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 「イタリアを発つ」。挨拶もなくそう言い放った銀髪の男に急かされて超特急で荷造りしたのが、もう三時間前のこと。
 今は日本行きの飛行機の中。
 突然来た銀髪の男にムッとしていたが、空港に着いて機嫌は急上昇した。滅多に乗ることがないプライベートジェットだったからだ。それも、王族や政府高官が利用すると名高いロイヤル・ジェット社のものだから、初めて遊園地に来た子供のように歓声を上げてしまった。
 クリーム色の壁に暖色の照明、ゆったりとしたシートが四席と二人掛けソファーが一台ある広々としたラウンジに、私と銀髪の男の二人きり。後ろの座席には組織の構成員とおぼしき研究員たちが乗っているけど、それにしたって豪勢だ。

「ねえねえ、なんて名前なの?」

 ソファーに寝転がって男に尋ねた。
 名前を聞いていなかったと思い出して聞いてみたけど男は答えない。
 想定内だ。目つきが悪くて不愛想だから、ほいほいと答えるとは思っていない。

「私は愛子って言うんだよ」

 こっちが名乗ったんだから次はそっちだと番だという気持ちを込めた。だけど、やっぱり男は無言だったので、体を起こして少し離れた席に座る男を無言でじっと見つめた。
 機内だというのに被ったままの黒いハットの下には鋭い四白眼が覗いている。その視線の先は、テーブルの上に置かれたノートパソコン。長い銀髪をシートに垂らしながら熱心に何かを見ている。
 しばらくすると男は鬱陶しそうに私に視線を寄越したあと、舌打ちしてから「ジンだ」と言った。

「ジンダさん?」
「違う」
「ジン?」

 返事はないのは合っているからだろうと納得してソファーに体を戻した。
 お互い無言になり、ラウンジには飛行機のゴオゴオという機械音だけが響いている。
 バーボンやベルモットも一緒ならもっとリラックスできたし、いっぱい喋れるけど初対面のジンと二人っきりだから気まずい。それにジンは喋りかけるなという空気を出しているから、なおさら居心地が悪い。せっかくのプライベートジェットだというのに。
 しかたなくキャビンアテンダントさんを呼んで、カルピスを持ってきてもらった。愛想よく接客をするキャビンアテンダントさんに心が癒された。
 だけど彼女が席を離れていくと、またなんとも言えない雰囲気になった。

「ねえねえ、バーボンとベルモットは日本に行かないの?」
「あいつらは先に行っている」
「だから最近誰も来なかったんだ。それならそうと言ってくれればよかったのに! ジンも急に来るし、ビックリしたんだからね!」

 聞けば答えは返ってくるけど、会話をしようと思っても続かない。別にバーボンとベルモットのことが気になっていたわけではないが、話題のために名前を出したけど反応が薄い。
 だけど、今まで会った黒の組織の幹部の中で一番裏社会の人間っぽくて安心する。目つきは悪いし態度も悪い、愛想もない。そんな男に安心するなんておかしいけど、どこか懐かしい感じもして落ち着くのだ。
 ジンの邪魔をしないように、そっとソファーから降りてジンに近づいた。

「なんだ」
「う、ううん。なんでもないよ」
「なんでもないのに人をジロジロ見るのか」

 ジンがじろりと私を睨んだ。
 蛇に睨まれた蛙のように、ビクリと肩が揺れた。目をそらせずにいると、だんだん冷たく無機質な灰色の瞳の奥に懐かしい赤い瞳が見えた。
 ――ザンザス。
 音のない声が出た。
 訝しげに私を見るジンに気づいて、笑ってなんでもないと首を振った。
 もやもやが晴れて、よく寝た日の朝のように清々しい気分でソファーに戻った。
 もうジンとの会話はないと思ったけど、予想に反してジンの方から話しかけてきた。

「マフィアは嫌いか?」
「悪いことする人は嫌いだよ」
「だが、俺たちも悪いことをする。それをわかっているのか? お前にとっての悪いことってなんだ?」
「……なにもしてない人を傷つけることかな」

 ブリガンテファミリーみたいな、と付け加えるとジンはフッと笑った。

「よかったな。あの方のもとにいたら、そういうやつらを消せるぜ?」
「あの方?」
「ボスだ」

 ふうん、と気のない相槌を返した。
 ジンはそんな私を気にすることなく、俺たちがやっているのは私刑だと言いきった。法で裁けない罪人に罰を与えるのだ。そして、法律によらない私刑は世間では悪とされているから、俺たちは悪人で、存在がバレてはいけないと。
 呆れた言い分だけど、それを信じて妄信的に組織に忠誠を誓う人もきっといる。特に私のように虐げられていた子供は効果てきめんだろう。

「お前が一人で任務をこなすようになるのはいつになるかわからねえがな」

 それはそうだろう。私もすぐに一人でやれと言われたら困ってしまう。
 だけど、ちょうどいい機会だからどういう風に任務を受けるのか聞いてみた。

「あらかじめ、どういう任務をしたいかを俺に言えば、組織に来た依頼から適当なものをお前に振る。任務を完遂したら、依頼者から組織に金が渡り、そのうちのお前の取り分がお前の手元に来る」

 組織が仕事の仲介役なのはわかったけれど、これを普通の五歳は理解できない。そういうところはザンザスと一緒だ。
 わざわざわからないフリをするほどのことでもないので、適当に頷いて話を流す。そのあとも任務をする上で知っておかなければいけないことの説明がいくつか付け加えられた。だけど最後まで、ボスから降りてくる任務についての説明はされなかった。
 ジンの説明だと、この組織はただの人材派遣会社でしかない。依頼者は組織に任務を依頼して、組織は構成員の中から適した人材を任務に遣わす。成功報酬を得た組織は、そのお金の何割かを手数料として取り、残ったお金を構成員に渡す。
 もし、ただの人材派遣会社ならば、ボンゴレが警戒するわけがない。ということは、私のような下っ端はただの資金集めの手段か、もしくは外部からの依頼だと偽って知らないうちに内部の仕事をさせられているか。どちらにしても、今の私の立場では何もわからないまま話は終わった。

ヒトリヨガリ