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 今まで爆弾が仕掛けられていたのは、比較的狭い範囲だった。だから、今回も杯戸や米花のあたりに向かうと、警察も同じこと考えたのだろう。明らかにパトカーが多く走っていた。
 今日は日曜日だからお洒落をした若者や、仲睦まじい家族が町を歩いているのに、緊迫した様子の警察を見ては何か事件かと不安そうにしている。せっかくの休みなのに、バカな犯人のせいで雰囲気が悪くなるなんて。なんて可哀想なんだろう。
 見回りをしているときに届いたのは、透くんからの情報ではなく東都タワーで爆発が起きたという速報だった。



 ニュースを見てすぐに東都タワーに向かったけど、足のない私が現場に着いたのは十時半ごろだった。
 すでに東都タワーの周囲には規制線が張られ、その中には警察が、外には報道陣が埋め尽くしている。中から避難してきた客たちをキャスターがインタビューしているのを横目に、私は幻術を使って周囲から見えないようにして規制線の中に入った。
 人がごった返す中を歩いていると、警察車両の横に立つ佐藤さんを見つけた。
 少しだけ悩んだあと近づくと、車に乗っている少年探偵団との会話が聞こえてきて思わず声を上げる。

「えっ、コナンくんと高木刑事が中にいるの⁉」

 瞬間に幻術を解くと佐藤さんはぎょっと驚いた。

「愛子ちゃん⁉ どうしてここに」
「ちょっと野暮用で」
「野暮用って、そんな簡単に入れないでしょ」
「入れちゃった。それより、コナンくんたちが中にいるってどういうこと?」

 焦りを隠しつつそう尋ねれば、車の中の少年探偵団がずいっと頭を出して、「中に残っている人を助けに行った高木刑事を追いかけていったんです!」「それでエレベーターの中にしかけられている爆弾と一緒に閉じ込められたんだって」「二人が爆弾解体するんだってよ」と光彦くん、歩美ちゃん、元太くんが順番に教えてくれた。
 それじゃ、まるっきり三年前と同じ状況だ。
 ぐっと握り締めた手の中で、スマートフォンが振動した。
 見ればメールが一通。透くんが犯人とおぼしき人物を見つけたのだ。添付された画像には、メガネをかけたカッパ顔の中年男性が写っている。
 この男が、松田を。目の奥が熱くなる。
 昂る気持ちをどうにか外に出ないように押さえつけ、その写真を佐藤さんに突き付けた。

「佐藤さん、これたぶん犯人なの! お願い、この人捜して!」
「犯人って……、どうやって見つけたの?」
「お兄ちゃんが探偵だから、調べてもらったの。ねえ、あと一時間半で犯人を確保できたら二人が爆弾を触らなくても大丈夫でしょ?」
「……ひとまずその写真の男が本当に犯人かどうかの話は置いておくわ。それでも、東都タワーの爆弾は解体しなきゃダメよ。犯人を確保できたとしても、素直に犯人が解除するかなんてわからないから」

 それに、追跡して逆上した犯人が起爆装置を入れかねない。
 そう言われて私はぐうの音もでなかった。
 だけど、三年前と同じ状況なら嫌な予感がするのだ。警察に強い恨みのある犯人が、東都タワーを爆発させて終わるわけがない。
 佐藤さんはとても心苦しげに、だけど憮然とした態度で私たちにここも危ないから退避するように言ってきた。

「特に愛子ちゃん、あなたは早くここを離れなさい」
「どうして?」

 前から気になっていた。佐藤さんはどうしても私をこの事件に関わらせたくないようだった。私はてっきり犯人に目をつけられたのかと思ったけど、捜査資料を見ても、昨日と今日の様子を見てもそんなことはなさそうだった。狙われているのなら囮になるつもりもあってできるだけ人目のつくところにいたのに、だ。

「……あなたが、松田くんの二の舞になるような気がして」

 ああ、なんだそんなことだったのか。佐藤さんの心配は半分当たっている。松田が萩原さんの仇を取ろうとしたように、私も松田の仇を取ろうとしているから。だけど死ぬつもりはない。

「わかった。ここを離れるよ。だから安心して」

 私は爆弾に興味はない。私が正午までに犯人を捕まえて次の爆弾のありかを吐かせれば、わざわざ解体しなくてもいいのだ。すでに外に意識を向けている私に対して、子供たちはまだぐずっていた。

