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 東京駅で待っていたのは、ジンとウォッカと、それから名古屋行きの新幹線のチケットだった。
 ごく一般的な取り引きが今日の仕事だ。ただしそれが新幹線の中で行われるのがいつもと違っていて、それが私には居心地が悪かった。休日を満喫している人たちに囲まれて、私は喪服のような黒い服をまとった男二人と無言を共有し続ける。考えるだけで気が滅入ってしまった私は少しでもその時間を減らすために新幹線に乗る前は長い時間をかけてキヨスクでお菓子を選び、新幹線に乗り込むやいなや「冒険してくるね!」と、二人から離れようとした。
 普段だったらそれですんなり許可されるのに、今日は違った。

「待て。お前の仕事はこの女の見張りだ」と引き止められ、キャリアウーマン然とした女性の写真を渡された。
「お前の席の隣に座る」
「私のって、ジンたちは?」
「俺たちは別の車両だ」

 じゃあほとんど自由行動だ。ぱっと表情を明るくした私に、ジンはギロリと眼光を鋭くする。

「いいか、その女が持ってくる金とこのアタッシュケースを交換する。もし取り引きのあとアタッシュケースを開ける素振りを見せたら気を逸らして止めろ」
「……はあい」
「見張ってさえいれば好きにしていい」
「はーい!」

 付きっきりじゃないのなら文句はない。大きく返事をして、乗車券に書かれた車両に移った。
 席に座ってしばらくすれば、ジンの言ったとおり写真の女性が私の横に座った。一人の私に心配そうに声をかけてくる彼女に「名古屋のおばあちゃんのところに遊びに行くの!」と元気よく返事をしてやり過ごし、新横浜を発車して何十分か経ったころ、彼女は足元に置いていたスーツケースを持って席を立った。取り引きに行くのだろう。
 能力を使えばここからでも彼女の動向は監視できるけど、座りっぱなしもつまらないので少しだけ時間をずらして私も彼女のあとを追った。



 通路で小さな男の子が高校生くらいの女の子に怒られていた。どうやら男の子が人の座席にガムをつけて遊んでいたらしい。せっかく楽しい旅行なのに、怒っているお姉さんも怒られている弟くんも可哀想だな。なんて思いながら、しゃがんでガムを外す女の子の横を通り過ぎようとしたとき、女の子が私に気づかずに「ガムはちゃんと灰皿に捨てなさい!」と叱りながら急に立ち上がった。

「わっ」「きゃあっ!」

 微笑ましい光景に油断していた私は、女の子のお尻がもろに当たって床にベシャリと倒れてしまった。

「ご、ごめんなさい! 怪我してない? あ、手のひら擦りむいてる!」

 ぺこぺこと頭を下げながら、女の子は片手に持っていたガムをさっさと灰皿に捨て、代わりに私の手首を掴んで「本当にごめんなさい。手当てするから」とぐいぐい私を数列先の座席に連れていく。
 そこにはおじさんが一人座っていた。

「何叫んでたんだよ」
「この子にぶつかっちゃって」
「いや、私もちゃんと見てなかったから……」

 女の子は絆創膏を貼ってくれている間も何度も何度も謝ってきた。実年齢は私よりうんと年下の女の子にそこまで謝られると私もいたたまれなくなる、立ち歩くカムフラージュのために片手に持っていたビニール袋から「絆創膏のお礼です」と個包装のチョコレートをいくつか女の子に押しつけた。
 これで貸し借りなし。監視の続きのために移動しようか。とタイミングを見計らっていると、今度はおじさんに「一人で何してんだ」と遠回しに親の場所を聞かれた。
 これはもしかして迷子と思われているのかもしれない。

「探検してるの!」

 迷子なんかじゃないよという気持ちで胸を張って言ったけど、女の子はちょっと困ったように私と男の子を見比べて「ちょっと喋っていかない?」と小首を傾げて聞いてきた。たぶんさっきいたずらした男の子みたいに、私が一人で何か変なことをしないか心配したのだろう。別に振り切ってもよかったけど、この席はちょうどジンたちが取り引きが終わったらわかる場所だったので、素直に頷いて、弟くんの隣の空いてる席に座った。
 お姉さんの名前は毛利蘭というらしい。ついでに父親の名前と、少年の名前も教えてもらった。てっきり少年はお姉さんの弟だと思っていたけれど名字が違う。人様の家庭事情に首を突っ込むなんて下世話な趣味はないのでさらりと流して、私の方は元気よく「愛子です!」と名前だけ言っておいた。
 見ず知らずだというのに蘭さんはとても優しい。それにひきかえ、おじさんはずっと鞄の中を漁ったり手帳を開いたりとバタバタ忙しない。きっと蘭さんは、おじさんの姿を見て反面教師で育ったのだろう。江戸川くんも、蘭さんみたいにしっかり育つことを願っていよう。と、江戸川くんの方を見れば、バッチリ目が合った。

「どうしたの?」

 まさか目が合うとは思っていなかったのか、私が話しかけたら江戸川くんは戸惑いながら「あ、いやあ……」と口籠もったあと気まずそうに言葉を紡いだ。

「どこかで会ったことがあったかなって思って」
「会ったこと?」

 おうむ返しで言いながら江戸川くんの顔をまじまじと見たけど、見覚えはない。

「うーん、私は覚えてないなあ。人違いじゃないかな」

 江戸川くんくらいの子供の知り合いなんてほとんどいないから、会っていたら覚えているはず。そんなことを遠回しに言ったけど江戸川くんは「ほんとう?」と食いつく。
 じゃあ、江戸川くんはどこで私と会ったのかと聞けば「覚えてない」との答え。
 残念ながら私は平凡な脳ミソしか持ち合わせていないので、どれだけ頭を捻っても答えが出てくる気はしない。考えることを止めると、ちょうどおじさんが江戸川くんに「ガキがいっちょ前にナンパかあ?」とからかったので江戸川くんは口をつぐんだ。
 あまりにも江戸川くんが気まずそうにするので、しかたなく話を変えるために蘭さんを見る。

