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目を閉じたまま、思いの丈を松田に伝えていると、遠くから足音が聞こえた。
ゆっくりと目を開き、振り返った。
後ろに控えていたはずの雲雀くんの姿は見あたらず、かわりに黒のショートヘアのすらりとした美女が立っていた。
「こんにちは、愛子ちゃん」
「お久しぶりです」
小さく頭を下げると、佐藤さんは目元を和らげて微笑した。
「いい天気でよかったわね」
そう言いながら私の隣にしゃがみ手を合わせ、数秒ほどで佐藤さんは顔を上げた。随分と短い挨拶だ。
佐藤さんは正面を向いたまま、ぽつりと呟く。
「言いたいことなんて山ほどあるけど、ここに来ると全部消えちゃうの」
まるで独白のようだと思った。
ややうつむいた顔に、ぱらりと前髪が落ちる。
私は沈痛な表情を浮かべる佐藤さんの横顔を、ただ見つめ続けた。
「忘れられないのよね。松田くんと一緒にいたのなんて一週間だけなのに、そのときのことがいつも頭から離れない」
わかるとも、そうだよねとも言えなかった。
同僚を亡くした人ならボンゴレでたくさん見た。友人を亡くした人だってそうだ。
だけど、彼ら彼女らが死者に向ける色と、佐藤さんが松田に向ける色はどこか違った。似ているようで、決定的に違う何かがある。
哀しい、悔しい、恋しい。
佐藤さんにはそれぞれに、何か含むものがあった。
「会いたいな」
空気に溶けそうな声は、他に人がいたらかき消されていただろう。二人きりで、物音だってしていないから私の耳まではっきりと届いた。
それは佐藤さんの想定外のことだったらしい。
佐藤さんは私を見下ろして苦笑した。まるで聞かせるつもりなんてなかったのに、といった風に。
仕切り直すように立ち上がった佐藤さんは、にっと笑ってみせた。
「愛子ちゃんはもう松田くんに言いたいこと言えた?」
「うん。だいたいは」
「そっか……」
佐藤さんにならうように私も立ち上がると、佐藤さんは一度言葉を切ってから、しみじみと「大きくなったわねえ」と私の頭に優しく手を置いた。
「でも、もっと大きくなってね。きっと松田くんも元気に成長した愛子ちゃんのこと、見たいと思うから」
「……うん」
健やかな子供の成長を願う佐藤さんに、なんとも言えない気持ちになる。元の姿の私ならともかく、成長した私は別にそんなに興味ないんじゃないかな。なんて、言えるはずない。
「ああ、それと愛子ちゃん、少し聞きたいことがあるの」
「なに?」
「あれから、変な人を見かけなかった?」
変な人。そんなざっくり言われてもピンとこない。
ただの不審者ではないだろう。松田が死んでからと限定するなら不審者はあの爆弾の犯人か。
二年間を振り返ってみても、それっぽい人とは会っていない。
「たぶん見てないと思う」
「そうよね、それならよかった。でも一応、十一月七日は保護者と一緒にいてね」
頷きながらも腑に落ちないでいた。松田の隣のゴンドラから救助されたとはいえ、私が犯人に狙われるほどのことじゃないはずだ。
何かあるのかもしれない。そういう予感を胸に秘めながら、私は佐藤さんに「私も何かあればすぐに言うね!」と子供らしい笑顔を向けた。
それを見て満足した佐藤さんは、「このあと仕事に戻らなくちゃいけないの」と言って、足早に去っていった。
佐藤さんが完全に見えなくなると、物陰から雲雀くんが姿を現した。
そして一言、「調べようか?」と聞いてきた。雲雀くんも佐藤さんの言い方に違和感を覚えたらしい。
でも、雲雀くんの申し出は嬉しいけど私は即答できなかった。
この場所を探してもらうのと十一月七日の謎を調べてもらうのは、わけが違う。
風紀財団という組織も雲雀恭弥という人間も、警察とは相性が悪い。雲雀くんなら上手いことやるだろうけど個人的なことまで甘えきってしまうのは具合が悪い。
私は首を横に振り、「とりあえずは自分でやってみる」と返事をした。
雲雀くんは「ふうん」と面白そうに目を細めた。
「どこまでできるか見物だね」
「あ、絶対にできないと思ってるでしょ!」
「そうだよ」
「嘘でも『そんなことない』って言わないのが雲雀くんらしいね。でも、さすがにちょっと傷ついたよ!」
「君なら警察から情報を抜くくらいできるけど、君は変なところで悩むところがあるからね。慎重すぎるのは、長所であり短所だ」
その言葉が胸に刺さる。
ぐっと何も言えないでいると、雲雀くんは「帰るよ」と短く言って歩き始めてしまった。
慌ててその後ろを追うと、頬に感じる秋の空気が来たときよりも清々しく感じた。