「……コナンくんがこんな状況なのに、歩美たちだけ避難するなんてできないよ」

 歩美ちゃんの涙を含んだ言葉を聞いて胸がぎゅっと苦しくなる。付き合いの少なかった私でさえ、あの日のタイムリミットが迫ってくる絶望を忘れられずにいるのだ。幼い歩美ちゃんに同じ思いをさせたくない。
 そのとき、山本くんと透くんに聞かれた「したいこと」がぱっと閃いた。それはとてもシンプルで、私にとって当たり前すぎるからすっかり忘れていたものだった。
 私は写真の犯人を見下ろし、それから一度東都タワーを見上げ、最後に歩美ちゃんの潤んだ瞳と目を合わせる。

「大丈夫、私が絶対に死なせないから」

 それだけ言って、駆け出した私の腕を掴もうとした佐藤さんの手をするりと避けた。向かう先は東都タワー。人混みに紛れたタイミングで私はまた幻術をかけて煙に巻いた。



 の中はすでに避難が完了していて、少数の機動隊が警備している以外に人はいなかった。
 彼らの話からコナンくんたちは中部にあるメインデッキと一階までの間で閉じ込められていることもわかり、私は外に飛び出した。エレベーターが止まっているのなら外階段からメインデッキまで上がるしかない。お洒落に飾り付けられた外階段入り口のパネルをくぐり、鉄骨に足をかけた。



 ぐるぐると折り返しながらうえを目指してかけ登っていると、だんだん目が回ってくる。外からは華やかで綺麗に見えたインターナショナルオレンジも、ずっと見ていると疲れてくる。階段は六百段。普通に登っても十分ちょっとで登りきれるらしいけど、それを全力疾走すると足が回らなくなってくる。手すりを補助に、何度か躓きながらもなんとか東京タワーの中に再び入った。
 メインデッキにも機動隊が控えていたので、問題のエレベーターホールを見つけるのは簡単だった。
 ぽっかり開いたままのエレベーターの向こうは恐ろしい暗闇が広がっている。真っ暗な内部に頭を突っ込んだ。地を見下ろすと、たしかに箱が途中で宙吊りになっている。普段見ることのないエレベーターの天井裏には、切れた紐が乱雑に散らばっていた。そして揺れる小さな光。
 目をこらすとコナンくんの姿が見えた。だけど高木刑事の姿はない。どうやら、コナンくんだけエレベーターの箱の天井に上がり小さな灯りをもとに爆弾を解体しているみたいだ。
 爆弾のことは詳しく聞いていないけど、コナンくんたちが救助されることなく自分たちで爆弾解体していることと高木刑事が天井に上がっていないことを考えると、今回も水銀レバーが使われているのだろう。
 普通なら私がここから飛び降りて揺らすのも危ない。
 でも、私には幻術がある。焦ることなく奈落に足を踏み入れ、そのまま一切の振動もなく天井裏に着地した。
 私が見えないコナンくんは、私に気づかずエレベーターの箱の中にいる高木刑事とひそひそ小声で喋っている。

「三時の爆弾のありかは学校だよ」

 そう言って、コナンくんはつらつらと推理を披露していく。
 二人の会話はひどく小声で行われ、話を聞いているとどうやら爆弾に盗聴器が仕掛けられているらしい。私は機械にも幻術をかけて声が聞こえにくくなるようにした。

「でも、該当する場所は東京には四百以上あるんじゃ……」
「うん。爆弾犯に気づかれないように今から学校を全部調べて、爆弾を見つけるのはまず無理だし」
「ヒントを見て、ピンポイントでその場所を調べて爆弾を発見するしかない。……松田刑事がやったように、だね?」

 ああ、やっぱりそこまで同じなんだ。

「ダメだよ」

 私はぱっと姿を現した。
 急に横から出てきた私にコナンくんは目を見開いたし、高木刑事は何が何やらわからない状態で混乱している。

「いつからここにいたの!?」
「ちょっと前から。どうやってっていうのは企業秘密だから言えないけど」

 そんなことに時間を取っている暇はない。
 私は端的に「爆弾を止めて」とお願いした。

「でも、そうしたら次の場所が」
「犯人の顔はわかっているの。学校だってことまで絞れているのなら、あと三時間もあれば……」
「ごめん。愛子ちゃんの言いたいことはわかるけど、そのお願いは聞けないんだ」
「……どうして」
「いるかもしれないんだ、そこに。……この世で一番死なせたくないやつが」

 コナンくんの顔に恐怖の色はない。逆に穏やかささえある。自分が死ぬというのにそんな表情をさせるくらい、その人のことが大切か。
 コナンくんが大切な人を死なせたくない気持ちはわかる。でも松田のときとは違って犯人の顔はわかっているのだ。周辺の学校の監視カメラを調べれば犯人が爆弾を仕掛けた学校なんてすぐに見つかる。

