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「着きやしたぜ」

 空港から新しい私の拠点となる研究所まで送迎してくれた大男が車を停めた。名前はウォッカというらしい。車の中ではもっぱらウォッカが話し相手をしてくれたので退屈せずに済んだ。
 お礼を言ってから車を降りるとイタリアとは違う、極彩色の看板や雑然と建ち並ぶ無味なコンクリート群に懐かしい混沌を感じる。
 残暑の残るもったりとした空気も久々に吸い込むと昔ほど不快感は覚えないような気がした。
 私がきょろきょろとビルを見上げている間に、ウォッカがトランクに積んだ私の荷物を出してきてくれていた。お礼を言って受け取ろうとしたがなぜか渡してくれない。中まで持って行ってくれるのかと思ったが、中に入る様子もない。一体どうしたんだろうか。
 研究所のビルの前でジンが煙草を吸うのを見ながら、もしかして研究所の中が禁煙だから外で吸ってから入るのかなと思っていると、一台の白い車が私たちの黒い車の後ろに停車した。飛翔するMのエンブレムを掲げるその車から、颯爽とバーボンが降りてきた。

「バーボン! 車に乗れるんだ!」
「ああ、愛子は僕が運転しているのを見るのは初めてでしたね」
「初めてだよ、ビックリしたー」

 それに通称黒の組織の幹部が白い車に乗っているなんて。
 バーボンはウォッカから私の荷物を受け取った。それを見たジンが「部屋とここのことはバーボンから聞け」と不愛想に言って車に乗り込んだ。それにウォッカも続き、二人とも挨拶することなく去っていった。


「おかえりなさい、愛子」
「ただいま?」
「さあ、長旅で疲れているでしょう? 中に入りましょう」
「うん」

 研究所の玄関は自動ドアで、前に立つだけで開く久々の感覚に感動した。ロビーも近代的で清潔感がある。イタリアの研究所が不衛生だったわけではないけど、どうしても古い建物を改築しているので受ける印象が違う。木とレンガでできていたから、物音も響いていた。

「一階には事務的な手続きを行う部屋があります。愛子も、もうしばらくしたら用ができるでしょうね。……愛子の部屋は八階にあります」

 エレベーターの前まで案内されながら、二階から六階までは研究施設があること、七階には食堂やシャワールームがあることを説明された。
 エレベーターに乗り込み、バーボンは八階のボタンを押すと「本来、八階は仮眠室のある階なんです」と言った。

「仮眠室?」
「ええ」
「なんだか変な感じ」
「変?」
「うん。食堂やシャワールームもあるし、それにすごく明るい雰囲気だからイメージしてたのと全然違うんだもん」

 白を基調にした家具、窓ガラスは大きく、すれ違う人たちもにこにこと穏やかな顔をしていた。

「まあそうでしょうね。ここの研究所は組織のことを知っている人はほぼいません。だから他の研究所より開放的なんです」
「へえ、知らずに働いているんだ」

 エレベーターから降りるとロビーよりも照明が暗く、仮眠室らしくシンとしている。エレベーターから出てすぐ目の前に扉が左右に連なっていて、さながらホテルのよう。
 バーボンはさっきよりも小さな声で説明をしてきた。

「右に簡易キッチンと階段があって、愛子の部屋は左奥です」

 フロアはあまり広くなく、エレベーターから左に向かうとすぐに私の部屋だと言う場所に着いた。角部屋だ、とちょっと嬉しくなった。
 ルームキーを渡され、鍵を開けて中に入った。

「右の扉はトイレです。洗面台もここにありますよ」
「うわ、綺麗」

 遠慮なくガチャッと開けると、水回りが綺麗でまた嬉しくなった。
 だけど部屋の奥に進むと、少しだけテンションが下がった。部屋は広いし綺麗だけど、ホテルみたいで無機質な感じがした。たぶん物が少なすぎるのだ。テーブルはなく壁際に小さな机だけ。奥の大きな窓に接するようにあるベッドは大きくて嬉しいけど、あと家具はクローゼットのみ。
 イタリアの研究所より質素だなんて。

「なんだか不服そうですね」
「つまんない部屋だなって思ったの」
「しかたがないですよ。ここで暮らしているうちに好みの部屋に変わっていきますよ」
「そうかなあ。それならいいけど」
「……さあ、荷解きをしましょう」
「はーい」

 バーボンが床に置いた鞄を開いた。荷解きといっても、ほとんどは服だからハンガーにかけてクローゼットに入れたらおしまいだ。

ヒトリヨガリ