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 ニューヨークで感じたいやな予感は、時限装置のように時間が経ってから現実のものになった。
 それはニューヨークから帰ってきて数ヶ月が過ぎた夏の終わりの朝のことだった。



 私の朝は透くんに起こされて始まる。私が眠い目を擦りながら洗面所で顔を洗っている間に、透くんは朝ごはんを作り、ダイニングキッチンに戻ったときには湯気の立った朝ごはんがテーブルに並べられている。二人でそれを食べながら、一日の透くんのスケジュールを聞き、私への注意は聞き流す。テレビはついているときと、ついていないときがある。ついているときはニュースが流れている。局にこだわりはないようで、日によって違った。
 以上が毎朝のルーティーンだ。透くんの仕事の都合で変わることもあるけど、だいたいこの通りの流れに沿っていた。
 私はチーズがたっぷり乗ったトーストを冷たい牛乳で流し込み、テレビから流れるニュースを聞き流していた。放送局は日売テレビ。凛とした女性アナウンサーが淀むことなくニュース原稿を読んでいく。

「最近はなんだか物騒だね」

 殺人事件や銀行強盗が増加傾向だと言うテレビのデータを見ながら言った。

「そうですね……。探偵の依頼も身辺警護や失踪人の捜索が増えてきましたし」
「仕事が増えるのはいいけど、あんまり危険になるといやだよね。そのうち日本もアメリカみたいに子供だけで出歩けなくなったりして」

 透くんは渋い顔をしてから、席を立ってお皿をキッチンに持っていった。
 私が小さな口で必死にトーストを齧っている間に、透くんはすっかり食べ終えていた。私はトースト半分で、透くんは一枚なのに。
 朝は忙しいから透くんは私が食べ終えるのを待たない。私が起きたときにはすでに洗濯機は回っていたし、透くんの身だしなみもばっちり整っていた。それでも、ばたばたと部屋とダイニングを行ったり来たり忙しなく動き回っている。
 ニュースは昨日のプロスポーツの勝敗などを伝えたあとエンタメ情報に移った。
 普段はアイドルの新曲や舞台挨拶の映像が流れるのに、真っ先に始まったのは海外の芸能情報だった。その違和感に目をテレビに向けて、私は「え」と声がもれた。
 ダイニングのテレビには、訃報という文字とともに、シャロン・ヴィンヤードの映像が流れていた。



 須藤竜太郎から「話したいことがある」と連絡が来たのは、シャロンが亡くなって七日を過ぎた夜だった。
 彼の父親であるアパレルメーカーの会長は、ベルモットの大事な情報源でシャロンとして懇意にしていた人物。私はシャロンの義理の娘として会っていたので、竜太郎さんからの連絡となれは、内容はシャロンのことだろうと容易に推測できた。
 「聞きたいこと」ではなく「話したいこと」というところに少しだけ引っ掛かりを覚えつつ、私は竜太郎さんに指定された東都百貨店の二階にある喫茶店に足を運んだ。
 ハイブランドな家具屋に併設された喫茶店は、仕切りのないオープンスペースだった。
ソファーやテーブルはひとつひとつデザインやテイストが違うし、狭い面積にインテリアがたくさん並べられているけど、壁ないため圧迫感は覚えない。
 久々に会った竜太郎さんは、相変わらずぼんやりと無気力な表情だった。顔の造形は悪くないのに冴えない男に見える。
 再会の挨拶を済ませて店員に飲み物を注文すると、竜太郎さんは少し改まった表情でありきたりなお悔やみの言葉を述べたあと、「それで父さんに相談して、愛子ちゃんを引き取ろうかってことになったんだ」と淡々と言った。

「……え? 引き取る?」
「また愛子ちゃんが施設に行くことになるのは可哀想だって父さんが言い出して」
「でも……そんな、迷惑でしょ」
「愛子ちゃんなら大丈夫だよ。母さんもずっと愛子ちゃんみたいな娘がほしかったって言ってたから喜ぶよ。……もちろん、クリスさんが愛子ちゃんを引き取るなら俺たちは無理にとは言わないけど……」
「クリスさんとは会ったことがないから、たぶんないんじゃないかな……」
「だよね。シャロンさんがクリスさんと仲が悪いのは有名だったから、そんな気はしてた」