「お姉さんたちはどこに行くの?」
「京都なんだけど……わかるかな?」
「うん! わかるよ。行ったことある! 今だとすごく寒いよね」
「そうなのよ、雪は降ってないみたいだけど心配で……。愛子ちゃんはどこまで行くのかな?」
「名古屋っていうところ」

 駅の売店でお菓子と一緒に買った観光雑誌をビニール袋から出した。「観光はしないんだけど、こういうのって見てるだけで楽しいんだよね」とパラパラっと捲って見せると、蘭さんは「わかる!」と頷く。
 和やかな空気だったけど、横から雑誌を覗きこんでいた江戸川くんが「船が好きなの?」と声を上げたので一瞬動きが止まった。たしかに新幹線を待っている間、観光雑誌を読みながら船のことを考えていたからだ。
 まさか、ジンたちといるところを見られた? もしそうなら、気をつけないと保護者と別の車両に乗っているのを不審がられるかもしれない。

「あらコナンくん、どうして愛子ちゃんが船が好きだと思ったの?」
「簡単だよ」

 江戸川くんは私の膝の上の雑誌を勝手に捲った。開いたのは名古屋港にある南極観測船のページ。

「ほら、このページに折り目ついてるでしょ。愛子ちゃんの歳でわざわざ折り目をつけるなんて、好きなのかな〜って思ったんだ」

 江戸川くんは簡単そうに「たまたま見えたんだよ」と言うけれど、雑誌をパラパラ開いている瞬間に折り目を見つけて、それが何のページか把握するなんて至難の技だよ。江戸川くんの動体視力が怖い。
 蘭さんが「でも愛子ちゃんが折ったとは限らないんじゃないの?」と尋ねれば、「僕もそう思ってたんだけど、愛子ちゃんが食べたお菓子の包みのゴミと同じ折り方だし」と言うので、目を見開いた。ビニール袋の中にあるお菓子のゴミを見ると、たしかに一度折ったあともう一度小さく折り返していて蛇腹のようになっている。無意識に折っていたので私も気づかなかった。
 笑顔がひきつる。
 私の話をすると色々と痛い腹を探られそうなので蘭さんに話を振る。江戸川くんはそのまま雑誌に集中していてほしい。

「お姉さんたちは京都のどこに行くの? 嵐山とか鞍馬山なんて雪が降ると綺麗でオススメだよ! って思ったけど、降ってないんだったね」
「あ、私たちお父さんが招待された結婚式についてきただけだから観光はしないの」
「ええー! もったいない!」
「京都駅周辺は回れるんだけど。……寒いのは嫌だけど、雪も見てみたかったなあ」
「雪くらい東京でも降るじゃねえか」

 おじさんが横からちゃちゃをいれてくる。蘭さんが「東京で見る雪と、京都で見る雪は違うの!」と言い返す。

「蘭お姉さん、東京に住んでるんだね。私も東京だよ」
「あら、じゃあまた会えるかもね!」

 無邪気に笑う蘭さんに私もつられて笑顔になる。
 そのすぐあとに、取り引き相手のお姉さんがアタッシュケースを片手に席に戻っていたのが見えたので、毛利一家とは別れて自分の車両に戻った。なので彼女たちと連絡先を交換なんてしていない。それでもどうしてかまた会える気がした。同じ東京に住んでいるからってそんなこと思わないのに。



 名古屋駅に着き、新幹線を一度降りたあとで私はやっとアタッシュケースを見張っていた理由を知った。

「爆弾だ」

 そう言うから、てっきり爆弾を売りつけるのが今日の仕事だと思ったのに、ジンが続けて説明した内容はもっと極悪非道なものだった。
 本来こちらが売るのは金貨の情報、つまり私が得たジェンマファミリーの情報だった。それなのに、ジンが渡したのはその情報ではなく爆弾。こちらが金を受け取って名古屋駅で降りたあと、女ごと新幹線を爆破させる予定だったのだ。
 楽しげに会話を交わす人たちや優しいお姉さんや少年。新幹線で見た近づく死を知らない人たちの顔が走馬灯のように頭の中をかけていく。
 カッと頭に血が上ったけど、今私がジンに文句を言っても意味はない。
「わかったらさっさと行くぞ」と急かす二人について行きながら、こっそりと能力を発動した。うまく行くかわからない。だけどやらないと。
 松田が死んでから、少しだけ爆弾のことを調べたことがある。爆弾に使われる電池や半導体はマイナス二百度程度で起電力を失ったり電流が流れなくなったりするらしい。中には対冷却システムが使われていて、一定の温度以下になったら爆発するものもあるけど、何もしなくても時間になれば爆発してしまうのだ。それなら私は一か八かに賭けてアタッシュケースの中身を凍らせる。
 大きく息を吸ってから、胸の前で祈るように両手を握りしめた。
 私の有幻覚がうまくいったのかは、東京に向かっていた私にはわからない。だけどジンの言った時間を過ぎても新幹線爆発のニュースは流れてこなかった。そのかわり、車両点検で遅れが出たという平和なニュースがネットの片隅で流れていた。

ヒトリヨガリ