118
「米花港近くの飲食店街で乗用車爆発、運転手は死亡、身元不明、って組織が関わってるやつ?」
スマートフォンを触りながら、その画面に映っている文字をぽつぽつ読み上げて聞いたけど、目の前の席に座る男は鼻で笑っただけで答えなかった。だけどその反応が何よりの返事だった。
いつかに呼ばれた駅前ビルのバーに今日もいる。ただ、あの日と違って今はまだ日が高い昼間で、マスターは不在。ジンとウォッカはコーヒーを飲んでいる。
音楽のかかっていないバーは、狭さと暗さのせいで不気味な雰囲気が漂っていた。
本題に入る前にウォッカが話しかけてきた。
「キュラソーとはどうなんだ?」
「まずまずって感じかな。元々無口なタイプなの? あれから三回会ったけど全然会話に乗ってくれないんだよねえ」
「いや、仲良くできてるかは聞いてねえよ」
「え?」
「ちょっとは戦えるようになったのかって聞いてんだ」
「ああ、そういう。……うーん、それはまだじゃないかな。自分じゃわからないよ」
数回の訓練でキュラソー並みに動けるようになっていたら私は今ごろボンゴレの戦闘要員だ。
上達を知りたければキュラソーに聞いてと言えば、ウォッカは「それもそうか」とあっさり引いた。
「ふん、まあいいじゃねえか。まだ時間はある」
「それもそうっすね、アニキ」
時間? とジンの顔を見るが、意味深長な笑みを浮かべるだけで教えてくれない。中途半端に言うなら全部教えてくれてもいいのに。すごくモヤモヤする。
考えを巡らせてみるけど、この組織で私の戦闘力に必要性を見出だせない。何かと戦わせるにしても、他の構成員の方が絶対に強いし、子供しか使えない戦闘シーンは思いつかなかった。
思わせぶりな台詞で私を混乱させた張本人は、飄々と「それでお前を呼んだのは」と突然本題を切り出した。
「一応お前にも事前に言っておいてやろうと思ってな」
「……なにを?」
わざわざジンが呼びつけてまで事前に言うことなんて、……私には明美さんのことしか想像つかない。
ごくりと固唾を飲む。
もったいぶって一呼吸置くジンの薄い唇から目が離せなかった。
「都司信彦と取り引きを行う」
「……え? 都司?」
思ってもみなかった名前に、ぱちぱちと瞬きする。
そんな私を見てジンはにんまりと口の端を吊り上げているし、ウォッカは俯いて肩を震わせている。つまり最初から私を怯えさせようと企んでいたっていうわけか。
「性格悪い」
前にも言った言葉をもう一度ジンに吐いた。
「ふん。お前のコネクションから得た情報だから言っておくのが筋ってもんだろ? 都司は取り引きしたあと飛ばすからな」
「……殺しはしないの?」
「ああ。……バーボンからの情報だと裏で他の組織と仲良くやってるそうだ。俺たちはあいつの土地がほしいだけだから深追いはしねえ」
暴力団組織、泥参会のことだろう。バーボンと都司を見張った夜のことを思い出す。
ジンとウォッカの話を聞いていると、あの日のあともバーボンは一人で泥参会との繋がりを調べ、そしてついに泥参会のコウキを仲介にして都司信彦が拳銃密輸を行っていたことを突き止めたらしいことがわかった。熱心なことだ。
「まあそういうことなら、もし情報元に聞かれても知らないふりしておくね。……それで取り引きって?」
「来月、トロピカルランドで都司信彦が拳銃密輸の証拠のネガと金を交換する」
「……トロピカル?」
聞き覚えのないファンシーな名前がジンの口から出たからすっとんきょうな声が出てしまった。
ジンの掠れた渋い声で言われた「トロピカルランド」という言葉が頭の中でぐるぐる回る。
その様子を勘違いしたウォッカが「新しくできる遊園地だ」と教えてくれた。知らなかったからありがたいけど、ウォッカの低い声の「遊園地」もなかなか衝撃的だった。
「……で、私は何をすれば?」
「別にお前は必要ない」
「え? ないの?」
本当に都司信彦が近々飛ぶことを教えるためだけに今日呼んだの?
不可解な行動に疑問を抱きながらも、私の興味はトロピカルランドに向いていた。
「ねえ、何かしらやることはあるでしょ。新しい遊園地なんて滅多に行く機会ないし、私も行きたい」
人が多くて広い場所だ。私の能力が活きるんじゃないかと思って自薦してみたけど、ジンは無言、ウォッカはサングラスで見えないけど渋い顔をした。
日の光が差し込む薄明るいバーに沈黙が落ちた。
私とウォッカは静かにジンの決断を待つ。
たっぷり一分ほど経ったあと、ジンは「いいだろう」と息を吐いた。
「やった!」
「え、でもアニキ……」
「問題はねえよ」
ウォッカはなおも問題ありげな顔で心配そうにジンを窺っている。何をそんなに心配しているのかわからない。私がいて問題になるようなことはないと思うんだけど。取り引きに同行したことなんて数えきれないくらいあるんだし。
聞いてみても「今にわかる」と、ジンは何もわかっていない私を楽しむかのように口元を歪めるだけだった。