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都司信彦と泥参会との密会の三日後、私はジンに呼び出された。場所はいつものポルシェではなく雑居ビルに入っている小さなバー。ゆるやかなジャズが流れる、隠れ家のような場所だった。
店内の照明は絞られ、テーブルに置かれたロウソクがゆらゆらと淡い光を放っている。その仄暗さの中で行われることは外からは察知できない。そして唯一のバーテンダーである年老いたマスターは組織との付き合いも長く、この空間の中でのやり取りが外に洩れることはない。
そんな私にとっては息苦しい店で、いったいなにを言われるのだろうとどきどきして言葉を待った。だけど漆黒の夜を背負っているような男は、いつになく上機嫌に酒を飲むばかりで何も言わない。
ジンの前に置かれた小皿を引き寄せて中に入っているアーモンドを摘んでいると、カシスベースのジュースが出された。甘酸っぱくて、アーモンドとのバランスもいい。
ウォッカとマスターの会話を聞き流しながし、ジンから奪ったアーモンドを食べ終えてウォッカからも貰っていると、急にジンが悪意を煮詰めたような顔をした。
「最近、宮野明美はどうだ」
「どうって……。仕事は大変らしいけど楽しそうだよ。元気だし、来週会う約束もしてるし」
「ふっ、そうか。まあそれなら精々手綱を握っておくことだな」
引っかかる言い方だ。
私は、先月会ったときの明美さんの様子を思い出してぞわりとした。
「明美さんに何かあるの?」
「さあな。これから何が起こるかなんて誰にもわからねえことだろ?」
「ジンが起こすんでしょ」
「いや? 俺は宮野明美に何の恨みもねえからな。……ただ、裏切り者にはそれ相応の制裁を下すだけだ」
底冷えするような冷徹な目が愉しげに細められた。
恐ろしいけど、まだ殺意がないだけマシだ。私は目を逸らすことなく睨みつけた。
ばちばちと見えない火花が散っている。
見かねてウォッカが口を挟んだ。
「今までどおり、お前が宮野明美を抑えてたら何もならねえよ」
だけど、その言葉にカチンときた。
もしかして明美さんに会わせたのは、明美さんに変なことをさせないためだろうか。何か理由があることはわかっていたけど、いざそう言われると気にくわない。
「……どうして明美さんが大事なの? 他の人は勝手に裏切らせてさっさと始末するのに」
「あいつは妹の枷だからな」
「……性格悪い」
妹の枷に姉を使うなんて。
ジンは私の幼稚な悪口を気にすることなく、「囚人の監視は囚人と相場は決まっているだろう」とまたも煽るようなことを言った。
ブラックジョークが過ぎる。
マスターは静かに笑っているけど、私は全然笑えない。それで言うなら私は監視役の囚人を見張る看守だ。げんなりする。
「まあ、お前は都司信彦の情報も持ってきてくれたからな。お前のお気に入りの宮野明美のことは多少なら目を瞑ってやってもいいが?」
「都司?」と頭の上に疑問符を浮かべる私を見て、ウォッカも「バーボンから、都司を見つけたのは愛子だって聞いたんだが」と首を傾げる。
「あ、うん。見つけたというか都司っていう怪しい人がいるっていう情報を私が教えたん
だけど」
「それならよかった。俺はてっきりバーボンのやつがお前に花を持たせるために嘘をついたのかと……」
「やだな、ウォッカ。バーボンがそんな嘘つくわけないじゃない」
でも、都司は資金源になるかもしれない程度の小物だったはず。ジンが喜ぶほどだろうか。
そんな疑問も、ウォッカが「いい使い道があるんだよ」と答えてくれた。
その使い道までは教えてくれなかったけど、とりあえず都司を見つけて報告したのをジンはいたく喜んだらしく、今日、機嫌がいい要因の一つがそれみたいだ。
そしてファルコと都司、両方に関わりのある私の功績をジンは気に入ったらしい。ジンは「褒美をやらねえとな」と私を見た。
功績の褒美。と言われると出世の文字が頭に浮かぶ。
組織が力をつけた今、ボンゴレのためにそれを期待したけど、それはすぐに打ち破られた。
「ちょうどいい。ファルコから仕入れた銃をやろう」
「ええ……。それってそんなにご褒美なにならなくない?」
思ったよりもしょぼいご褒美に肩を落とす。
ウォッカが「その銃目当てに組織に入ってきたやつもいるんだぞ!」と言ってきたけど、私は別に銃火器をぶっ放したいわけじゃない。
「……だいたい私、撃てないよ」
「問題ねえ。それも褒美のうちに入れてやるよ」
いまいち噛み合わない会話に、私とウォッカは揃って小首を傾げた。
だけどジンがその言葉の真意を教えてくれることはなかった。
意味がわかったのは、それからまた数日経って再びジンに呼び出されたときだった。