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七年前の二棟のマンション、三年前のショッピングモールと病院。それぞれ調べているけど、不審なものは特に見当たらない。それはそうだ。前と同じところになんて仕掛けるような単純な犯人なら、とっくに捕まっている。
日も暮れかけた十四時過ぎ。速報が入らないことに安堵しながら、私は松田が命をかけて救った米花中央病院をあとにした。
結局今年は空振りか。せっかく透くんが芝居を打ってくれたのに、と思うけど、何もないならそれに越したことはない。
バス停に向かう道中、米花郵便局の前を通りかかった。先週、爆弾を使った強盗に襲われたところだ。
コナンくんが未然に防いだと聞いたけど詳しいことは知らない。彼のことだから、不審者を見つけて通報したなんて簡単な功績ではないのだろうな。
そうだ。どうせ米花市に来たのだから、コナンくんに会っておこうと思い立った。彼は事件の渦中にいることが多いから、もしかすると今日も何かに巻き込まれているかもしれない。
探偵事務所に向かうバス停を探しながらコナンくんに電話をかけた。
「……もしもし愛子ちゃん、どうしたの?」
電話の向こうはざわついていて、どうやらコナンくんは外にいるらしかった。
「今、米花に来てるからコナンくんに会いに行こうかなって思ってたんだけど、外出中?」
「あー、うん、そうなんだ」
歯切れの悪い返事に首を傾げていると、電話口が騒がしくなった。
「えー! 愛子ちゃんから電話? 歩美も喋りたーい!」
「おいコナン、なんて言ってるんだよ」
「あ、おい! 勝手に携帯を触るな」
「歩美ちゃん、スピーカーにしてくださいよ!」
そんな会話が聞こえたかと思うと、「もしもし愛子ちゃん! どうしたの?」と元気な歩美ちゃんの声が聞こえてきた。
コナンくんに言ったのと同じ説明をして、それから「歩美ちゃんたちは何してるの?」と尋ねると、今度は元太くんが勇ましく「じっきょーけんぶんだ!」と言った。それに続いて光彦くんが「この前あった米花郵便局の事件のものです」と説明を加える。
「米花郵便局って、私、今そこにいるよ?」
「ええ〜! 歩美たちは郵便局から少し離れたところのいるんだけど、愛子ちゃんもこっちにおいでよ」
場所を聞くと「郵便局を右手に二つめの道を左に」「右にあるコンビニを通りすぎて二つ目の道を右に」と、やけに細かくガイドしてくれて、十分もしないうちに彼らのいる場所にたどり着いた。
実況検分の担当刑事は佐藤さんだったようで、警察の仕事の邪魔になる心配は杞憂だったけど、かわりに「どうしてここに!」と保護者と一緒じゃないことを咎められた。
「お兄ちゃんは仕事だから、コナンくんに会いに来たの。別に危ないことはしてないでしょ?」
しれっとそう言えば、佐藤さんは少しだけ困ったような表情をした。私を早く帰らせたそうにしているけど、その前に少年探偵団が割って入ってきた。
「また愛子、『コナンくん』って言ってるぜ!」
「え?」
「そうですよ、愛子さん! 僕たちとは会いたくないんですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて、元太くんたちと知り合うより先に知り合ってるから、その分、気安い、のかな? あと、ほらコナンくんってみんなの代表って感じがするし」
代表という言い方が気にくわなかったようで、三人から大クレームを食らってしまった。
元太くんが「俺が少年探偵団の代表だ!」と言い張るけど、たぶん大人はみんなコナンくんが少年探偵団の中心だと思っている。
自分がどれだけすごいのかを私に説明している間に、気づけば話は少年探偵団の武勇伝になっていた。ころころ話題が変わっていくのに必死についていっていると、ふと元太くんが私の背中を指差した。
「なあ、そのリュック小さくねえか?」
私はちょっと首を捻って黒いリュックを見た。その振動で、上部についたウサギの耳がぴょこんと揺れる。
「そうですねえ。歩美ちゃんか灰原さんくらいの身長が合いそうな気がします」
「その歳のころにもらったからね。たしかにもう小さいけど、お気に入りだから手放せなくて」
だいぶ身長も伸びたし、そろそろデザイン的にも恥ずかしくなってきたけど、思い入れがたくさんある。他にも鞄は持っているし、荷物が多いときは別のものを使うこともあるけど、レギュラーは昔から変わらずこれだ。使えなくなるまで使うつもりだ。
