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ファルコ・コスタ、三十八歳。イタリア系アメリカ人。イタリア人の妻と、七歳になる娘がいる。
武器の売買は、十九のときから。最初はゴロツキの運び屋でしかなかったのが、イタリア語と英語の両方を使えることからイタリア製武器のブローカーになる。今ではアメリカ軍にも武器の紹介を行っているが、その大口の輸出に隠れて武器をアメリカやメキシコのマフィアに売っている。
性格は神経質。マフィアを相手に商売していることもあり警戒心は非常に強い。コーヒーブレイクのあと部屋に戻ってきて、デスクの書類が風で僅かに動いただけでも気づくほどだ。
人の変化や、矛盾にもすぐ察知する。前髪が少し短くなっただけ、朝と夕方でスニーカーからパンプスに変わっただけ。それでもファルコは「それも素敵だね」だと声をかける。
それを知りベルモットの介入は諦めた。ベルモットの強みは変装だからファルコとは相性が悪い。きっとベルモットなら声をかけられても、そして万が一にも疑われても、華麗に切り抜けるだろうけどそれでも不安要素のあるまま動くのは悪手だ。
ファルコのオフィスを下の階のスターバックスで監視して一ヶ月弱。得た情報といえばそれくらいだ。
ベルモットが変装して近づくのは中止になったけど、より組織が有利な立場でファルコと協力関係を結べるネタを探すように言われたので私の仕事は継続中。難易度と責任が跳ね上がったことで私のやる気は地に落ちたけど、もちろんそんな理由で仕事を捨てられるはずなかった。
本日四杯目のドリンクはペパーミントホットチョコレート。そろそろファルコも帰る時間だから、これを飲んだら監視も終えよう。
そう思って、一口飲んでからオフィスに意識をやった。
――オフィスの廊下を歩いていたファルコは、向かいから歩いてくる赤紫の髪の秘書エミリーに腕を掴まれた。ファルコはそれを振り払うことなく、エミリーに導かれるままファルコの執務室に連れ込まれる。
――誰もいない二人きりの部屋で、エミリーとファルコは見つめ合う。そして性急にファルコはエミリーの細い腰に手を回すとそのまま引き寄せ抱き締める。
私は思わず、重い溜息を吐いた。
そうだった。一ヶ月間見張っていて得た情報は他にもある。ファルコが秘書のエミリーと不倫していること。妻と娘を愛しているという素振りを見せつつ、オフィスでは年若い秘書に夢中になっている。
そのことで強請れないかとベルモットに進言したけど、たったそれだけのことでは組織の忠実な僕にはならないと却下された。
――ファルコはエミリーのボディラインを弄っている。
もう今日の監視はここまでにしようか。そう思いかけていたが、エミリーが拒否するようにファルコの胸を押し離した。こんなことは今までなかったので、浮かしかけた腰をもう一度下ろし両目を瞑って何一つ見逃すことのないように集中した。
――「待って。そういう用じゃないの。……アルジェントと連絡が取れないの」
アルジェント。イタリア語で銀という意味だ。ここにきて初めて意味のありそうなイタリア語を聞いて緊張感が高まった。
――「いつから?」
――「最後に連絡を取ったのは三日前の定期連絡。昨晩、計画にない発砲事件を起こしたようだから事情を聞くために電話をしたのに出なかったのよ」
――ファルコは顔を歪めて舌打ちをした。そして冷たい声で「アルジェントを始末させる」と言ってポケットからスマートフォンを取り出した。
――「アルジェントは用無しだ。必ず銃とスマホも破壊しろ。俺に繋がる証拠は残すな」
――厳しい声で手下かヒットマンにそう言うと、苛立たしげに前髪を掻き上げた。
――ファルコは、今度はエミリーに指示を出した。
――「客たちにも連絡をしてくれ。ただし、俺の銃の品質の問題ではなく、ペットの質が招いた不祥事だと強調して、な」
――「イエス、ボス」
――エミリーは踵を返して部屋から出ていき、執務室にはファルコだけが残った。
――落ち着かない様子で部屋の中を何周も歩き回ったあと、ファルコは深呼吸をしてからデスクに座り、またどこかに電話をかけた。
――「アルジェントがやらかしたんだ。始末するから他のマネキンを寄越してくれ。……いや、契約違反だ。俺の指示した日にち以外に殺しをしたらしい。今度は従順なペットになるやつを頼む。……ああ、そうだ。今度は女にしよう。汚い男はもううんざりだ。……人種か。そうだな、今回は日系だったから次は違うところにしてくれ」
銀色、銃、男、日系。
アルジェントという言葉を聞いたときから、薄々予感はしていたけど、まさか件の男はベルモットが変装している通り魔か。
ベルモットは昨晩帰ってこなかった。アルジェントに変装していた可能性は高い。
だとしたら、そのことをベルモットに知らせなければならない。
大慌てでベルモットに電話をかけたが発信音が聞こえるのみ。繋がらない。
もう一度かけ直したけど、やっぱりベルモットは出なかった。
電話を切ったあと待ち受け画面の日付を見て、今日がブロードウェイミュージカルのチケットに書かれていた日だと気づいた。
ベルモットはシャロンの旧友に会っている。だとしたら私の電話に出るはずがない。
私はファルコのオフィスのあるミッドタウンからブロードウェイまでの道をネットで調べ、ここで電話が繋がるのを待つより動いた方がいいと判断した。
そしてすっかり冷めたホットチョコを飲み干し、ニューヨークに来てから嫌というほど目にしたマスタードイエローのタクシーに飛び乗った。