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 枯れた木に雪が積もり、地面は溶けた水でぐっしょり濡れている。通りすぎる人たちは、みんな寒そうに背中を丸めて足早に進んでいく。
 暖かい季節なら芝生の上に寝転んでいる人も多いセントラル・パークも、冬だと数は疎らになる。
 私も毛糸の手袋をしていても指先がじくじくと冷えるので、思わずダッフルコートのポケットに入れた。日本じゃ着ないような真っ赤なコートだ。それから冷たい鼻をチェックのマフラーに埋めて泥にまみれた落ち葉の上を歩いていた。
 緑の屋台の前に立ち止まり、私はそこでホットドッグと一ドル札三枚を交換して、それが冷めないように両手で握りしめると近くのベンチにハンカチを敷いてから腰を下ろした。
 切り込みの入ったパンに、ソーセージが一本、赤と黄のソースが二本挟まっただけのシンプルなホットドッグ。それにかぶりつきながら、リュックからスマートフォンを取り出して発信履歴の一番上にある「透くん」の文字をタップした。
 こちらは朝だけど、あちらは夜中。あまり電話をかけたくないんだけど、透くんから時間を気にせず電話をかけるように言い含められたので時間を見つけては電話をするようにしている。
 発信音を聞きながら朝ごはんのホットドッグを食べ進めていると、プツっと電子音が途切れてから「もしもし」と透くんのおちついた丸い声が聞こえてきた。

「こんばんは、透くん」
「ええ。おはよう愛子」

 朝日を浴びながら夜の挨拶をする私と、おそらく闇夜の中で朝の挨拶をする透くん。なんだかちぐはぐで笑いが込み上げてきた。
 ホットドッグを包んでいる紙のカサカサという音が向こうに届いたのか、透くんは「朝ごはんですか?」と聞いてくる。
 今日は時間がある日らしい。ないときは軽く無事の確認だけして切ってしまうのだ。

「うん、そうだよ。ホットドッグ。公園で食べてるの」
「ホットドッグ……。野菜も食べていますか?」

 私は自分の手の中にある色味のないホットドッグを見つめ、少し考えてから「玉ねぎとレタスが挟まってるから大丈夫」と嘘をついた。

「それならいいですけど……。ところで、公園はベルモットと?」
「ううん。ベルモットは五番街でショッピング」
「……ということは、今一人ですか?」
「そんなわけないじゃない。一人でいたら、今日の夕刊にシャロン・ヴィンヤードの養子虐待ニュースが載るよ。……ベルモットはいないけど、ナニーがそばにいるから大丈夫」

 ちらりと私は隣を見た。
 そこには黒い眼帯をつけた藍色の髪のか細い女性が、私を見守るように微笑んでいた。もちろんベルモットがシッターなんて準備しない。私の出した幻覚だ。
 ベルモットに頼まれたファルコの監視は、政治家の誕生パーティの日に限った話ではなかった。パーティで尻尾を出さないのなら、他の日に何か付け入るところを見つけるしかない。一人だと不都合なときは、いつもナニーを出して対応していた。

「ベルモットとはうまくやっていますか?」

 こういうところが、家族ごっこと言われるんだろうな。
 私も何度も裏社会に似合わない優しさだと思ったことがある。だけど、それが透くんの良いところだと思うから放っておいてなんて言うことはできない。結局同じ穴の狢。私も一緒に家族ごっこを楽しんでいると言われても仕方がない。

「なんとかやってるよ。って言っても、ここ何日かはまったく別行動だから顔合わせていないけど」
「別行動?」
「うん。私は前に言った男の監視」
「それならベルモットは?」
「ライを始末するって」
「ライ!?」

 被せるように叫んだ透くんは、一呼吸置いてから「どういうことですか」と努めて冷静に聞いてきた。
 通り魔のこと説明すると、透くんはしばらく黙ったあと唸るように「僕もそっちに……」と無茶なことを言ってきた。

「探偵の依頼があるんでしょ」
「それくらいどうにでもなります。そんなことよりライを……」
「いや、でも、大丈夫だって。ベルモットなら一人でもちゃんとライを始末できるよ。逆に透くんが来たら変な雰囲気になっちゃうじゃん。ベルモットのこと信じてないみたいだし。それにFBIに接触するのは危ないからってジンもベルモットに頼んだくらいだから、透くんが来ても特に助太刀できずに無駄足になっちゃうよ」

 電話口から舌打ちが聞こえてきて、思わず目を見開いた。

「ええ、どうしたの透くん。もしかして眠くて機嫌が悪い? そっちもう日付変わってるでしょ?」
「いえ……、いやそうですね。少し疲れが溜まっているみたいです」
「だよね! ちゃんと寝ないとダメだよ。私の電話が負担なら減らすし……」
「それは問題ないので電話はちゃんとしてください。日本と違ってアメリカは危険なんですから」
「はあい」

 うんざりしたような返事をしたけど、その実、なんとかいつもの透くんに戻って安心していた。
 何がそんなに掻き立てるのだろう。
 すでにライは古巣に戻って一年だし、本来の上司に組織の情報は余すところなく報告しているだろう。だから組織にとってライは出涸らしでしかない。裏切ってすぐならともかく、今のライは労力を割いてまで始末するほどの価値はないはず。それなのにライは狙われている。ジンや透くんに。
 ジンはおそらく雪辱を果たすため。
 透くんがライを狙うのは、それとは少し違う気がする。もっと、繊細で複雑な感情が絡み合っている気がする。
 例えるなら骸のような。マフィアを恨みながらボンゴレと関わりを持ち続ける骸の、難解な心理状態に似ている。
 私はそばに控えているナニーに目を向けた。
 目が合うとわずかに首を傾けながら微笑む姿は淑女然としていて、モデルにしたクロームちゃんのたおやかさを存分に活かしている。

「透くんも、無理はしちゃだめだからね」

 クロームちゃんもよく骸のことを心配していたなと思うと、気づけばそんな言葉を呟いていた。誰も彼も無茶をするから。そして他人からの忠告は聞き流すのも一緒。
 透くんは「ありがとうございます」とお礼を言うだけで、無茶はしないとは言わなかった。

ヒトリヨガリ