そう思っていると、歩美ちゃんがぱっと表情を明るくさせて、「あー! わかった!」と叫んだ。
「お兄ちゃんからもらったんでしょ!」
「そ、そうだけど……」
「なるほど。大好きなお兄さんからもらったので、手放せないわけですね」
「だいすき……」
「え? 好きじゃないんですか?」
驚いたように私を見る光彦くんの目は汚れのない無垢なもの。きっと私と透くんが仲のいい普通の兄弟と思っているのだ。実際はお互いに利害が一致しているから一緒にいるだけに過ぎないのに。 そんな大人の薄汚れた打算的な関係を彼らに言うことができるはずもなく、むず痒い気持ちで「すきだよ」と口先で呟いた。
嘘じゃない。透くんは組織の人間にしては良心があって、それこそボンゴレに近い人間
性だから居心地がいい。でもそれを「好き」と表現するには気持ちが伴っていない。
私の「すき」に沸き上がる三人をなんとか宥めている間に、コナンくんと哀ちゃんは佐藤さんとやるべきことを進めていた。私もそっちに加わりたいけど、わいわいがやがや騒ぐ三人の相手に手こずり、ようやく落ち着いたころには佐藤さんたちは一仕事終えていた。
そこに別の場所で聞き込みをしていた高木刑事と白鳥警部が現れ、大人たちの間に解散ムードが漂った。刻々と街は夜に向かっていき、私の緊張もゆるんでいく。
犯人が動くのがこの日だけとは限らない。だけど、仲間の死に固執するのなら十一月七日に動く可能性が高い。だから今日を乗り切れば次は一年後。一年あれば私も体勢を整えられる。
私が大きく息を吸っている間、少年探偵団のみんなは高木刑事に関心が移っていた。彼らは佐藤さんと一緒に実況見分をしなかった理由を尋ねた。
「爆弾を仕掛けたって変な予告電話があってね……」
心臓がきゅっと縮まり体が硬直した。その直後に滾った血が身体中を駆け巡り、目の奥が熱くなる。
コナンくんがハッと息を飲み、警視庁に戻るために先に車に乗り込んでいた白鳥警部の方に顔を向けた。つられて私も白鳥警部の車を見る。
フロントガラス越し、ものすごい形相を浮かべた白鳥警部が車の扉に手をかけ今まさに
外に飛び出さんと体を動かした。
瞬間的に私は幻術を発動した。
――ドォンッ!
爆音を轟かせて車が爆発すると同時に、私は白鳥警部を力いっぱい、ぐんっと車の外に吐き出した。
もくもくと黒煙が空に上がっていく。
どうにか直撃は間逃れたけど、それでも白鳥警部は地面に伏して頭から血を流してぴくりとも動かない。服も破れてぼろぼろの状態。
佐藤さんの白鳥警部を呼ぶ声や、周りの悲鳴を聞きながら、私はばくばくと暴れる心臓を押さえた。
車に駆けつけたコナンくんたちが白鳥警部が生きていることを確認して、ようやく少しだけ息がしやすくなった。
それでも予断を許さない状況。なのに、白鳥警部は震える手で予告文を佐藤さんに手渡した。それがサンバイザーに貼られていたから、慌てて車から降りてきたらしい。
――予告文、じゃあやっぱりこれは松田の事件の続きなんだ。
そこに書かれているのは松田のときのように回りくどい暗号のような文で、わかるのは次の爆弾のタイムリミットが明日の正午で、最後が午後三時ということだけ。それがどこに仕掛けられているかはわからない。
「じゃあ、今から暗号解読ですね!」
「駄目よ。もう子供は帰る時間でしょ」
「ええ〜! まだ大丈夫だって」
ぐずる子供たちに、佐藤さんは一喝してから私のことも睨んだ。
「うん、大丈夫。ちゃんと帰るよ」
「本当?」
「ほんとほんと」
「……高木くん、みんなを送ってあげて」
まったく信用されていないみたいだ。
佐藤さんはこのあとこの件の捜査をするらしく、私たちは高木刑事に任された。
だけど、高木刑事の車は五人乗り。法律的には私たち全員が乗れるけど、あまりにもぎゅうぎゅう詰めになる。
「私、方向違うし一人で……」
「千葉くん、愛子ちゃんを送っていってね」
「……はーい」
小太りの男性刑事の方に押しつけられて渋々頷いた。押しつけられた千葉刑事はそんな私たちを見て苦笑いをしている。
「じゃあね、愛子ちゃん!」
歩美ちゃんはわざわざ私に駆け寄り、ぎゅっと私の手を握った。それから可愛くあざといウインクして高木刑事の車に乗りこんだ。
残された私の手の中には、小さく硬い何か。それを警察にばれないように手のひらに隠したまま、私も千葉刑事の車に乗った。