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 歩美ちゃんから渡されたものの出番がきたのは、車が走りだしてしばらくしてからだった。
 ピーッ、ピーッ! と、手の中のピンバッジが電子音を立てた。

「それって……」
「うん。探偵団バッジだよ。……もしもし、こちら愛子、どうぞ」
「こちら歩美です! 今ね、南杯戸駅の車内に爆弾が仕掛けられているってわかったところだよ!」

 歩美ちゃんが暗号を解説するのに耳を傾けながら、スマートフォンで地図を調べる。

「……愛子ちゃん、家に帰るんだよね?」
「うん。帰ってるでしょ?」

 運転しているのは千葉刑事なんだから、予告場所から離れてるのはわかっているはずなのに、千葉刑事は疑わしげに私をちらっと見た。
 大丈夫。私はそっちに行ってなんてわがままは言わない。分身は行くけどね。
 私は意識を集中させて南杯戸駅に分身を飛ばした。



 ――パァン!
 ――緊急停止している赤い車体の中、小包が破裂し紙吹雪が舞う。それを持っていた駅員は腰を抜かしてコンクリートに体を打ち付けた。
 警察をバカにしているとしか思えない偽爆弾は、その後も別の車体からも次々見つかった。



 私は千葉刑事に送り届けられたあと、私は意を決して家の扉を開いた。

「おかえりなさい」
「……ただいま」

 その間も、私の手からは歩美ちゃんたちの声がボソボソと聞こえてくる。今はコナンくんが暗号から予想される場所を片っ端から警察に伝えているところだ。
 それを透くんはじっと見ている。
 私は突っ立ったまま、ここまできて車の中で考えてたことを言うか言わないか迷った。
 爆弾のありかは私にはわからない。私には暗号を解読する力はない。
 じゃあ「透くん」に頼るのかというと、そうでもない。透くんはたしかに優秀な探偵だけど、ある意味では探偵でしかない。私が力を借りたいのは、法に捕らわれない裏社会の人間、バーボンだ。

「……その分だと友達の事件の進展はなかったみたいですね」
「なんで……、墓参りだって……」
「行ってないことくらいわかりますよ。GPSのこと忘れていませんか?」
「あ、忘れてた」

 そうだ。彼は知ろうとしたらすぐに私の動向がわかるんだった。見られて困るところに行かないからすっかり忘れていた。
 一気に肩の力が抜けて、今まで出てこなかったのが嘘のようにするりと言葉が出た。

「今すぐ、監視カメラをハッキングできる?」
「……何のために?」
「松田の事件の犯人を捕まえる証拠を集めたいの」

 私は透くんに今起こってる事件の説明をした。
 暗号のような予告状が届き、その文言から予想した電車内に複数の偽物の爆弾が隠されていたことを。

「爆弾は小包だけど両手で持たないといけないくらい。大きな紙袋でも二つくらいしか入らないはず、そんなサイズの偽爆弾をいくつも仕掛けるってなったら、何度も電車を乗り降りしているはずなの」
「つまり、僕は監視カメラのデータから、何度も出没する大荷物の人物を探せばいいんですね」
「うん。大変だと思うけど……。お願いできる?」
「まあ、普段わがままを言わない愛子からのお願いですからね。監視カメラを調べるくらい別にかまいませんよ」
「ありがとう!」

 偽爆弾が見つかった場所や車両のメモを渡すと、透くんは「すみませんが、夕飯は準備してあるので一人で食べてください」と言って自分の部屋にこもってしまった。
 できるだけ手伝うつもりだったけど、私は邪魔らしい。
 言われたとおりご飯を食べ、それから軽くシャワーを浴びた。だけど寝るつもりはない。
 探偵団バッジの向こうからは、疲労で眠そうな声が聞こえてくる。それはそうだ。もう日付が変わる時間。子供には酷だ。
 そんな状況で私だけふかふかのベッドで休憩するわけにもいかない。
 今は警察は電車だけでなく範囲を広げて捜索しているらしい。それなら人手はあるだけ嬉しいだろう。私もできる限り分身を増やしコナンくんが怪しいと言ったところを調べていった。



 それでも本物の爆弾は見つからないまま朝日が登った。

「愛子、こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」
「寝てないから大丈夫……」

 ダイニングテーブルに伏せていた体を起こして、ぐうっと伸びをした。体もバキバキ音が鳴るけど、ずっと幻術を使っていたから頭もコリ固まっている。

「監視カメラは?」
「まだ解析は終わっていません。ですが愛子が教えてくれた電車の映像は集め終わっているので、もう少ししたら特定できるはずです」
「ありがとう」

 探偵団バッジはしばらく前に電池切れになってしまったけど、向こうも進展がないのは把握している。
 次の爆弾が起動するのは正午。あと六時間ほどしかない。それなら犯人の顔がわかり次第追えるように手配をした方がいいだろう。
 私は部屋で着替えて、出かける準備をした。
 そしてダイニングに戻ると、透くんがハンドブレンダーでフルーツジュースを作っていた。濃い黄色の液体をコポコポとガラスのコップに移し、それを私に差し出した。

「梨と柿のジュースです。梨にはリンゴ酸やクエン酸が含まれているので、疲労回復にいいんですよ」
「ありがとう」

 こんな日までフルーツジュースを準備する透くんに気が抜けて、ふっと頬がゆるんだ。それでやっと、ずっと表情が強ばっていたことに気づく。
 透くんにそんな意図があったのかどうかわからないけど、非日常なときにいつものルーティンが差し込まれたことでずっと肩にのし掛かっていたいやな予感が霧散したような気がする。
 そうだ。透くんまで巻き込んだのだから大丈夫。私と透くんで組んだ仕事は今まで完璧なできだったのだから。
 ふと視線を落とすと、ちょうど手元に朝日が射していて、持っていたジュースはきらきら艶めいていた。それがまるで勝利の盃のように思えた。
 ゆっくりと口をつけると少しとろっとした舌触り。柿の甘味と梨の酸味が、疲れた身体に落ちていく。
 もうひと頑張りできそうだ。

「このあとどこか行くんですか?」
「うん。透くんが調べ終わったらすぐに犯人を捕まえられるようにしておこうと思って」
「そうですか。じゃあ早く解析を終えないといけませんね」
「うん。お願いします」

ヒトリヨガリ