「私はコナンくんと高木刑事を死なさないためにここに来たんだけど」

 思わず文句を言ってしまうのもしかたがない。
 私に爆弾解除の知識なんてないから、処理の方法は不発にするか爆発させるかしかない。今回は下手に爆発させると煙を吸い込む可能性が高くて不発にするのが最善だった。でもコナンくんがヒントを見たいと言うなら、爆発させて私が爆風と煙から守らないといけない。けど、こんな狭い場所で爆発に巻き込まれて無傷はあまりにも不自然すぎる。やっぱり不発にするべきか。
 コナンくんは、そんな忌々しい爆弾を睨みながら悩む私と、それから下にいる高木刑事に「ゴメンね」と謝ってきた。

「……べつにコナンくんが謝る必要はないよ。私は自分で乗ったんだし、何より悪いのは犯人なんだし」

 高木刑事も下で同意しつつ、「君はいったい、何者なんだい?」と尋ねた。
 その問いに、私もゆっくりとコナンくんを見る。
 そうだ。爆弾解体の手さばきも、大切な人のために冷静に自分の命を差し出すところも、小学一年生とは思えない。
 前にアルコバレーノかと考えたことを思い出す。さすがにアルコバレーノじゃないにしても、何かあるのかもしれない。
 静寂の中、コナンくんはふっと口許に微笑を浮かべながらうつむいた。メガネが反射して表情が見えなくなる。

「ああ、知りたいのなら教えてあげるよ。……あの世でね」

 上げた顔に、誰かの面影が被って見えた。
 それが誰だったかを思い出すには、時間が残されていなかった。
 液晶パネルに表示されている数字は六十を切っている。コナンくんはぱっと爆弾の前に移動し、私はそっとコナンくんの横でそのときを待ち、そして、ついにそのときがきた。
 十秒前、私たちは固唾を飲む。
 五秒前、コナンくんが高木刑事に声をかけた。
 三秒前、液晶パネルに次々と表示されるアルファベットをコナンくんが読み上げていく。
 一秒前、私が爆弾を無力化させる、ほんの一瞬前、コナンくんが最後のコードをペンチで切った。

「え?」
「やっぱり死ぬの怖いから、残りのコード切って止めちゃったよ」

 あっけらかんとそう言うコナンくんに、私は違和感を覚えた。
 あれほど大切な人のことを考えていたのに、見れたヒントはアルファベット四つ。それなのに悔しそうにすることもない。
 それもそのはずだった。
 コナンくんはエレベーターから救助されたあと、高木刑事に次の爆弾のありかを伝えた。つまり答えがわかったから爆弾をコードを切ったのだった。
 たった四つのアルファベットから場所を突き止めたのも、ためらわず切る判断力も、私はただただ感嘆を上げることしかできない。
 東都タワーから出たあと、高木刑事は警察のもとへ行き、私とコナンくんは少年探偵団の待つ警察車両に戻った。無事に生還した私たちを見て泣く子供たち。私は「ね、コナンくんは大丈夫って言ったでしょ?」と言って慰めつつ、結局友達が死ぬかもしれない恐怖を味わわせてしまった罪悪感を覚えた。
 だけど私はここでうじうじしてられない。
 警察はすでにコナンくんの推理と透くんの情報によって犯人逮捕に動いている。

「……じゃあ、私も帰るね」

 次の現場に向かおうと嘘をついた私を引き止めたのは、一人泣くこともなく黙っていた灰原哀ちゃんだった。

「どうして江戸川くんを助けたの」

 何が聞きたいのかわからず首を傾げると、私の横にいたコナンくんが「おい、灰原!」と低い声で咎めた。
 どうして助けたのか聞かれても困る。

「死なせたくなかったから?」
「……そう」

 どう答えるのが正解だったのかわからないまま、うーんと悩みながら補足する。

「三年前、私の友達がこの事件の犯人に殺されたの。コナンくんとまったく同じ状況だった。観覧車に仕掛けられていた爆弾を解体中に、ね」
「松田刑事のことね」

 別に喧嘩しているわけでもないのに、歩美ちゃんたちはハラハラと私と灰原哀ちゃんの顔を見比べているし、コナンくんたちはじっと私たちの会話を見守っている。
 周りの人たちは東都タワーが爆発しなかったことを喜んでいるというのに、その功労者は重い空気の中にいる。
 哀ちゃんは一度目を伏せた。

「今から犯人のところに行くの?」
「うん」
「復讐でもするのかしら?」

 顔を上げた哀ちゃんは、私の一挙手一投足を見逃すまいと視線を向けてくる。まるで私が殺人犯みたいな警戒だ。
 私は肩をすくめて軽く笑った。

ヒトリヨガリ