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 ぐらぐらぐら。青く暗い水の中を漂うような夢を見た気がする。
 うっすらと意識が浮上してもそれは変わらなくて、ぐらぐらぐらと船の中にでもいるような不安定さ。
 でも実際は、目を覚ました私が寝ているのはどう見ても安っぽいビジネスホテルの一室だった。分厚いカーテンから漏れる光は不気味なほど真っ赤で、なんだかすごく嫌な予感がした。
 起き上がろうとするとベッドシーツに擦れた肌がヒリヒリと痛む。頭も動かすとズキズキと鈍痛がした。たぶんこれが夢の原因。
 何があったんだっけ。
 ぼんやりする頭を押さえていると、音もせずドアが開いた。
 現れたのはバーボンだった。

「起きましたか」

 右手にはコンビニの袋を持ち左腕で大きなシロクマのぬいぐるみを抱えた姿は、まるで小さな子供のいる父親のようで、思わず「似合うね」とぬいぐるみを指差した。
 純粋な褒め言葉のつもりだったけど、バーボンはぎゅっと眉間に皺を寄せてぬいぐるみをボスリと私に抱えさせた。

「愛子の方が似合いますよ。今夜は一人で寂しいかもしれませんから、この子と一緒に寝てくださいね」

 渡されてよく見ると、シロクマのぬいぐるみは私の部屋にあるはずのクオレだった。スカーフが黒いつなぎに変わっていたから気づかなかった。

「前のオレンジのスカーフは?」
「洗濯中です。ジンから負傷したあなたをホテルに置いてきたと連絡をもらったとき乾いていなかったので、代わりにつなぎを着せました」

 裸でもよかったのに、と言うより先にバーボンの言った「ジン」という名前に顔を上げた。そうだ、さっきまでジンと一緒にいたんだ。

「何があったんですか」
「えっと、ジンとウォッカの仕事の手伝いを頼まれて……」

 それは武器の密輸の取引だった。相手の要望は「日本で珍しい武器」。そこでジンは武器商人のファルコから手榴弾を仕入れた。私が同行したのは、相手の様子がおかしかったから。ジンは「金払いはいいが頭がおかしいから、手榴弾の威力を俺たちで試しかねない」と言っていた。だから私は相手が遠ざかるまでの監視役を頼まれたのだ。
 ジンの予想は半分当たっていた。
 手榴弾を手に入れた男は、にやりと狂気じみた表情を浮かべ、そして私たちから背を向けると、ピンを抜いて振りかぶったのだ。無関係な一般人がたくさん往来している道に。

「だから男から手榴弾を奪って、人のいない方に投げたんだけど、ちょっと失敗しちゃったみたいだね」
「……それで、よくそれだけの怪我で済みましたね」
「まあ、手榴弾は五メートルくらい離れたら爆発には巻き込まれないって知ってたから」

 手榴弾で恐ろしいのは、爆発よりも高速で飛び散る金属片。だからちゃんと遮蔽物の多いところに投げた。多少傷は負ってしまったけど命に別状はないから上出来だ。
 私は包帯が巻かれた腕を見下ろした。
 ジンから余計なことするなと怒られたけど、私が一般人を守ろうとしたことに関して何か言われることはなかった。取り引き直後に相手が捕まる方が一大事だからだ。
 透くんも何か言いたげな顔はしたけど言葉にはせず、ただ黙々とビニール袋から水のペットボトルやカップスープを取り出して小さなデスクに並べた。それが終わってから呟いた「ジンは、怪我した子供を置いてどこに行ったんですか……」という言葉は明らかに独り言だったけど、私はその答えを知っているから返事をした。

「取り引き相手を怒ってるところだと思うよ」

 厳重注意で済んでいるのか、始末されたのかは定かではないけど。

「どうして知ってるんです?」
「言ってたから」
「いつ? 爆発に巻き込まれて今まで寝てたんじゃないんですか?」
「いや、巻き込まれたときは意識があって、ただそのときに頭を壁にぶつけてふらふらしてたからジンの車の中で寝てたの。そしたらここにいた」

 バーボンは大きな溜息を吐いた。どっと疲れたような、それでいて心底安心したような表情。
 負傷したと聞いてホテルに来たら、傷だらけで寝ているんだから心配しただろう。説明の足りないジンのせいで余計な気苦労をかけてしまった。私は悪くないのに少しだけ申し訳なくなる。

「それで、帰っていい?」

 わざわざクオレを持ってきてもらったけど、喋っている間に思い出したことがあって私は一刻も早くホテルから出たかった。
 それなのに、バーボンは「駄目です」とぴしゃりと言い切った。

「どうして? たいした怪我じゃないよ」
「それでも頭を打ったんでしょう? 僕は今夜、どうしても外せない用があって家に帰れないのでホテルで大人しくしていてください。ここなら何かあれば人が駆けつけてくれますし、あとで一応、仕方がないので医者を呼びますから」
「いやいや、大丈夫。本当に大丈夫だから。用事があるの」
「用事なんてもってのほかです。せめて今晩くらい安静にしていてください。めまいがするんでしょう? 瞳が左右に揺れていますよ」

 ぐっと唇を噛んだ。
 バーボンの言うとおり、めまいが続いている。体を起こしたときもふらついたし、頭痛も少し残っている。しばらくすれば治るだろうけど、今の状態ではバーボンの意見を跳ね除けて出て行くことなんてできない。
 はあ、と諦めてベッドにボスンと倒れ込んだ。
 ――宮野明美が組織に入った。
 ジンの車で眠る前に言われたその言葉の真相を聞きに行かないといけないのに、バーボンが呼んだシャマルさんから治療を受け体調が落ち着いたころには、日はどっぷり沈み、何をするにも遅い時間になっていた。
 まあ、そのおかげで私は冷静になることができて、危うくジンに事情を聞きに行こうとしたのを思いとどまれた。決まったことに私が異議を唱えるのは悪手だ。
 そうして私は私のするべきことを考えて、夜のうちに明美さんに連絡を取った。
 私がそうすることを予想していたらしい明美さんは、私を宥めるように「明日、直接会って話すわ」とだけ言って仕事の詳細も何も教えてくれなかった。それは前から組織と明美さんの関係を気にかけていた私に筋を通すために直接話そうとしているのか、電話では話せないようなことなのか、それとも――。

ヒトリヨガリ