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秋の柔らかな日差しを浴びて、イチョウ並木が黄金に輝く。
片側二車線の道路にはひっきりなしに車が通り、歩道を歩く人たちも和気あいあいと日曜の昼下がりを楽しんでいる。まるで東都タワーの爆弾事件なんてなかったかのような穏やかさだ。
私は路肩に停めた狭い車の助手席から空を見上げた。歩道橋が青空を遮ってあまり見えないけど。
時刻は十四時五十分。開いた窓からうっすらと遠くの学校のチャイムが聞こえた。
「ついに、ですね」
運転席の透くんが低く呟いた。
ふらふらと視線を動かす私と違い、透くんはずっと一点を、歩道橋の上にいる男性を見つめている。透くんが監視カメラから探してくれた男だ。
私が東都タワーで爆弾解体を見ている間、透くんが東京に山ほど設置された監視カメラを駆使して犯人が駅からどこに移動するかを追っていたらしい。
その結果を聞いた私はそのまま警察に伝え、東都タワーにいた私は透くんに車で拾ってもらい今に至る。
双眼鏡で爆弾を仕掛けた学校を見ている間抜けな犯人は気づいていないけど、犯人はすでに四方を警察に囲まれている。時がくれば、犯人は呆気なく捕まるのだ。
「あと十分で終わると思うと、なんだか変な感じがする」
走れば三分もかからず相対できる場所に松田を殺した犯人がいる。手の届く範囲だ。それなのにあれほど昂っていた身を燃やすほどの怒りはわいてこない。
「……今なら愛子が犯人を捕まえることができますよ」
私は思わず透くんを見た。相変わらず彼は真っ直ぐ前を見つめて視線を動かさない。獲物を狙う肉食獣のような横顔に、私がターゲットにされているわけでもないのに嫌な汗をかく。
「捕まえるのは私の仕事じゃないでしょ」
「僕は、愛子が友達の仇を打ちたいのだと思っていました」
みんなそんなことを言う。数時間前までは私が犯人を捕まえてやろうという気概だったから、それも仕方がないか。
私はさっき灰原哀ちゃんに答えたのと同じことを告げた。
「復讐はやめたの」
「友達が殺されたのに?」
「松田は七年前の事件で親友をあいつに殺されて、その敵討ちをしようとしていた。でも結局、松田は自分が犯人を追い詰めることを諦めて、次の爆弾で被害者が出ないように解除のために犠牲になった。……私は、松田の警察としての意志の強さを見ていた」
今でも夢に見る。苦しくなるほどの正義感。
友達だったとはいえ、関係は浅く私の手元に残っているものなんて数枚の写真とサングラス、それに思い出だけ。だからこそ数少ないものを大事にしたい。
「私は松田の遺志を引き継ぐって決めたの。敵討ちなんかじゃなくて、この犯人に殺される被害者を出さないっていう松田が命をかけた想いを」
だから私はあのとき透くんから犯人がわかったと聞いてもコナンくんと高木刑事を助けに行った。
「犠牲は松田で終わったんだってこの目で確認できれば、それでいいの」
透くんは納得したようなそれでいて何か言いたげに少しだけ口元を動かした。
裏の世界の人間は、なにかと復讐に駆られがちだ。というより、たぶん表の社会の倫理にそぐわない感情を持った人間が裏の世界に足を踏み入れるのだろう。裏の世界はどんな人間でも受け止めてくれる場所だから。
復讐に生きるだけなんて苦しいだけなのに、それでもそんなドロドロした感情に支配され続けている人たちを今までにたくさん見てきた。捨ててしまえばいいのに、捨てられない。もはやそれがアイデンティティになっているから、復讐心を手放すと、今までの自分を否定することになってしまうのだ。
