116

 キュラソーは今まで会った組織の構成員の中でも、群を抜いて感情が希薄だ。
 スコッチは愛想がよかったし、バーボンは比較的表情がよく変わる。作り笑いも多いけど。ウォッカは真面目な話をしていないときは気さくだし、ベルモットは落ち着いているけどクールというほどでもない。ライやジンなんかも鼻で笑ってきたり感情的になったりすることも多少はある。
 それに比べて、キュラソーはぽっかりと穴が空いたように無だ。
 ジンに言われたとおり、身体能力がずば抜けているキュラソーに体術を教えてもらうことになったけど、無駄な話はまったくしない。私が果敢に話しかけても反応がない。
 それでも私は挫けなかった。
 ウォッカの言っていた「特異な能力」と言うのは、その身体能力ではないらしいけど、それが何なのかは教えてもらえなかった。
 体術という強力な武器があるのに、まだ隠し技を持っているのなら厄介な敵になる。
 できればその能力が何なのかを知って、そしてキュラソーの弱点を掴んでおきたい。

「ねえっ、キュラ、ソーは、……食べ物だとっ、何が、好き?」

 キュラソーから繰り返し出される攻撃を必死に避けつつ、私は問いかけた。
 キュラソーのそれは生まれ持った才能らしく、体術を教えるといっても身体に覚えさせる方法をとっている。
 集合してすぐに「銃弾を避けられるなんてすごいね!」と言った私に、キュラソーは「あれくらいなら見えるから」と言った。そして、死角からの攻撃も気配でわかるし、勝手に身体が動く、とも。その瞬間、ああリボーン方式の特訓になるかも……、と遠い目をしてしまった。
 実際、基礎練習より実践を積む方式だったけど、リボーンほどスパルタではなかった。場所はスポーツジムの一室で、貸し切っているとはいえ外には一般人の目もあるからキュラソーは十分に手加減をしてくれてる。
 そもそも私は組織の目になる存在。基本的に後方支援が私の仕事。それでも一応直接攻撃を受けることもあるかもしれないから肉体戦も対処できるようにしておくだけ。特に私はまだ身体ができていないから、筋肉をつけるよりも、攻撃を交わせるようにすることを重点的に教わっている。

「喋る余裕なんてあるの?」

 キュラソーの拳をバックステップで避けていたけど、リズムの違う蹴りを繰り出されてそれが見事に私の腹に当たった。軽い身体が宙を浮く。
 ドスンと強かに腰を打ったけど、マットの床だからそこまで痛みはなかった。
 私はぜいぜいと荒い息をしているのに、キュラソーは汗ひとつかいていない。ずるい。

「あなたは集中力が続かないのね」
「……たしかに」
「実戦ではアドレナリンでどうにかなるのかもしれないけど、それがどこまでもつかもわからないわよ」
「はあい。……それで、キュラソーは好きな食べ物なに?」

 服を整えていたキュラソーは私を一瞥して「ないわ」と言って背を向けた。

「飲み物は? お酒とか好き? 趣味とかは? あ、私は手品が好きだよ。見るだけでほとんどできないんだけどね。この前ね――」
「疲れたなら休憩にしましょうか?」
「いや、疲れてはないんだけど……」

 なんともやりにくい。
 あまり人と一緒にいたくないタイプなのかな。
 キュラソーはもう休憩モードに入ってしまって、壁際のベンチに置いたミネラルウォーターを飲んでいる。私もそれに倣ってよたよたとリュックからスポーツドリンクのボトルを取り出した。透くんお手製のドリンクだ。
 ごくごく飲みながら、スマートフォンをチェックする。
 明美さんから連絡がきていて、今週末に遊ぶときのことが書かれている。それに返信してからネットニュースが流し読みしていると、とある見出しにドリンクを噴きこぼしそうになった。
 そこには「収賄容疑で元杯戸市長の息子逮捕」と書かれていた。
 記事を読むとそれは思ったとおり宝田太のことで、怪盗キッドの事件で明るみになったと記されていた。
 本当に、下手に組織が近寄らなくてよかった。

「もう休憩はいいのかしら」
「え、待って待って! まだ五分も経ってないよ!」
「てっきり、もう暇を持て余しているのかと思ったわ」

 ちらりとキュラソーが私の手元を見たので、バツが悪くなってスマートフォンをリュックに戻す。そして、ごろんと仰向けに寝転がった。板張りじゃないから気持ちがいい。

「キュラソーも寝ない?」
「寝ないわ」

 だろうね。
 断られるとは思っていたけど、あまりの素っ気なさに苦笑いする。

「キュラソーは――」
「黙って休憩しなさい」
「はあい」

 ぴしゃりと注意されてさすがにちょっとだけ心が折れた。
 今日一日で仲良くなれるとは思っていないけど、これは時間がかかりそうだ。

ヒトリヨガリ