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ずずず、と味噌汁をすする音が響くダイニングで、私と透くんは優雅に朝ごはんを食べていた。私の心情とは正反対にとても穏やかな、いい朝だ。
「今日のご予定は?」
問われて私は下げていた顔を上げた。そしてごくりとわかめを飲み込む。
何って、カレンダーに書いているでしょ?
そう思いながらも七日の枠に書かれている文字を読み上げる。
「ジンに頼まれてる仕事に行くよ」
断る口実が見つからず、本当に渋々受け入れた仕事はよりにもよって、今日行くことになっていた。
山本くんだってスクアーロだって組織より友達を優先することをよしとしてくれたけど一度勢いが削がれると、急に本当にそれでいいのか疑問が生まれてしまった。
松田はあのとき私のボンゴレとしての使命まで考えてくれたのに、それを私が放り投げて仇を打っていいのだろうか。そう考えてしまい、今日まで警視庁に犯行予告が届かなかったことを言い訳にして私は電話番を全うしようと諦めた。
透くんは黙ったまま。てっきり仕事内容を聞きたいのかと思って「ただの見張りだよ」と付け加えると、きゅっと眉をひそめた。
「十一月七日。今日は愛子のお友達の命日ですよね?」
「そうだけど……」
「今年は墓参りに行かないんですか? 僕はてっきり三周忌だからそっちに行くと思っていました」
「そりゃあ行きたかったけどね。しかたないよ」
私はもう話は終わりだと思って、だし巻き玉子を箸で割って摘まんだ。だけど透くんの箸は動かない。表情も難しい顔をしたまま。
「やっぱり少し変わりましたね。たしかにジンの指示なら、三年前に僕を振り切って彼を助けようとしたときとは状況が違うでしょうけど、何も手を打たないということはなかったはず……」
「待って待って、別にあのとき振り切ってないよ! 透くんとはぐれたあと、たまたま観覧車のそばに行っちゃって、そこに松田がいただけだって言ったよね?」
「その件に関しては調べがついています。そして今はそのことについて話し合っている暇はありません」
ぴしゃりと言いきられて、私は固まってしまった。
何か言い訳を、誤魔化す言葉を、と思うのに口はぱくぱく動くだけで言葉にならない。
いや、でも透くんは穏健派だし、警察官を助けようとしたことだって知っているわけだから、私が最初から松田をサポートしようとショッピングモールに行ったことくらい問題じゃないのか? 組織を裏切ったわけでもないし。
ちょっと気持ちが落ち着くと、それを見計らったように透くんは口を開いた。
「愛子がやりたいことは何ですか?」
その問いは山本くんからも聞かれたことで、あのとき私は答えられずに押し黙ってしまったのだった。
透くんのそれは、まるで自分の内面と向き合えと言うようで逃げ場がない。きゅっと足先に力がこもって丸まる。やりたいことなんて、松田の犯人を捕まえること以外ないのに今回もまた、喉の奥で言葉が引っかかって出てこない。
どうしろと言うんだ。スクアーロは犯人を捕まえることを応援してくれたけど、山本くんからはそれが本当に私のしたいことなのか聞かれた。ジンに私がする必要性を感じない仕事を割り振られ、犯人を捕まえることを諦めれば透くんが私のやりたいことを聞いてくる。
犯人を捕まえたいと思っているのに、どうしてこんなに迷うのだろう。他にしたいことって何? 自分のことなのにわからない。
ずきずき頭が痛む。
私が押し黙っていると、透くんは助け船を出すように「友達の墓参りに行かないんですか?」と再び聞いてきた。
「……でも行ったら松田の同僚の人と会うかもしれないし。警察と仲良くするのはよくないでしょ?」
「どうしてですか?」
まさかの返しに面食らってしまった。「こんな仕事をしているし……」と言いながら、私の考えが間違っているのかと混乱してきた。だけど普通に考えて犯罪者と警察が親しくするのはおかしいだろう。ハートフルコメディじゃあるまいし。
「たしかに僕たちの正体を知られたら捕まりますね。でも気づかれても捕まらなければいいんですよ。そもそも僕たちはすでにFBIに顔が割れていますし。……彼のことが好きならそれでいいじゃないですか。組織のために我慢しなくても。……もちろん、組織を裏切るのはいけませんが、そこの線引きさえできていれば、僕は咎めません」
するすると、その言葉が私の心を締めつけていた糸をほどく。
松田が死んだとき悲しみに戸惑った。松田を殺した犯人が何かするかもしれないとわかっても足踏みした。
すべて、松田が警察だからとかけていたブレーキだ。それが壊れた。
「今日の仕事って宮野明美の家に行くだけですよね?」
「……どうして知ってるの?」
「まあ、ちょっとした伝手で」
ぱっと浮かべた笑顔はとても胡散臭い。
「いいですか。今日愛子は僕の仕事の手伝いをします」
「え?」
「僕は今、西多摩市の市議の調査をしています。それも組織の仕事で重要度はこちらの方が高いです。ジンには僕の方から説明します。何も文句は言いませんよ」
いいですね? と念を押されて、よくわからないまま頷いた。
でも透くんを手伝うのなら結局身動きが取れないんじゃないの、と首を傾げていると、透くんは芝居がかった大仰な動きで腕を組んだ。
「でも僕の実力があれば別に愛子の手を借りる必要はないんですよねえ。……ああ、そうだ。愛子は、警察が僕の邪魔をしないように警視庁を見張っていてください」
千里眼がある私に、わざわざ離れて警視庁を見張る必要なんてないのに。透くんと一緒にいて、近づく警察に注意すればいいだけなのに。わかっていてそんな指示をしてくることがおかしくて、くすぐったくて、つい笑ってしまった。
降って湧いたチャンスに、山本君から聞かれたことは頭の片隅に追いやった。
「うん。わかった。ありがとう」
「おや、僕は手伝いをお願いしたんですよ。愛子にお礼を言われることはしていませんよ」
二人きりの部屋で演技を続ける透くんは、ごはんを食べたあとも最後まで組織の仕事という体裁を崩すことなく、私が家を出るのを見送ったのだった。