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 ふらふらと歩いて十字路の真ん中に立ったとき、ピクリと背筋が伸びた。
 急な寒気。うっすらとした殺気だ。
 あんな三下のジェンマファミリーとは違う、格上の人間が、近くにいる。
 そろりと壁に背をつけて、左右の道と暗い空を落ち着きなく見渡す。
 ドクドクうるさい心臓を落ち着けるために深く息を吸うと、薄かった殺気が濃くなった。

「ゔおぉおぃ‼」

 濁声とともに振り下ろされた剣を、右に転がって避けた。追撃はない。剣の速度も遅かったから十二分に手加減されていた。だからって――。

「随分な挨拶ですね! スクアーロ!」

 言いながら顔を上げた。
 すっかり夜に染まった町。背後に月を背負いながら、ボンゴレの特殊暗殺部隊ナンバーツーにして作戦隊長のスペルビ・スクアーロが剣を振りかざした格好のままそこにいた。
 ジンよりも明るく、キュラソーと違って癖のないまっすぐ滑らかな長い銀髪が剣より遅れて揺らめいた。

「相変わらず鈍くせぇなぁ! そんなんでやっていけてんのかぁ!?」
「スクアーロは相変わらず声が大きい」

 最初の一撃以降、スクアーロに攻撃の色はないので立ち上がって汚れた服を叩いた。
 あらかたの砂ぼこりを払ってからスクアーロに向き直し、「で?」と用件を聞く。

「何か用ですか? ……ああ、金貨強盗の件?」
「あんな雑魚のためにわざわざヴァリアーが動くわけねぇだろぉ。別件だぁ! そのついでに、顔見知りのそのまた顔見知りのよしみで様子を見に来てやったんだぁ!」

 遠すぎるよしみだとか、様子を見に来るのに襲いかかる必要ないでしょとか言い返したくなったけど、彼らヴァリアーはそんな言い分通用しないのはわかっているから言葉を飲み込んだ。ただ苦い顔は隠すことはしない。
 用のなさそうなスクアーロより、本屋で待っているバーボンの方が大事だ。
 元気な顔は見せたのだからさっさと帰ろうと足を動かすと、なぜかスクアーロもついてくる。

「用、ないんですよね?」
「ないとは言ってねぇだろぉ」

 傍若無人な態度に、その長い足を叩きたくなるけど、六つも年上の大先輩だし立場も上だし、何より私が敵うはずないくらい強い人だから大きく息を吸ってなんとか怒りをおさめた。

「しばらく調査でボンゴレの人間が日本に送られてくる。知り合いに会っても変な反応をするなよぉ!」
「それ、変な挨拶してきた人が言う言葉じゃないでしょ……」

 用件はその忠告だけだったらしい。わざわざ言いに来たってことは、綱吉からの伝言か。
 私に興味はないとばかりにさっさと立ち去ろうとするスクアーロを見上げる。眼光は鋭いけど、ジンよりも表情は豊かで特に大きな口は感情がよく表れる。真っ黒の服を身にまとい全体的に強面なのに、身体の線が細いからこうして歩いているだけでは暗殺者には到底見えない。
 だけど、彼はたしかに強者だ。一般人じゃ、まず太刀打ちできない。
 思わず私はスクアーロの分厚いコートを握りしめて引き留めた。

「なんだぁ?」
「……ちょっと、お願いがあって」

 咄嗟に腕が動いていたから、まだ思考がまとまっていなくて言葉に詰まる。頭の中にあるのは、スクアーロなら明美さんと妹さんを拐えるのではないかと閃きだけ。
 もごもごと口の中で言葉を探しながら、少しずつ説明を進める。それに対してスクアーロはどんどん顔を歪めていく。
 私が明美さんの時間稼ぎをしていること、きっと明美さんが成功しても組織から抜けることはできず立場が悪くなるだけだろうから私がなんとかしようと思っていること。
 できることなら、明美さんを助けたい。そう口にした私に、スクアーロは一気に血が沸騰したかのようにドッと怒気を明らかにした。

「ヴァリアーはお前らみたいな甘っちょろい考えは持ってねぇ! 人助けがしたけりゃ警察にでも泣きつくんだなぁ!!」
「それはそうだけど、でも……!」
「優先するべきものを忘れるな。お前はボンゴレの諜報員だぁ! ファミリーの利益を第一に考えろぉ! これまで時間をかけて潜入して、そんなことで失敗したらどうするんだ。次の諜報員を投入する前に動かれたらどんな被害がボンゴレに降りかかるかわからねぇだろぉ! リスクを考えて行動しろぉ!」

 上から降ってくる大音量の叱責に怯む。
 ぐっと心臓が痛くなる。
 スクアーロの言い分は理解できる。厳しいことを言っているけど、優しさだけでやっていけないのがマフィアの世界だ。
 わかっている。でもすごく苦しい。
 天から地に堕ちた明美さんを助けられたら、なんて淡い希望は砕け散った。
 スクアーロはまだ何か言い含めようとしたけど、さっと顔を上げて闇の中を一瞬見つめてから踵を返して去っていった。そのすぐあと暗闇の中からバーボンが現れ、そしてバーボンがまとめてくれた情報をジンに明け渡すまで、私はずっとすべてのできごとが遠い国で行われているのをスクリーンを通して見ているような、そんな感じがした。

ヒトリヨガリ