 竜太郎さんの申し出は、義理の母親が亡くなった子供だったらありがたいものだった。
 だけど、私とシャロンは実際は親子ではない。
 そもそも本当にベルモットが死んだのかも定かではない。シャロンの訃報はニュースで見た。けどベルモットの死は十日以上経っても誰からも聞いていない。
 透くんは、シャロンのニュースを見ても平然としていた。それが私には、ベルモットが生きていることを知っているからなのか、それともシャロンがベルモットだと知らないからなのか判断がつかなかった。
 もし透くんが、シャロンベルモットが同一人物であると知らないなら迂闊なことは聞けない。同じ組織の人間でも言っていない秘密はたくさんある。勝手に私がベルモットのことを言いふらせない。
 なので私はベルモットの死の真偽を知らないままでいる。でもそれを抜きにしても須藤家に引き取られるのは困る。

「えっと……、クリスさんは何も言ってきてないけど、今お世話になってる先があるから大丈夫だよ」
「そっか。それならよかった。父さんは残念がるだろうけど」
「お父様が?」
「うん。……前に、俺の弟が会社に入ったら仕事を辞めるって言ってただろ?」

 たしかに、竜太郎さんは父親の会社の役員だけど、競争心がないからその仕事を弟に譲ってのんびり暮らしたいと言っていた。すでに弟は大学を卒業して一年以上が経つから会社に入っているはずだ。

「弟が仕事を引き継いだら辞めるはずだったんだけど、父さんの友達の人が捕まったらしく、その人はイタリア人だけど、周りの目もあるから父さんは会長を辞職したんだ」

 心臓がひやりとした。
 須藤会長の友達のイタリア人。そう聞いて思い出すのは、かつて、私がまだ組織に潜入する前につぶしたリーペロファミリーだ。
 そして一年半ほど前に、リーペロの仲間に狙われ松田とともに戦った。そのことはボンゴレに伝えている。私は組織に潜入中だし、その後を知らなかったけどまさかリーペロが再び捕まっていたなんて。
 リーペロのボスと友達だったというだけで巻き添えをくらって須藤会長が辞職していたのはさすがに罪悪感を覚えた。元凶はリーペロとはいえ。

「で、社長をやってた親戚のおばさんが会長になって、急遽兄さんが社長になったんだ」
「そうなんだ……。おめでとう?」
「うん。ありがとう。でも、さすがに急すぎってことで俺の退職は白紙になって、今は兄さんの手伝いで秘書みたいなことをする羽目になったんだ」

 表情は変わらないながらも、竜太郎さんの声には落胆の色が滲んだ。
 申し訳なさが募るけど、私が謝るのもおかしいから心の中で謝罪した。

「それで、どうしてお父様が残念がるの?」
「愛子ちゃんを俺の養子にしたら、俺が真面目に働くだろうって思ってるんだよ。そんなのありえないのにさ」

 はあ、と竜太郎さんは呆れたように息を吐いた。

「まあ、真面目に働くことはないけど、引き取ったらちゃんと面倒は見るから、お世話になってる先で何かあったらいつでも言って。……って、お世話になってる先って?」
「あー、えっと、シャロンが仕事で忙しいときにお世話になってた探偵のお兄さんがいるの。今もその人の家にいるの」

 竜太郎さんは、「探偵か……」と小さく呟き、口を閉ざしたタイミングで注文していたカフェオレとカヌレが届いた。もちっとしたカヌレをもそもそと食べてる間も竜太郎さんはぼんやりと考えごとをしていた。
 胡散臭いとでも思われたかな。だとしても、探偵というのは嘘じゃないからどうしようもない。
 お皿の上が綺麗になったころ竜太郎さんは口を開いた。

「探偵っていうと、千間降代とか茂木遥史みたいな?」

 挙げられた名前は新聞やニュースで聞く有名な探偵のものだ。残念ながら透くんは、そういった難解事件で警察に協力するようなタイプの探偵ではない。そう返事をしたら、わずかに竜太郎さんは残念がった。

「何か依頼でもあるの?」
「ううん。……でも父さんの周りで気になる人が何人いて。友達が捕まったから兄さんがピリピリしてるんだよ」
「調べてもらう?」

 何か面白い事件でもあれば、と思ったけど竜太郎さんは首を横に振った。それなら私が無理に依頼をさせるわけにはいかない。潔く引き下がった。かのように見せて、そのあとの会話の中でそれとなく竜太郎さんの言う「気になる人」の名前を聞き出した。透くんへの手土産だ。

ヒトリヨガリ