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「あ、そうだ。私も一ついい? 快斗くんって手品が得意なの?」
抱えた猫の背中を撫でながら聞くと、少年はニヤリと笑って私の頭にあった猫耳カチューシャを外し、再びカウントダウンを口にし手を振ると、カチューシャは棒付きキャンディーに早変わりした。しかもキャンディーは猫の形。
それを受け取ってすごいすごいと褒めそやすと、少年は鼻高々に胸を張った。
「まあこれくらいは朝飯前だな」
「でも猫の形なんて準備いいね!」
「まあ、それはたまたまだけどな。さっきいた青子ってやつに昼間渡されたんだよ。運がよかったぜ」
「運も実力のうちって言うし」
「違いねえ」
まったく謙遜しないところが気持ちいい。それどころか、もっと褒めろと催促してくるから手を叩いて盛り上げておいた。
「っていうか愛子ちゃんもマジックできるだろ。俺の動きの追い方が明らかに観客じゃなくて演者だったぜ?」
「……ちょっとだけね」
手首を返して少年からもらったキャンディーを消してみた。これが幻術を使わずにできる唯一の手品だ。
手品の種類には、消失、出現、変化、移動、停止、貫通、復活と七種類ある。そのうちたった一つの隠すことができるだけ。術士にタネも仕掛けもある手品なんて関係ないけど、練習してもできないのはちょっとだけ悔しかった。
「いや、その歳ならそれで十分だろ」
「……ありがとう」
「納得してない顔だな。……そうだなあ、学校でウケる手軽なやつなら……」
少年はリュックからシャーペンを取り出し、私がやったように手首を返してシャーペンを消した。
「消えたシャーペンは、俺のポケットの中。愛子ちゃん、右ポケットを探ってみてくれ」
言われたとおり少年のポケットに手を突っ込むと、たしかにさっきシャーペンが入っていた。
この移動マジックは、事前に消すものを隠しておくのが簡単なやり方だ。たしかに小学生ならこれくらいがちょうどいい。だけど、準備が必要という点で手軽さは欠けると思う。
少年は難なくパッパと手品を繰り広げているけど、私に猫耳をつけたのは出現、カチューシャをキャンディーに変えたのは変化、シャーペンの場所を変えたのは移動と、すでに三種類を成功させている。
気になって他の四種類もできるのかと聞いてみた。
少年は「しかたねえな〜」と言いつつも、どや顔でポケットから財布を取り出して、その中からコインをコンクリートの上に置いた。
「全部で五枚あるな? 実はこいつらは恥ずかしがり屋で、ちょっと目を離すとどっか行っちゃうんだよ。たとえば一枚ずつ取っていって、もう一回置くと……」
地面にあるコインは四枚になった。同じ動作を繰り返すと今度は三枚に。二枚、一枚と減っていって、最後はそのコインもなくなってしまった。
「で、このコインは怠け者」
少年は新しいコインを地面に立てて置くと指先で軽く押して転がした。だけど、コインは数センチ動くとぴたりと止まってしまう。
「もう一回転がしてみても、ほらすぐに動かなくなる。でも、怠け者だからこそ強いんだ。柳に風って言うだろ?」
少年はコインをコンクリートに叩きつけた。固い音がして、コインがちゃんと金属であることを証明する
「これにシャーペンって刺せると思う?」
「普通は無理だよね」
「そうだな、普通はな」
左手でコインを摘み、右手でシャーペンを握る。そのままシャーペンをコインに押しつけると、まるで豆腐に箸を刺しているようにするすると通り抜けていく。
シャーペンの半分くらいでコインを動かすのを止めると、一度それを私に渡してきた。受け取ってたしかめてみるけど、まったく隙間がない状態でドッキングされている。それを返すと、少年はさっさとシャーペンを最後まで刺しきった。
再び二つに分かれたコインを見るけど、そこには穴なんてない綺麗な状態だった。
「最後は愛子ちゃんに俺から忠告だ。もしテストで悪い点数をとっても破って捨てたりしちゃ駄目だぜ?」
レシートの裏にペンでゼロを書いたあと、それをテストに見立ててくしゃくしゃに破ってしまった。
「そんなことしたって無駄だからな。なんたって俺らマジシャンにしたら、もとに戻すなんて朝飯前なんだぜ!」
レシートをぎゅっと握り締め、手のひらを開くとレシートがもとの一枚に戻っていた。
すべて簡単にやってのけたけど、ちゃんとストーリーがあってまるでショーを見ているような華麗さ。即興でショーができるということは常にタネを仕掛けているということだし、観客に合わせて多少のアドリブを入れているのもすごい。少年の幼い顔の奥に、熟練のマジシャンの姿が見えた気がした。
惜しみない拍手を送ると、少年はハットをくるりと外してお辞儀するような仕草を見せ
た。それも様になっていた、
すっかり時間を忘れて手品を少年から教えてもらい、校舎から絶対下校の校内放送が流れて、やっと一人だけの贅沢なショーは幕を下ろした。