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 犯人の手がかりという手がかりはなく、捜査資料にあった犯人が数年前に住んでいた家にも足を運んでみたけど今は他の人が住んでいて中まで入ることはできなかった。そうなると、いよいよ犯人が動いてから、被害者が出る前に私が捕まえるという方法しかない。
 早くその日になってほしいのに、犯人が動く日なんて来なければいいのにとも思う。真逆の気持ちが私の中でぶつかり合い、気持ちの置き場のない浮ついたような心地のまま数日過ごした。
 松田の事件以外にも、もちろんやることはそれなりにあった。FBIが秘密裏に日本に来たらしく、そのことで既存の作戦に変更があったり迎え撃つ準備が進んだりしているし、改造拳銃による犯行も相変わらず多く、ちらほらとボンゴレらしき人物を見かけることがあった。
 その度に私は責められているように感じた。
 組織の仕事はきちんとこなしている。だけど、松田のことにうつつを抜かしているのも事実。
 決意が揺らぎ始めた私は、助けを求めるために雲雀くんに電話をかけた。



 おそらく書類に目を通しながら、私の要領を得ない話をひとしきり聞き終えた雲雀くんは、そのことに一切触れることなく、「今、並盛にスクアーロが来ているよ」と言った。

「……スクアーロ?」
「並盛の銃の件と向こうが追っている件が同じらしい」
「らしいって、雲雀くんは協力しないの?」
「どうして僕が?」

 雲の守護者らしい自由っぷり。絶対にスクアーロは雲雀くんに協力要請しに来ただろうに。
 雲雀くんは興味を失ったのか、電話口から聞こえるのは事務作業を行う音だけ。
 これは私の話を聞きたくないということではなく、私への返事が「スクアーロ」という答えなのだろう。
 私は座っていたソファーから立ち上がってペタペタ歩き、ベッドの上にあったクオレの黒に飛びついた。

「スクアーロはどこにいるの?」



 何年も来ていなかった店の前に立ち、私は「竹」と書かれた暖簾をくぐった。
 営業前だけど扉はすんなりと開き、独特の酢と魚、それから木の香りが鼻腔をくすぐった。

「あれ、愛子さん?」
「やっぱり山本くんもいたんだ。久しぶり」

 雲雀くんから教えてもらった場所は竹寿司だった。そこにいるということは、十中八九山本くんもいると思っていた。
 開店前の寿司屋に客はカウンターに座るスクアーロただ一人。山本くんは板場に立って寿司を握っている。

「何しに来たんだあ?」
「……顔見せに来ただけですよ。そんな凄まなくても」

 スクアーロはふんと鼻を鳴らして鮪のにぎりを一口で食べた。たぶん、脂の乗った感じからして大トロだ。それをありがたみもなく平然と咀嚼している。
 すすっと移動してスクアーロの横の椅子に腰かけた。

「愛子さんも食べますか?」
「うん。……支払いはスクアーロで」
「うお゛ぃ!」
「冗談ですよ。さすがに他部隊のスクアーロに払わせるのは気が利けるから。綱吉ならお願いしたけどね」
「それもそれでなあ……」

 スクアーロとそんな冗談を言っている間に山本くんは手際よく握ってくれた。口に入れれば、体温で鮪がとろっと溶けた。
 口いっぱいに広がる旨味に身悶え、他にも出された帆立や海老をぱくぱく食べた。二人が話すヴァリアーやボンゴレの無茶話を聞いて笑い、私は私で「最近十年バズーカの誤射ってないよね?」と一応コナンくんのことを確認した。



 おなかもふくれたころ、山本くんは「気分は晴れましたか?」と穏やかに微笑んだ。

「……へ?」
「なんか落ち込んでる、っていうか塞ぎこんでる? そんな気がしたんですけど」

 照れたようにニッと笑う山本くん。私はゆっくりと瞬きをして、逃げるようにスクアーロを見た。

「スクアーロ、これが『雨』ですよ。私は今疲れが洗い流された。心が洗われるってこういうことを言うんだね」
「うるせえぞぉ!」
「まあまあスクアーロ。愛子さんも本気で言っているわけじゃないんだから。……それで愛子さん、何があったんですか?」

 聞いてくれる山本くんの優しさは骨身に染みるけど、私は言ってもいいものか迷って言葉が出なかった。私の胸には、スクアーロに咎められた言葉が刻み込まれている。
 でも、雲雀くんは私にスクアーロと会わそうとしたのだ。
 スクアーロの表情を気にしながらぽつりぽつりと死んだ友達の仇をとろうとしていることを伝えた。それから最後に言い訳をつけ足す。

「もちろん私はボンゴレだし、組織の仕事をするんだけど、やっぱり気持ちをすっきり切り替えることができなくてね」
「んー、そんな難しく考えなくてもよくないですか? 愛子さんがしたいなら友達の方に行けばいいと思うんですけど」
「でも」と言ってからスクアーロを見た。
「相変わらず甘え考えだなぁ! 反吐が出そうだ。その仇をとってどれだけ得られるものがあるんだぁ? ヴァリアーだったら潜入任務に就かさねえだろうなぁ!!」

 変わらない考えに、やっぱり私の考えが間違っているのかな、と肩を落として諦めかけたそのとき、少し間を置いてスクアーロはそっぽを向いて「俺は俺の立場で言ってるだけだぁ!」と吐き捨てた。
 どういうことかと首を傾げると、山本くんが明るい声をあげて笑った。

「愛子さんはヴァリアーじゃないから好きにしろってさ」
「……俺のボスはザンザスだけだぁ」
「愛子さんのボスはツナだから、ツナの考えに乗れって。ツナなら友達を大事にしろって言うだろうな!」

 スクアーロの言葉を翻訳した山本くんは「よかったなあ」と私の頭をぐりぐりと撫でた。
 悩んでいたのはなんだったのだろうと呆気に取られたあと、思い至った考えに呆然とする。

「じゃあ私が明美さんを諦めた意味はなかったの……?」
「さあな。成功する確率は数パーセントもなかったが、ゼロではないからやってみたら偶然うまくいくときはある」

 お茶を啜りながら、こちらを見ることなく言ったスクアーロの言葉はじんわりと胸に沁みる。慰めではなくただ客観的事実を述べているだけだからこそ、私が立ち回ったところで失敗していたのだろうということを素直に受け入れられた。そしてハイリスクローリターンだからあのときスクアーロは私を止めて、今回止めないということは勝機があるとすごく遠回しに励ましてくれたのだろう。
 スクアーロが投じた一石で、心に波紋が生まれた。その揺れはいやなものではなく、ちょうどいいリズムとなって私を動かす原動力になった。
 「じゃあ頑張って犯人捕まえるね!」と勢い勇む私と「ボンゴレの名を汚すなよぉ!」と声援を送るスクアーロでわいわい騒いでいると、片づけをしていた山本くんがふと手を止めて呟いた。

「でも、愛子さんが本当にしたいのはそれなんですか?」

ヒトリヨガリ