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 夢を見た。しんみりと懐かしい過去のような、それでいてわくわく高揚する未来のような不思議な夢だった気がする。
 目が覚めたときはまだ夢が私を包んでいたのに、ベッドから置き抜けて氷のように冷たい床に足を落とした瞬間、ぱちんと霧散し、ダイニングの窓のカーテンを勢いよく開いたときには包まれていた温度さえ消えてきた。
 それでも、どうしてかその夢が気にかかる。カウンターの上に乱雑に置いている食パンを袋から一枚引っこ抜いているときも、それをもさもさ食べながら今日の服を選んでいるときも、ずっともやもやぐずぐず考えていた。
 その夢は、柔らかい閉塞感が心地よくて、でもそれは私にとって優しいものなんかじゃなかった。そんな曖昧な感覚は心が覚えているのに、輪郭は掴めない。
 顔を洗ったらもっと夢が遠ざかりそうで、私はできるだけうつらうつらとしたフリをしてダイニングのソファーに身体を横たえた。
 白いこのソファーは、松田の件の決着がついたあと透くんが突然買ってきたものだ。手触りのいい布製で、私と透くんが一緒に座っても十分ゆとりがあるくらい大きい。
 なんでも、今までのダイニングは二人が揃って団欒をとるには向いていなかったらしい。たしかにテーブルは二人用の小さなサイズだから透くんがパソコンを広げるといっぱいになってしまい、そうなると私はラグに寝転んで課題なんかをするしかなかった。自分の部屋に勉強机があるからそれを使うことだって多かったけど、透くんの調査待ちのときは部屋に戻るよりダイニングで一緒にいる方がやりとりが楽だったのだ。そう思っていたところに、あの日私がテーブルでうたた寝をしてしまったから、それならいっそのことソファーを置こうと思い立ったのだと言っていた。
 そんな透くんもソファーを買ってから何やら忙しそうで、あまりダイニングに滞在していないのだけど。
 今も、一昨日から泊まりかけで探偵の仕事に精を出している。
 と、せっかく夢を手繰り寄せようとしたのに、脳は完全に覚醒してしまっているから余計なことばかり考えてしまう。
 溜息まじりの息を吐いて、足を擦り合わせた。
 夢はあまり好きじゃない。
 潜在意識や抑圧された願望が夢に現れると言うけど、過去の夢を見た私は、過去に戻りたいと思っているのか、それとも過去のことを後悔しているのか、はたまた過去のことを忘れるなと警告しているのか。ぼんやりした夢の残り香からは何も判別できなくて、それが一層気分を重くさせた。
 不吉なお告げだったらいやだなと思うけど、跡形もなく消えてしまった以上、もう私にどうすることもできない。
 切り替わらない気持ちを引きずりながら、出かける支度をした。



 今日は少年探偵団と遊ぶ約束をしていた。前から「探偵の助手」の私に興味津々だったけど、私の家が遠いこととメンバーが多すぎると動きづらいこともあって「今度遊ぼう」と言われるのが常だった。
 今日はコナンくんと灰原哀ちゃんが用事でいなくて、三人だけになるから私の力を貸してほしいと歩美ちゃんからお願いされて米花町まで出てきた。
 大人の視点からすればスルーするような変な場所にある花壇や落とし物すべてに意味を探して謎解きをしようとするところは新鮮で、私も童心に返って一緒に意味のない謎の探求をした。だけどそんな易々と事件と遭遇するわけもなく、夕日に照らされながら「いつもは難事件が待ってるんだけどな!」と言い張る子供たちの背中を押して家に帰らせた。



 日が暮れた薄暗い帰路を歩いているとき、組織のスマートフォンが着信を告げた。
 画面に表示されている名前はジンで、電話に出ると「今夜、来葉峠に来い」と急な仕事を命じてきた。ジンは私の返事を聞かずに続けて私が待機する場所や監視する方角の指示する。
 どうやら今夜その来葉峠で大きな仕事があって、私は相手が援軍を連れてこないか峠で監視する役割らしい。

「……それって、この前のキールの入院してる病院を探せっていうのと関係してるやつ?」

 少し前に、突然キールという構成員がアナウンサーの水無怜奈だと教えられ、そして彼女が入院している病院を突き止めろと私に仕事が回ってきた。
 入院できる病院を一件一件回るのは骨が折れたのに、結局病院を突き止めたのは他の構成員だった。そのとき、キールが入院している理由も、病院を突き止めたい理由も教えてもらえなかった。

「お前が知る必要はない」
「はあい。それなら聞かないけど、この前みたいに役に立たなくても知らないよ」
「ああ。お前はただの保険だから問題ねえ」

 何の保険かもわからないのだから私は安心できないけど、慎重なジンがそう言うのなら私は野次馬くらいの気持ちで向かうとしよう。
 来葉峠で果たして今夜何が起きるのか。あのキールは裏切り者なのか、それともただの取り引きか。気にならないわけではないけど、どうせ数時間後には覗き見したら答えが出ることだ。
 深く考えずに来葉峠までの行き方を調べる私の頭上に、一番星が輝いていた。

ヒトリヨガリ