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キッドの話題で盛り上がっている会場に、突如煙幕が撒かれ視界が遮られたのは、私がカードを消してすぐのことだった。足元の地面に無数の黒真珠が転がってきて、それがポンポン軽く爆発していったのだ。
あっという間に会場内は混沌とした空間に早変わりした。
甲高い悲鳴、警察官の怒声、子供の鳴き声。パニックになって逃げ惑う人や、爆破の原因である黒真珠をブローチからちぎり取って投げ捨てる人。まるでパニック映画のワンシーンだ。その場合、この船が沈没するパターンか、未知の巨大生物が船の外に出現したパターンか。なんて不謹慎この上ないことを考えながら私は竜太郎さんと壁際に避難した。
恐慌状態の人たちは警察の誘導を聞きやしない。黒真珠が爆ぜる偉力なんて爆発というレベルじゃないほど弱いことにも、怪盗キッドが人に危害を加えないということにも気が回らない。ただ、その恐怖から逃げようと、我先に扉へと駆けていく。
そんな大騒ぎのときに限って、スマートフォンが着信を告げた。小ぶりなポシェットの中から取り出して画面を見れば、そこには「ジン」の二文字が映っている。
思わず、うっと顔をしかめる。
こんな状況で、周りには警察が目を光らせているのに電話を取れるはずない。だからといって無視もできない。
一度スマートフォンをポシェットに戻して、竜太郎さんが周りのざわめきに気を取られている間にそばを離れた。そして、扉を封鎖する警察官の方に走っていく。
「ねえ、おじさん! 外に出だして、気持ち悪いの!」
警察のおじさんたちは、困ったように顔を見合わせた。
「でもなあ」
「今は封鎖中だし」
すでに怪盗キッドが本物の黒真珠を奪ったと、遠くで警察が叫んでいる。一人として外には出せないのだろう。
だけど私だって出してもらえないと困るのだ。
「うーん、はきそう」と弱々しく胸元を押さえる。顔色は良好だけど、俯いて苦しげな表情を作ればそれっぽく見えるだろう。
そうしていると、一人の警察官が仕方ないとばかりに息を吐いて他の警察官を見た。
「さすがのキッドだって、こんなに小さな子供に変装できないだろ」
「……それもそうですね」
「一応顔を引っ張ってから行かせれば大丈夫ですかね」
話がまとまったようで、一番若い警察官がそっと私の頬を引っ張った。本当に形式上という程度でまったく痛くない。
「じゃあ、誰か女性警察官を――」
付き添いを呼んでこようとした警察官を押しのけて、「空気を吸うだけだから!」と叫んで少し開いた扉から外に飛び出した。
甲板に出ると、ちょうど虹色に光るレインボーブリッジの下をくぐったところだった。中ではそんな様子も楽しめないほど混迷を極めているのだと思うと、特等席で夜景を楽しんでいるのが楽しくなった。手すりに寄りかかりって、去っていくレインボーブリッジを見送りながらやっと私は健気にふるえ続ける電話を取った。
「はい、もしもし? ちょっと今忙しいんだけど、あとじゃダメ?」
「緊急事態だ」
電話口から聞こえたジンの声は硬く怒りをはらんでいて、とても無理やり電話を切れるような雰囲気ではなかった。
「シェリーが逃げた」
ザアザアと波の音が間近で聞こえる。
魚が跳ねたのかジャボンと水の揺れる音が遠くからした。それを合図に少しずつジンの言葉を脳が処理を始める。
「……シェリーって、明美さんの妹の? ……逃げたって決まったの? ちょっと出かけて帰ってきてないだけどか、トラブルがあって帰れないとかそういうのじゃないの?」
「それはありえねえ」
言い切る理由は教えてくれなかった。だけどジンが忌々しそうにそう言うのだから気のせいではないのだろう。
見えない真っ黒な水面に視線を落とす。
「今すぐシェリーを追う。お前も来い」
「え、それは無理だよ。今、船に乗ってるし」
急に言われても困る。
港は近い。でも事件に巻き込まれているしすぐに解放されるかはわからない。これは私が頑張ってどうこうできる問題じゃない。
強く言い張ると、警察が絡むこともあってジンは諦めてくれた。盛大な舌打ちはもらったけど。
その代わり、明日ジンの元に行くことを言いつけられてプツリと電話は切れた。
私の重く憂鬱な溜め息は、東京湾の強い波風にかき消えた。