141
一階に喫茶店が入っているビルの二階。磨りガラスのはめられた扉の横にあるインターホンを鳴らすと、機械越しに女の子が「はーい」と答えた。蘭さんだろう。
「コナンくんいますかー」
「ちょっと待ってね」
通信が切れ、中でコナンくんを呼ぶ声がするやいなや、ドタバタと物音が聞こえて扉が開いた。
「え? 愛子ちゃん?」
「こんにちは! 遊びに来ました!」
「どうしてここが」
「最近ニュースで小五郎さんを見て、なんとなく調べてみたら探偵事務所がヒットしたから来ちゃった」
「来ちゃったって……」
「どこか行くところだった?」
コナンくんは、上は黒地にプリントのついたスウェットを着て、下はジーンズを穿いている。家で過ごす服にも見えるけど、出かける服にも見える微妙なラインだった。
「この前会ったあいつらと公園でサッカーするんだ」
「ついていっていい?」
なんで? という顔をされた。
急に来てたいして親しくもない子たちと遊ぼうとするのってどう考えても不自然だろうし、言ってから、年下の仲良し組の中に乱入するのってなんだか嫌な上級生みたいだなって落ち込んだ。
でも、一人で行動して万が一それが透くんにバレたら「友達がいる」と嘘をついた子供だと思われかねない。それは絶対に嫌だ。あまりに恥ずかしすぎる。
「……ちょっとアリバイ工作のために」
コナンくんは「はあ?」と怪訝な顔をしたあと、「まあいいけど」と許可してくれた。
コナンくんは、素直で可愛い男の子に見えて、たまに素が出る。別に生意気でもいいと思うけど、そこは居候という立場で自分を押し殺しているのかもしれないから、まだそこまで仲良くない私は気づいていないフリをする。
コナンくんが行く公園はすぐ近くにあるらしい。そのそばに親戚のお爺さんが住んでいることを聞いたり、私の持っている紙袋が手土産のクッキーだとコナンくんが言い当てたりしていると、背中を丸めて歩くお兄さんとすれ違った。
金髪のベリーショート。強面のわりに縮こまっていて、何かあるのだろうとは思った。だけどそれだけ。私は無視して通りすぎようとした。でも隣のコナンくんがぱたりと足を止め、そして踵を返す。
「ねえ、お兄さん。どうしてそんなに鞄を気にしてるの?」
「え、ちょっとコナンくん?」
「何か大切なものでも入ってるの? あ、もしかして仮面ヤイバーの限定プラモデルとか! 見たいなあ〜!」
私は急なキャラチェンジにびっくりして目を大きく開いたけど、お兄さんはそれ以上だった。そして腹に抱えていたボストンバッグを抱き締めた。
そのとき、一瞬胸元を押さえたのを私は見逃さなかった。
「いや、鞄じゃなくて、ジャケットの胸ポケットじゃない?」
あ、つい言ってしまった。
燃えるコナンくんに油を注いだせいで、コナンくんは全力でお兄さんに飛びかかってジャケットを強奪した。
私はその勢いに驚いて突っ立ったまま。
もしこれで、胸ポケットに入っているのがなんでもない、たとえば職場の鍵で、誤って持って帰ってきてしまったのを失くさないように怯えていただけだったらどうするんだろう。若いってすごい。
そんな妙な感心と心配は必要なかった。
ジャケットからは手拭いに包まれた銃が現れたからだ。
「モ、モデルガンだよ! 返せ!」
喚く男を完全に無視して銃を観察するコナンくんのそばに寄って手元を覗き込んでみると、たしかに本物にしては安っぽい気がする。だけど、モデルガンのようなプラスチック製ではない。
「いや、改造拳銃だよ」
言いきったコナンくんを凝視した。
いくら小五郎さんのところに居候してるからってそんなことがわかるのか? と思ったけど、拳銃事件が最近多発しているし、見る機会が多くても不思議じゃないのかも。
よく見ようとしたら「あ、危ないよ!」と注意されたけど、それはこっちの台詞だ。
すぐに隠されたけど、グリップにベレッタのマークがついているのは確認できた。
「何があったの?」
お兄さんは「子供なんかに教えられることはない」と、ありきたりな返事をしたけど、可愛い子ぶったコナンくんの話術にハマってするすると聞かれたことを答えていった。
お兄さんの名前は芝崎。銃は彼のものではなく、今、不良の若者の間で流行っているチキンレースで使われるものらしい。
チキンレース自体は昔からあるし、SNSと結びついたものだってたくさんある。ただ、それらと違って芝崎のチキンレースは、本人の意志に関係なく、そしてグループの垣根を越えて誰かから指名されるそうだ。
チキンレースの方法は、改造拳銃を使ったロシアンルーレット。リボルバーではなくオートマチックのベレッタでどうやってロシアンルーレットをするかと言えば、改造拳銃は本物と違って脆い。数発で暴発することだってある。それをわかった上で何発打てるかで男気を測るという。私には理解できないゲームだ。
もちろん発案者は不明。順番が来たら、いつに間にか銃の場所が記された紙が届く。芝崎の場合は公園の男子トイレの中。ちょうどそこから取ってきて、銃を撃つ場所に移動するところだったらしい。
「お、俺だってこんなことしたくねえけど、俺の番だってことはもうみんなSNSで知ってるんだ。他のやつらのときもそうだ。気づけば番のやつの名前が拡散されてた」
「そんなの無視したらいいじゃん」
「逃げたやつは、ボコボコにされるんだよ。ゲーム始めたやつにされてんのか、ビビり野郎だって他のチームのやつにおもちゃにされてんのかは知らねえけど」
「それなら警察に……」
「ダメだ。警察はダメなんだ」
まあ、お兄さんは脛に傷がありまくりそうだしね。
外見で判断してはいけないと言うけど、芝崎は明らかにやんちゃをしていそうな風貌だった。
「じゃあ、おじさんのところに行こうよ」
「おじさん?」
「僕のおじさん、毛利小五郎なんだ!」
「毛利小五郎ってテレビに出てる探偵の? そんなやつ、警察とグルだろ! 元警官だって有名だぞ!」
「あ、じゃあ私のお兄ちゃんは? 探偵だけど無名だし、警察の友達も見たことないよ」
なんなんだこいつら、という目で見られた。そして少し考えてからわずかに頷いた。
「……それなら」
「そうと決まれば早く行こう!」
「あ、おい!」
「コナンくんは今からサッカーだよね、ばいばい!」
コナンくんの獲物を奪った謝罪として、クッキーの入った紙袋を押しつけて、私は空いた手で逃げないようにお兄さんの腕を掴んだ。