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私が透くんと住んでいるマンションの最寄り駅は小さなものだ。駅に面しているのは生活道路で車が一台通れる程度の狭さ。その上、チェーン店の入ったビルが建ち並んでいるせいで道は陰って昼間でも薄暗い。
そんな駅前で、私と雲雀くんを乗せたバイクは止まった。
数時間前に雲雀くんが私を拾ったのもここだ。周りは自転車や歩行者が行き交い、それに紛れて、私もお兄ちゃんに駅まで送り迎えしてもらった子供にしか見えない。
ぶかぶかだったヘルメットを雲雀くんに返すと、別れを惜しんだりすることなく「じゃあね」と言ってバイクは緩いカーブの向こうに消えていった。
お礼を言う暇もなかったな。
呆気にとられていると、じゃり、と背後に人の気配が表れた。
振り返ると、その人は予想以上に至近距離にいて、ぼすんと硬いお腹に顔が当たった。
「えっ、あ、透くん?」
一歩下がって顔を上げれば、雲雀くんが消えた方を睨む透くんがいた。
「どうしてここに、……っていうか、かわいい顔が怖くなってるよ」
透くんは私に視線を落とすと、にっこりと白々しいほどの笑顔を浮かべた。
「迎えに来ました」
「迎えにって……」
行く場所も言っていなければ、帰る時間も何も透くんには伝えてないのに。と、思ってからスマートフォンの存在を思い出す。
まあGPSを見られて困る場所になんて行かないし、雲雀くんと一緒にいるのだって最初から透くんは知っているから何も問題はない。ただ驚くから来るなら連絡くらいしてほしい。
「あれが風紀財団の雲雀恭弥ですか……」
「あれ? 透くん知らなかったっけ?」
「写真は見たことありますけど、実物までは。イメージと少し違ったので驚きました」
「へえ。どんなイメージだったの?」
「もっと筋肉質な大男かと。それと人相も数倍厳めしいと思っていました」
透くんの言う姿を想像して少し笑った。
でも並盛を牛耳る風紀財団のトップで屈強な男たちを従え、得物はトンファーなら、そういうイメージになるのかもしれないなあ。それに雲雀くんは目つきが鋭いから、写真は本物より怖く見えるし。
「そんな男が愛子といたら不自然じゃないのかと思ってたんですけど……」
「意外と普通で安心した?」
「安心ではないですけどね」
苦々しい顔をして、透くんは家の方角へ歩きだした。透くんに促されて小走りで透くんの横にぴったりとくっつく。
日はまだ高くて、歩いているとじんわりと汗ばむ陽気。
部活帰りの中高生が騒がしく私たちのそばを走り抜けていく。その子の着ているセーラー服を見て、ふと思い出す。
「そういえば、猫はどうだった?」
昨日私が探し当てた猫は、その日は飼い主の都合が合わなくて、一晩うちで預かって今日透くんが依頼主に届けに行った。
透くんも捜し猫だと太鼓判を押してくれていたけど、別猫の可能性が少しだけ心配だった。
「あの子で合っていましたよ」
「よかった〜」
「ええ、本当に」
にこにこと、透くんは周囲の女性の視線を独り占めするかのような目映い笑顔を浮かべる。それがあまりにも暴力的で、且つさっきと同じような凍るような笑みだったので、思わず「何か怒ってる?」と聞いてしまった。
「いえいえ別に怒っていませんよ」
「絶対に怒ってるって。笑顔が不自然だもん! 怖いよ!」
透くんは作り笑顔をやめて、「はあ」と短く息を吐いた。
「僕に言いたくないことがあるのはわかります。誰だって秘密を抱えているものだから。……でも、自分から手伝いを申し出て見つけたらそれで終わりはよくないでしょう?」
うっと何も言えなくなる。耳が痛い。
「そもそも僕は周辺の聞き込みをお願いしただけなのに、勝手に高校に入って猫を捕まえているし。……もちろん、おかげで助かりましたけど」
「だ、だよね。助かったよね? 透くんが大変そうだから手伝いがしたくて」
言い訳を並べていると、「でも」と透くんが強い語調で割って入った。
「これが普段の仕事なら、単独行動や勝手な判断は身を滅ぼしかねません。……いいですか、愛子がそれが最善だと思っても、もっといい策があるかもしれないんです」
突然始まった説教に、私はたかが猫じゃないと言いたくなったけど、そんなことを言ったら火に油を注ぐことになる。大人しく口をつぐんだ。
だけど不服そうな顔は出ていたみたいで、透くんもむっと顔をしかめた。
「こういう小さな過信が、大きな失敗に繋がるんです」
「それはそうだろうけどさ」
透くんの言っていることは全面的に正しい。正しいのだけど、それを振りかざされると、私の気持ちの行き場がなくなる。
「そうだけど、……透くんが疲れてそうだったから、できるだけ一人でやりたかったの」
私の持ち込んだ情報で透くんが忙しくなったんだから、さっさと猫さがしを終わらそうと思っていた。時期が時期だったから、今日に被らないようにという気持ちはあったけど、被りさえしなければ猫のことは明日でもよかったんだ。
不貞腐れたように頬を膨らます。店のガラスに映った姿はまるっきり子供。
ちょっと気を利かせようかと思ったら裏目に出るし、怒られるし、子供みたいな反応するし、踏んだり蹴ったりだ。
それでもむくれていると、透くんは少し遅れて「え?」と瞬いた。
「別に透くんが言ったことはそのとおりだし私が悪かったと思うよ。でも、なんでそうしたかは知っててほしかっただけ。気にしないで」
「……いえ、僕の方こそ愛子の気持ちまで考えてなかったです。……でも、そうですね。そういう擦れ違いだって起こるから、これからはちゃんと連絡を取りましょう。せっかく一緒に住んでいるんだから」
「……うん。そうだね」
いつもどおりの柔和な微笑みを浮かべる透くんに、ほっと息を吐く。
綺麗な顔の人の怒りは怖いから、機嫌がなおってくれてよかった。
だけど続けざまに言った言葉に、ぴしりと固まった。
「じゃあ、ちゃんと報連相を行うということで。今日は雲雀恭弥とどこに行っていたんですか?」
「それとこれとは別でしょ!」
ごく自然な流れで、答えて当然といった様子で聞かれた質問にびっくりした。
連絡を取るのは二人で何かをするとき。私個人や透くん個人のことは別じゃないと困る。
「ふふ、冗談ですよ」
「心臓に悪い……」
「すみません、ちょっといたずら心が芽生えてしまって。……お詫びに今日の夜ごはんは腕によりをかけますね」
「え、やったー! 夜ごはんなに?」
「愛子は何が食べたいですか? 初めて探偵の依頼を達成したからご褒美です」
「じゃあ、とろとろオムライスがいい!」
まるで普通の親子のような会話。
さっきまでの憂鬱は吹き飛んで、あれこれサラダとドレッシングの話で盛り上がる。そんなたいした中身のないやり取りを楽しみながら、私と透くんは家路を急いだ。