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私が滞在しているのは、ホテルではなくシャロン・ヴィンヤードの別邸であるマンションだ。場所はアッパー・イースト・サイド。カーテンを開けば、眼下に雪化粧が施されたセントラル・パークが広がっている。
内装は豪奢ながらもニューヨークに来たときだけ滞在する別宅なので、比較的シンプルな家具が多い。
その中で、唯一華美なのが私のために用意された部屋だった。
白地に金色の装飾が施されたロココ調の家具たちは、わざわざ私がイタリアに縁があるからといって新たに買い揃えたシリック製。
イタリア最高峰のそのブランドは、もちろんボンゴレの屋敷でも使われていて、どことなくボンゴレを思い出す。あそこは、この部屋と違って新品の匂いはしなかったけど。
部屋を出てダイニングに行くと、いつものことながら誰もいなかった。
だけど、普段は何も置かれていないテーブルに何か細長い紙があった。見てみると、ブロードウェイミュージカルのチケット。それも三枚。
私、ベルモット、あと誰だ。まさかジン?
チケット片手に考えていると、ガチャリと部屋の扉が開いたので肩が跳ねた。
顔を向ければ、ベルモットが気だるげに入ってきた。着ているものはバスローブ一枚。豊満な胸はこぼれ落ちそうだし、足を動かすたびに太ももがあらわになる。同性だけど、そっと視線をそらした。
「おはよう、ベルモット」
もちろん返事はない。
ただ私のそばまで歩み寄って、私の手からチケットを掠め取った。そしてキャビネットの上に置く。
「これはあなたには関係のないものよ」
そう言われて、いつもの黒いロングコートでミュージカルを観劇するジンの姿が脳内から霧散した。
私に関係ないならいいや。そう思ってキッチンに行って器にシリアルをガサガサ入れてから牛乳を注ぎ込む。大きなスプーンで掬って食べながら、やっぱりさっきのチケットの使い道が気になって、声を張り上げてダイニングにいるベルモットに尋ねた。
「ライの件に関係があるのー?」
「いいえ、これはシャロン用。旧友に渡すのよ」
「ふうん」
シャロンの友人。いったいどんな人だろう。同じ業界人かな。でもそれならチケットを取らなくても自分でどうにかできるか。
聞いてみようかと思ったけど、その前にベルモットがキッチンに入ってきて私の目をじっと見つめてきた。
私はスプーンから手を離して、口の中のシリアルをごくりと飲み込んだ。
「ライのことは今日から動くわ。通り魔の情報は手に入れたの。日系の銀髪の男だそうよ」
どうしてそれを私に言うのか。なんて聞くまでもない。愉しげに細めた目が、嫌がらせであることを物語っていた。
これから一般人に危害を加える報告なんてしなくてもいいのに。
「頑張ってね」と放った一言は低く抑揚のないものだった。
ベルモットは、今度は呆れたように眉をひそめた。
「バーボンに毎日電話をするのは、彼から言われたのかしら」
「え、毎日じゃないよ」
ベルモットは、そういう問題じゃないという顔をしてから、冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出してパキリとキャップを捻った。
「少し距離を置いたらどうかしら。ジンはあまり快く思っていないわ。今回のことをわざわざ報告しないけれど、ジンはバーボンがあなたに与える影響を懸念している。このままだと新しい本部ができたらそっちに引っ越すことになるんじゃないかしら」
「新しい本部? 引っ越すの?」
「何を言ってるの。前のところはもうなくなったわよ」
「えっ! 本部ってなくなったの!?」
「そりゃあそうでしょ。ライだってあそこのことは知っていたんだから。ライがFBIとわかったその日に爆破して跡形もなく消し去ったわよ」
「知らなかった……」
思い返してみればライがノックと判明してから、ジンに呼び出されるのはジンの車の中。私はただジンが忙しいから移動の合間に会っていると思っていたけど、まさか本部が爆破されていたなんて。
一年も本部が決まっていないのは、ライが知っている所有地は使えないかららしい。
「あなたがバーボンと一緒に住んでいるのもFBIのことがあるからよ」
何度か目を瞬かせたあと、納得した。
「あー、そっか。ライがFBIに研究所の場所を報告したら捕まえに来ちゃうのか」
「一般人の職員なんてどうだっていいけど、あなたは代えがきかない。だからあなたは場所を移す必要があった。……最初は他の施設の予定だったけど、バーボンがあなたを引き取りたいって言うからそうなったの」
バーボンは他の施設の立地や人員の問題を挙げて無理に同居に持ち込んだらしい。
私としても新たにできる本部や他の研究所より今の家の方がメリットが多い。できればこのままがいいけど、少しでも私が甘いところを見せたらジンは嬉々として私をバーボンのもとから引き離すだろう。
でも私が甘いのはバーボンのせいではなく元からだ。非道になることなんてできるわけがない。
難しい顔をする私を、ベルモットは冷めたような目で見ていた。