私がボンゴレに入ったのは、一般人の友達をマフィアの悪意から守るため。一時的に復讐心に駆られたけど、山本くんと透くんに「本当にやりたいこと」を聞かれて、それを思い出すことができた。
私は真っ白な友達を守りたい。そして散った松田の崇高な遺志を守りたい。
それに比べれば、敵討ちなんてどうでもよかった。
そして、その時がきた。
十五時になった瞬間、警察が動いた。
学校が爆発しないことに戸惑う犯人に、警察が詰め寄っている。目暮警部がコナンくんの推理を犯人に披露しているのだろう一歩踏み込んだ。それに対して犯人は追い詰められるように歩道橋の手すりににじり寄っていく。
そして、ちらりと道路に視線を落としたあと、犯人は手すりを乗り越えて歩道橋から飛び降り、下を通ったバスの屋根に着地した。
「追いますか?」
透くんは今すぐにでも飛び出そうと車のドアに手をかけたけど、それを私は止めた。佐藤さんがバスの後ろを走る車の屋根に飛び降りたからだ。
「とりあえず様子を見よう」
私は素早く真っ黒のサングラスをかけて、分身を飛ばした。
――佐藤さんが追ってきたことに舌打ちをした犯人は、走るバスから飛び降りるとそのまま路地裏に逃げ込んだ。佐藤さんもその後追う。その手には拳銃があった。
――歯を食いしばり殺気立つ佐藤さんは、このまま犯人が逃げ続けたら引き金をひいてしまいそうな気迫だ。
それはまずい。いくら犯人が人を殺さないとしても、佐藤さんが犯人を殺すのはダメだ。この事件の被害者は松田で終わってほしいし、最後の加害者が松田のことを想う佐藤さんであってほしくない。
――私は咄嗟に幻術で犯人の右足を引っかけた。
――ズサアッとアスファルトに体を打ちつけた犯人に、佐藤さんはゆっくりと歩み寄る。
「愛子、状況は」
「今、佐藤さんが犯人を追い詰めた。もう大丈夫」
――早く手錠をかけてと願うのに、佐藤さんはなおも拳銃を構えている。たしかに相手は危険な爆弾犯だし、威嚇するのはおかしくない。だけど佐藤さんは本当に撃ってしまいそうだ。
「ねえ透くん、もし佐藤さんが犯人を撃ったらどうなるの?」
「……今の状況がわかりませんが、送致されるでしょうね」
「業務上のミスとかには」
「ならないでしょう。明確な殺意があるのなら」
じゃあ、絶対に止めないといけない。
――「俺は悪くない」と喚き散らす犯人は、佐藤さんが殺意を抱くのも納得するほど醜い。まずはその口を動かなくした。
――だけどこれが逆効果で、急に口が開かなくなったことにパニックになる犯人に、佐藤さんは好機だとばかりに悲痛な叫びを上げながら引き金をひいた。
――ズダンッ!
リボルバーの重い発砲音は、路地裏から離れた私たちにも届いた。透くんが顔をしかめて私を見るので、「撃つ瞬間に高木刑事がタックルしたから、弾は犯人に掠りもしていないよ」と教えてあげた。大丈夫、犯人を傷つけてはいない。
それでも透くんは渋い顔をしたままだった。
それはそうだ。威嚇射撃もなしに、しかも喚いていたけど戦意もない犯人を撃とうとしたのだから。
だけど佐藤さんが処分を受けることはない。さっきの発砲は音だけで、佐藤さんの銃からは弾は一つも減っていないのだ。こんな犯人のために佐藤さんが処分を受けてほしくないから私が銃に幻術をかけておいた。
これは松田を何年も大事に思ってくれた佐藤さんのために松田の友達の私ができる精一杯のお礼だ。
高木刑事に諫められて涙を流す佐藤さんは、もうこんな馬鹿な真似をしないから大丈夫。
私は、路地裏に目暮警部が駆けつけて、銃声に気絶した犯人に手錠がかけられるまで見てからサングラスを外した。
「終わりました?」
「うん、終わったよ。ありがとう」
「お疲れさまでした」
外したサングラスを秋空に掲げながら、じくじくと痛む心に手を置いた。