ」
「そうですけど……」
「優子ちゃんや真希ちゃんだってこの世界が好きだった。だけど思い込みとか色々あって帰りたいって思ってしまって帰ったの。……大丈夫よ、あの三人ならちゃんと自分の世界でやっていけるわ」
少しだけ、本当に少しだけ肩の力が抜けた。
自分の世界に帰る間際の彼女たちの顔が忘れられないでいたから。錯乱した様子や、恐慌をきたした様子。帰りたくないと叫ぶ声だって鮮明に覚えている。
トラウマになっていないならよかった。
しんみりとした空気が一瞬流れたが、それも長くは続かなかった。天女さまが「じゃあ、そろそろ帰るわ」と言い放ったからだ。
「え、まだ全然話を聞いていませんよ!」
「何言ってるの鉢屋くん。もう経緯から何から話したでしょ」
「どうして彼女たちだったのかとか」
「神のみぞ知るってやつよ」
「満月だったのかとか!」
「それは私の都合ね」
「最後にあなたが種明かしをしに来た理由とか!!」
「私だってあなたたちに会いたかったんだもの。それに最初から『人間を送るわ』なんて教えたら面白くないでしょ」
「愉快犯ですか!!」
「失礼ね。だってここは、そういう世界でしょ」
鉢屋先輩と言い合った天女さまは「そういうここが大好きなのよ」と言い残して、あの白い光で全身を包んであっという間に消えてしまった。
ゆらりと灯明の火が消え、部屋は暗闇に包まれた。
誰もが黙り静まり返った室内で、俺は天女騒動の終焉を感じた。