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 深い山の中に、その建物はあった。
 長く伸びた杉の葉が夜空を覆い、月明かりさえ届かない。道は整備されていない獣道だけど、それなりに踏み固められているから車の揺れはあまりない。
 それでも運転しているウォッカはハンドルを取られないように、いつもより手に力が入っている。それに対して運転席のジンはいつもどおり無関心な様子で煙草を吹かしている。
 山道に入って数十分。
 ちらりと木々の隙間から人工光が見えた。そう思った直後に車が停車した。
 道の途中なのに? と思っている間に、車のライトが消された。

「見ろ」

 フロントガラスからは、絶妙な角度で木々に隠されたアジトが見える。
 周囲の自然とは正反対の、無機質な灰色のコンクリート。杉の木より低い平べったい四角の施設は、何かの工場のようだ。
 窓にはブラインドが下げられていて、漏れる光は少ないし、中がどうなっているのか離れたここからではわからない。
 ジンの指示はここから肉眼で見るということではないだろう。私は施設のそばに分身を飛ばした。



 ――入り口の傍にあるパネルの前に、誰かが立っている。
 ――ピッタリと身体に沿う黒い服を身にまとった長身の女性。闇に紛れるには彼女の姿は目立ちすぎた。月光に照らされた彼女の長い銀糸がきらきらと、揺れるたびに白く輝いている。
 ――その色はジンの深い銀よりもスクアーロの明るい銀に近く、だけどスクアーロにはない豊かなウェーブがかかっている。
 ――パネルに取り付けた機械を操作していた彼女は、解錠されるとすぐに機械を仕舞い、するりと施設の中に忍び込んだ。そのあとを私もつける。
 ――中は小ざっぱりとしていて物が少ない。施設内に人の気配はあるけど、まだ彼女の侵入に気づいていないようで動きはない。
 ――静寂の中を彼女は軽やかな足取りで迷うことなく進んでいく。
 ――そして、とある大きな金属製の扉の前で立ち止まった。
 ――重そうなそれを苦労する様子もなく開く。ギギギと金属の擦れる音が鳴り響き、中にいた作業着姿の男たちが一斉に彼女の方を向いた。

 ――「だ、誰だ⁉」

 ――中は広い事務所だった。夜だからか閑散としていて、人は三人しかいない。
 ――今まで緩慢な動きだった彼女は、急に俊敏に動いた。一番近くにいた男の腹に重い拳を叩き込み、そして地面を蹴ってトンとデスクに乗り、デスクの上を走ってもう一人の男の顔面を蹴り上げる。
 ――一番遠くにいる男が、袖机の引き出しから黒光りする拳銃を取り出して、彼女に向ける。が、正面から撃ち込まれた弾丸を彼女は最小限の動きで避けた。
 ――男が二発目を構える前に、彼女は一瞬のうちに間を詰め、最後の一人も呆気なく殴り倒された。
 ――彼女はその男のデスクから雑に資料を抜き取ると、五色のカラーフィルムを一度見てから、資料をパラパラ高速で捲っていった。読めるはずないスピードで、何かを探している風でもない。わけがわからない動作を一通り終えてから、彼女は資料を打ち捨てて事務所の奥にある扉を開いた。
 ――そこは工場になっていた。
 ――さっきとは比べ物にならない人数が働いているけど、彼女は気にすることなく走る。
 ――まるで恐ろしい鬼のようだった。
 ――長い銀髪を靡かせて走る彼女は目にも止まらない速さで一人、また一人と伸していく。時には数メートルを跳ね上がり、時には片手だけで数回バク転を行う。常軌を逸する身体能力はアクション映画を見ているよう。
 ――見惚れている間に工場の中の男たちは全員地に伏せていた。
 ――死屍累々の中を彼女は悠然と歩き、工場にあった箱を持てるだけ持って施設を後にした。



「終わったころか?」
「うん……。もう出てくるよ」

 言っている間に、施設から彼女が出てきた。そして真っ直ぐこちらに歩いてくる。どうやら夜目も効くらしい。
 彼女が車のそばまで来ると、ウォッカが窓を開けて気安く話しかける。

「ようキュラソー。例のブツはあったか?」
「ええ。これだけあればいいかしら」

 低く、温度のない声だ。

「ああ、上等だ」

 箱の中身は大量の爆弾だった。
 嬉しそうにするウォッカに対してにこりとも返さないキュラソーは、そのまま私に目を向けた。

「彼女は」
「愛子だ。お前みたいに特異な能力があるからここから中の様子を見させていた」
「イタリアンマフィアの武器庫を手中に収めたというのにこんなことをさせるなんて、と思っていたけど、彼女へのパフォーマンスだったのね」

 相変わらず単調でこちらに友好的な様子もないけど、逆に見世物になっていたことに関する不満も見えない。

「よろしく、キュラソー」

 返事は期待してなかったけど、やっぱりなかった。
 代わりに今まで黙っていたジンが「銃の使い方や身体の使い方はこいつに教えてもらえ」と言ってきた。そして一丁の拳銃を私に手渡した。
 ずしりと重い。
 武器はあまり好きじゃないけど、ここには「まだ早い」と諫める人はいない。
 仕方なく、漏れそうな溜息を飲み込みながら銃をポケットに仕舞った。

ヒトリヨガリ