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組織の目を気にせず金貨強盗を追うことができるようになったので、次の日には詳しい情報を得ることができた。
ターゲットは、金貨や宝石を盗むことを生業にしているジェンマファミリー。その歴史は浅く、力もない。とてもじゃないけど六億円相当の金貨を盗んでうまく逃げれるようなファミリーではないので大部分のメンバーはすでにイタリアで逮捕されている。だけど構成員の中にいた日系イタリア人が、ボスを含めた数人を連れて日本まで逃げてきたので、いつ新たな構成員を集めて立て直しを図るかわからない状況だ。
金貨は組織に、構成員は警察に、というのが私の計画。
だけど、情報が集まったあとの捜索が行き詰まっている。
イタリアンマフィアならすぐに目撃情報があがるかと思ったけど、おそらくイタリア人は屋内に潜んでいて、外出は日系人だけが行っているようでなかなか捜索が進まない。
遅くまでしらみ潰しに捜し回り、帰宅してからは部屋にこもって死んだように眠ること四日。
翌日回るルートを考えながら、ベッドの上でうつらうつらと微睡んでいると、軽いノック音のあとにドアが開いた。
顔を上げると、リビングの明かりを背に受けて、透くんが顔をしかめて立っていた。
「もうお休みですか?」
「うん。疲れたからね」
「あれだけあちこち移動すれば疲れるでしょうね」
呆れたように息を吐き、「野良猫にスマートフォンを奪われたのかと思いましたよ」と皮肉を言ってきた。
むっとしたけど、実際、今日の移動をGPSで辿ればきっと透くんの言うとおりになるだろう。
透くんは許可なく部屋に入ってくると、我が物顔でソファーに座った。
「それで?」
「それでって?」
「何を調べてるんですか。……あてもなく動き回っていたようですから、追跡ではなく捜索。そして一日中捜しまわっているということは、まだ手掛かりがほとんどなくて、しかも期日まで時間がない、といったところでしょうか」
「……さすが探偵だね」
そんなわざわざ推理しなくても聞いてくれたら教えるのに。追いつめるつもりはなくても追いつめられてるみたいだ。文句を口にすれば、透くんは苦笑いして軽く謝ってからもう一度私が何を調べているのか聞いてきた。
まあ別に隠すほどのことじゃないからいいか、と重い身体を起こしてジェンマファミリーの話をした。
顎に手を当てて相槌を打つ顔にはわずかに不機嫌そうな色が混じっている。だけどとやかく口を挟んでくることはなかった。
「きっと彼らは金貨を換金できていないだろうから、暮らしは質素だと思って治安の悪い地域とか家賃が安いところとかを回ってみたんだけど見つからないんだよね」
「……どうして換金していないと?」
「ジェンマファミリーが日本に逃げてすぐに日本の警察に情報提供されたから、正規の換金ルートは監視されてて使えないし、ジェンマなんて三下のファミリーが裏ルートのコネクションもないだろうからね、……って教えてもらったの!」
「ホォー、雲雀恭弥に、ですか?」
「……うん」
透くんは私の言葉を疑わなかったようで、それ以上深く聞いてくることはせず、ただ顎に手を当てて思案している。
沈黙が落ちた暗い部屋で睡魔が迫り来る。
ジェンマファミリーのことを考えてくれているのはわかっているけど、大きな欠伸がもれた。それも続け様に二回も。
透くんは、ふっと笑うと、仕方ないなあというように「話は明日にしますか?」と聞いてきた。
「ううん。今聞くから話して」
透くんは、もう考えがまとまっていたようで、私がそう言えば一つ頷いてから話し始めた。
「こちらから迎えに行くのではなく、おびき寄せましょう」
「……その方がいいと思うけど、でもそのおびき寄せるっていうのが難しいんじゃないの。簡単にできるならもうやってるよ」
「ふふ、まあ愛子には難しいでしょうね」
