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米花駅のそばに、使われていない小さなビルがあった。その一室の、昔はオフィスとして使用されていたであろう形跡の残る部屋に透くんを呼んだ。
西に面した窓から日光が一筋射し、空中を踊る埃がキラキラと輝く。空気も淀んでいるけど窓やドアを開けることはできないから違和感を覚える喉を何度も鳴らしてやり過ごし、透くんと芝崎の会話を見守っていた。
話はコナンくんと一緒に聞いたこととほとんど同じ。芝崎は逃げたやつは報復されると言ったあと、「ただ、しばらくすれば俺は東京を離れるんだ」と言った。その上で、透くんにどういう依頼をすればいいか判断を委ねた。
「東京を離れて、知り合いとは縁を切れるんですか?」
「ああ。みんな連絡を切るつもりだ。新しく人生をやり直すから」
それってそんなに簡単なことなの? と疑問を抱いたけど、透くんはそこには触れずにしばらく熟考して、それから「それじゃあ、芝崎さんが東京を離れるまで、僕が護衛しましょう」と言った。
芝崎はひと月もすれば東京を離れると言うからそれが一番いいだろう。けど、私としてはできれば、犯人を見つけてほしかった。
今、古びたデスクの上にある銃はベレッタ製を模した改造拳銃。それは最近多い銃事件に使用されているもので、並盛でも使われていて雲雀くんが不審がっていた。たまたまかもしれない。あまり日本のヤクザがベレッタ製を使わないと言っても、メーカーとしては有名だし「なんとなくかっこいい」という理由で選んだだけかもしれない。
せっかくだから雲雀くんに見せたいと思ってコナンくんから芝崎を奪ったのだけど、私が銃に触れる暇なくそれは透くんの手に渡ってしまった。
肩を落とす私をそのままに、二人の会話は続く。
「護衛は頼みたいけど、大丈夫なのかよ。犯人にバレたりしたら……」
「もう遅いと思いますよ。こんな銃を渡しているなら普通は目を離しませんから。おそら
く子供に銃の存在が知られたことも、それから芝崎さんが僕と接触したことも犯人はどこかで見ている可能性が高いです。となればバラバラに動くより僕があなたを守る方が効率がいいんです」
「そんな……」
私は落とした肩をぎゅっと縮ませておずおずと透くんを見上げた。
「え、巻き込んでごめんね」
「いえ、お友達と二人でどうにかしようとしなくてよかったです」
それから透くんは、愛子に変な探求心がなくて、と笑った。
そこが子供っぽくないところで常々透くんに心配させているけど、今回はそれがいい方向に作用したらしい。
なんて和気あいあいと透くんと話している間も、芝崎は顔色を悪くさせていっている。どっぷり闇に浸かった私と透くんは、この改造拳銃事件に対してとても楽観的だ。組織の仕事には、もっとおそろしいものが山ほどある。
いくら見た目が不良っぽいといっても芝崎はただグループで集まって騒いでるチンピラに過ぎないから、報復を恐れてガタガタ震えている。こんなバカげたゲームに巻き込まれた芝崎を私たちは同情的だったけど、極度のストレスのためか大きく舌打ちをして、苛立たしげに「こんなことならガキくらい振り払っておけばよかった」と呟いたので、透くんがきゅっと眉をひそめた。
「撃たなくてよかったですね」
拳銃をぐるりと見回して、透くんは冷たく笑った。
顔を上げた芝崎に、透くんは銃のスライドを指した。目をこらして見ると、そこには細いヒビが一本入っている。それは、一発でも撃っていたら暴発していた可能性を示していた。
芝崎は可哀想なくらい顔面が真っ青になった。
「銃を取りに行かなければ、もしかしたら見逃してくれたかもしれませんよ。どうして参加しようとしたんですか?」
「……成功しても、失敗しても、……金がもらえるんだよ」
「成功というのは、つまり全発撃っても暴発しなかったということですか?」
「ああ。それに、一回でも撃ちさえすれば多少お金はもらえる」
つまり、芝崎は金のためにチキンレースに参加しようとしたんだ。
思わず口を開いた。
「失敗してお金をもらっても死んだら意味が……」
「わかってる、わかってるけど、金がほしかったんだよ! 他の死んだ奴らもそうだ。どうしても、自分が死んだとしても金が必要でチャレンジしたんだ。ちゃんと支払われたことを俺らは知ってるから、順番が来たら覚悟を決めるんだ」
命をお金に換えられるの? 私はそれが信じられなかったけど、追い詰められた芝崎の顔を見たらそんな惨いこと聞けなかった。
人によって価値観は違うから、使命のために命を散らす人もいれば、芝崎のように金のために命を賭ける人だっているだろう。
その後、依頼料の取り決めなどを簡単に終わらせて、私たちは薄汚れたビルから出た。
先に芝崎が歩き、その後ろを私と透くんがつける。
何かあったときのためにと持ち歩いているサングラスをかけて、私は遠くを警戒するけど、今のところ私たちを狙う人影はない。
芝崎は電車に乗り、二駅北上して電車を降りた。そこが芝崎の住む町のようだ。
そして私と透くんは芝崎がどうしてお金が必要だったのか、近いうちに東京を離れて人生をやり直すのかを知った。
「おい、出歩くなって言っただろ!」
「だって病院でも軽い運動しろって言われたんだし、いーじゃん」
駅で芝崎を待っていたのは、彼より随分と年下の女性だった。彼女のお腹はふっくらとしていて、漏れ聞こえた会話から妊婦さんだということがわかった。
「お母さんかあ……」
二人の指に光るものはないけど、芝崎が引っ越して人生をやり直すと言ったのは、もしかするとそっちで結婚するからかな。名字を彼女の方にすれば多少は誤魔化せるかもしれないし。
迂闊なチンピラというイメージがちょっとだけよくなった。
芝崎はお金のためではなく、新しい命のために自分の命を賭けようとしたんだ。