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パーティから一ヶ月ほど経ち、春の訪れを感じ始めたある日、一年ぶりにベルモットからメールが届いた。
生きていたことを知らせるようなことは一言もなく、ただ都内の小さなイタリアンレストランの名前と住所、それと日時だけが書かれていた。
その店は奥まった場所にあった。隠れ家のようで開店しているのかわからないくらい閉ざされた雰囲気を醸し出していた。窓は磨りガラスで中の様子はわからない。客を歓迎するような灯りはついていない。
そっと、木のドアを開けると、中から小さくピアノの音が聞こえてきた。
人はいるらしい。
安心してドアを開けきると、コックコートを着た若い男性が迎えに来て、「すでにお待ちですよ」と私を中に導いた。
狭い店内に客は一人しかいなかった。
「ハァイ、アマレット」
「ベルモッ……、クリス・ヴィンヤード?」
暗い照明に照らされた彼女の姿は、ベルモットのようで別人にも見えた。その顔は、パーティのときに見たクリスとそっくりで、私はどういうことだと眉をひそめた。
どうしてクリスが?
ベルモットは娘に会わせたかったの?
立ちすくんでいると、彼女は大きく目を見開いて「まさかまだ知らなかったの?」と驚いた。
「……もしかしてベルモット?」
「ええ。誰かに聞かなかったの?」
「そんなこと聞けるわけないじゃん」
おかしそうに笑うので、居心地が悪くなってそそくさとベルモットの前の椅子に座った。
すかさず、さっきのコックが私たちの席にきて、私とベルモットの前にシャンパングラスとパスタ皿を置いて無言で立ち去っていった。この店はオープンキッチンだけど、彼はそこに入ることなく奥の部屋に入ってしまった。つまり、この空間で完全にベルモットと二人きりだ。
ベルモットはグラスを持ち上げて「『アマレット』に」と口にするので、私も真似して少し持ち上げて乾杯した。
口に含むと、爽やかなマスカットの風味がした。アルコールを感じないことに少しだけ安心した。
「もうバーボンの家は出たの?」
「ううん。私ももう独立かなって思ったんだけど、まだそんな年齢じゃないって言われて一緒に住んでるよ。ただ、数日家を開けるようにはなったかな」
「ふうん。相変わらず家族ごっこを続けているのね」
ベルモットは興味なさそうにそう言って、カチャリとフォークを手に取ってパスタを巻いた。
私はじっとベルモットを見つめた。
たしかに貶すような言葉だった。だけど、前ならそこに蔑むような冷笑も共に浮かべていたはずだ。何か心境の変化があったのだろうか。
「あなたをしばらく借りても問題なさそうでよかったわ」
「え?」
フォークに伸ばした手が止まった。
「手伝いをしてほしいの」
ベルモットは、紙の束を私に渡してきた。
受け取ると、一枚目は男のプロフィールが書かれていた。一緒にクリップで止められている写真には、少し癖のある茶髪の、柔和な男性が写っている。
「……もしかして、シェリーの件?」
「ええ、まあそんなところよ。その男に変装しようかと思って」
「私は何をすればいいの?」
「その病院に通院するだけでいいわ。あとはこっちでやるから」
男のプロフィールをよく読めば、職業は医者で、勤務先は新出医院と書かれている。ちなみに男の名前は新出智明。
開業医か。それなら近隣住民との関係も根強そうだし、急にベルモットに変わるのも大変そうだ。
ベルモットが協力を要請してくる理由に納得して、私もパスタに手をつけた。
少し冷めてしまったけど、トマトソースが濃厚で美味しい。
「それくらいなら別にいいけど、通院って言っても私健康体だよ?」
「あら、健康なんて簡単に害することができるわよ。……たとえば、毎日少量の毒を摂取する、とか」
「えっ」
ベルモットは弓なりに目を細めて私の皿を見た。
思わず私も下を向く。
さっきまで鮮やかだった赤色が、今は毒々しく見える。
「ま、まさか」
「ふふ、冗談よ」
おかしそうに笑うベルモットに、フォークを投げつけたくなった。もう少し明かすのが遅かったら、吐いているところだったんだから。
「悪趣味な冗談はやめて」と顔をしかめて、子供のように思いっきり口にパスタをねじ込んだ。ベルモットと一緒だからと上品に食べようとしていたけど、もうそんな遠慮はしてやらない。
口いっぱいのパスタを咀嚼しながら、新出智明の情報を読み進める。
どうして、開業医を選んだんだろう。シェリーの行方を捜すならもっと広範囲を探れる大病院の医者の方がいい気がするし、だいたい医者なんて人間関係が面倒なはず。
それに場所も気になる。
追悼式にはシェリーが来ていたらしい。そのことをあとで知った私は目と鼻の先にいたのに会えなかったことを残念に思った。追っていたのに取り逃がしたジンも忌々しそうにしていたけど、私に式場付近を捜索させることはしなかった。もうそこから離れていると判断したからだ。
件の病院は杯戸シティホテルから離れていない。それなのに新出医院を選ぶなんて。もしかして、実はベルモットはこの医者の近くにシェリーが逃げたという情報を掴んでいる?