「ってことは透くんならできるの?」
からかうように笑った透くんをじっとりと睨むと、彼はきゅっと唇を上げて「ええ」といたって簡単そうに言い切った。
「換金できない金貨なんて無用の長物。コネクションがなくて手をこまねいているのなら、ルートを紹介する人間がいると情報を流せばそのうち引っかかるでしょう」
「なるほど」
透くんはすでにこの件に関わる気のようで、明日にはガラの悪い連中がたむろする繁華街の飲み屋に情報を流すと教えてくれた。
それなら私ができないのも納得だ。身を隠している小物まで届く情報なんて流せないから。透くんが協力してくれて助かった。
バーボンの張った網にジェンマファミリーが引っかかったのは、その三日後のことだった。
すぐに金貨を売りたいとコンタクトを取ってきたので、バーボンは日本人の男を小さなバーに呼んだ。
時刻は十八時過ぎ。まだ早い時間だけど冬の日は短くて、もう空は夜が迫った赤紫色。
私の役目は潜伏先まで帰る男のあとをつけること。だからバーボンと一緒にいる必要はなく、というよりいたら邪魔だからバーの近くの本屋で様子を窺っている。
――カウンターに座っていたバーボンの隣に、一人の男が腰を下ろした。ふっと横目でバーボンの風貌を上から下まで一通り確認してからバーテンダーにジントニックをオーダーした。
――「お前がバーボンか?」
――「ええ」
――バーボンが頷くと、男は懐から取り出た一枚の金貨をカウンターに置いてバーボンの前まで滑らせた。バーボンは金貨を手に取り、目を細めて金貨の裏表をじっと見つめ、指先で模様をなぞりながら確かめる。
――「いくらで買い取れる? 全部で一万枚以上あるんだが」
――「……すべて買い取って一枚あたり五万円というところでしょうね。小数枚なら一枚あたり三万円でどうでしょう」
――「はあ!? 純金の一オンス金貨だぜ? その倍はつくだろ!」
――声を荒げる男に周りの客が一斉に二人の方に顔を向けた。顔をしかめるバーテンダーに愛想笑いして肩を竦めてみせたバーボンは、店内の雰囲気が戻ってから冷静に言葉を紡ぐ。
――「ええ。相場ならそうですね。でもこれは盗品でしょう? 加工するにしても何にするにしてもお金が必要です。その手数料分を引いたら一枚五万というのが妥当ではありませんか? それにあなたが僕にとやかく言える立場ではないですよね」
――別に僕は買い取る義理はないのだから。と、煽るように目を細めると、男は忌々しそうに舌打ちをした。バーボンの言うとおりなのだろう。金額に納得はしていないけど言い返す言葉がないらしい。
――男はバーテンダーに渡されたジントニックを味わうことなく一気に飲み干すと、ガタンと立ち上がった。
――「もしこの金額でよろしければ、また連絡してくださいね」
――男はにっこりと笑って手を振るバーボンを一瞥すると、ジントニックの料金をバーテンダーに押しつけてバーから出て行った。
残されたバーボンが一人、丸い氷の入ったグラスを傾けているのがいやに様になっているなと思いながら、私はカモフラージュの立ち読み用の雑誌を棚に戻し、男のあとを追う。
男は周囲を注意深く警戒しながら狭い路地を選んで十五分ほど歩き、古びたアパートの一階に入っていった。アパートの付近は空き家や空き店舗が目立ち、人の気配があまりなくて悪事をするのに向いている地域だし、男のアパートにいたっては、いかにも無法者が住み着いていそうなそのアパートだった。しかも入居者は男の部屋と離れた部屋に数人いるだけのようで、それぞれの部屋に表札もないし住民同士が没干渉でも不思議はない。逃亡者にとって申し分ない住居だろう。
男の部屋に近づいてみると、玄関付近には生活雑貨が置いたままになっていてベランダには洗濯物が干しっぱなしになっている。ここで生活しているのはたしかなようだ。
アパートの写真を撮ってからバーボンに連絡をして、本屋に戻る道を辿った。