162
私の人生が大きく変わった日のことはあまり覚えていないけど、その年と季節ははっきりと覚えている。
高校一年の秋のことだった。
中学から同じ高校に進学した友達と仲を深め、そして高校で新しく知り合った子達とも気の置けない友達になっていたころ、私は当時まことしやかに囁かれていた並盛の怪異に巻き込まれた。
噂は、二個下にイタリアンマフィアのボスを自称する男がいるとか、その男がヤクザとやり合ったとか、町中にゴジラが出ただとか、いやいやカミツキガメだとか。あまり信憑性はなかったけど、友達が噂の一つであるパンツで走り回る中学生は見たことがあると言っていたから、すべてが嘘ではないにしても尾びれ背びれがついて過剰になったものだろうと思っていた。
だから中間考査終わりに行ったケーキ屋でバズーカを担ぐ子供を見たときも、おもちゃだろうとしか思わなかったし泣きながら構えたバズーカが前後逆で、後ろにいた私に砲口が向いていても気にもしなかった。
そして、気づけば私は白い世界にいた。
何もない、私しか存在しない空間を私は夢だと思っていた。だけどあるとき現れた青年、六道骸が「夢は夢でもここは赤い夢の中。現実であり非現実。ここが夢か現かわかるものは誰もいませんよ」とわけのわからないことを言った。
白いのに赤。夢だけど現実。
説明を理解できない私を骸はひとしきりバカにした。だけど彼も暇らしく、それから長いこと話し相手になってくれた。
この世界は私の作り出したもので、私が願いさえすればどんなものでも現れた。真っ先に作り出したのが青空と低反発クッションの地面だったので、骸は「初めて作るものがそれですか」と呆れていた。
その夢は途中から朝と夜があったけど、それも私が作ったものでいったいどれくらいの時間が過ぎたのかわからなかった。はじめは楽しかった不思議体験も次第に飽きて、それでも一向に目が覚めない。
どうやら赤い夢に目が覚めるとか覚めないとかいう言葉は通用しないらしい。
「そろそろ現実に帰りたい」とこぼす私に、骸はこう言った。
「あなたが高校に通っていた世界が本当に現実で、ここが本当に非現実と言えますか? もしかするとあなたはここで生まれてずっと一人だった。その寂しさから『家族』や『学校』、『友達』を作ったのでは? あなたの目の前にいる六道骸という人間は本当に存在していますか?」
難しいことを言う骸に私はげんなりして、それからは流れに身を任せることにした。早々に諦めた私に、骸はまた呆れたようだった。だけど言い訳をすると、今までの私の人生のすべての事象が私の作り出した空想なら私はもっと楽に生きてきたはずだし、学校で習ったわけのわからない公式なんて存在していないはずなのだ。そんなに私は頭がよくない。
それに、骸はその世界にいつもいるわけではなかった。もし私が作り出した存在なら、私が一人きりにならないようにしたと思うのだ。
答えの出ない難しいことを考えて落ち込むより神隠しにあったのだと思う方が気が楽で、わけのわからない夢の中で正気を保つには細かいことを気にしないことが大事だった。
そんな私の態度は骸からすれば不可思議なものだったらしく、「本来、あなたのような浅慮な人間がこの世界に足を踏み入れることはあるはずがない」と失礼なことを言い残し、しばらく赤い夢に現れなくなった。
次に私の前に現れたときには、私の身に起きた事件の謎を解き明かしていた。
きっかけは、あの日、私がケーキ屋で見たバズーカ。あれはおもちゃなんかじゃなくてイタリアのとあるマフィアに受け継がれる十年バズーカという家宝らしい。それは本来、被弾した人が十年後の自分と入れ替わるもので、時間も五分間だけ。
それなのに私の場合は未来に行かずに赤い夢に取り残され、しかも「現実」の世界には十年前の五歳の私がいた。そんなイレギュラーが起こったのは、私が不完全な魂の持ち主だからだ。「現実」では五歳の私を保護しているボンゴレファミリーがどうにかしようと挑戦しているけど、私が自分の力で「現実」に戻るしか方法はないらしい。
気の遠くなるような奇怪な話。夢も魂もマフィアも、なにもかも私には消化できず、できれは考えることを拒絶したかった。
それでも私は「現実」の家族や友達ともう一度会いたくて、骸から幻術の手解きを受けた。
私にとって友達が特別大事ということはない。
ただ、急にみんなと会えなくなるととても恋しくて、赤い夢を見る前日に言っていたイベントの話だとか、ドラマの続きの予想だとか、そういう日常の続きが気になって仕方がなかった。
赤い夢から「現実」に戻って、最初に見た景色はマフィアの内部抗争だった。なにも、こんなタイミングじゃなくてもと言いたくなるほど、バトルの真っ最中。
わけもわからないまま赤ちゃんに痛めつけられる少女や、少女が骸にかわる瞬間、そして今度は彼が圧倒的な力で赤ちゃんを屈服させる姿を見ているしかなかった。
赤い夢の中で幻術能力を会得した私をボンゴレは仲間に入れようとした。だけど、その圧倒的な暴力をを間近で見た私はマフィアと関わることを拒んだ。赤ちゃんが、骸がやったことを責める気はない。情けをかければ自分の身が危ないことくらいわかる。だけど、私は暴力の中に飛び込みたくなかった。
だって私は友達となんでもない日常を過ごすために「現実」に戻ったのだから。
なのに、無慈悲にも今度は十年後の世界に飛ばされた。
未来という言葉に心が躍ったのは最初だけで、その時代でもまたボンゴレは他勢力との抗争の真っ只中だった。しかもボンゴレは新興勢力に圧され劣勢で、どうにか戦況を打破するために、十年前――私と同じ時代のボンゴレファミリーが招集されたのだ。
私がマフィアに関わりたくないことを知っているボンゴレは私を戦いの外に置いたけど、それで平穏が訪れることはなかった。
未来の私はボンゴレに入っていなかった。だけど私は十分戦えるだけの幻術能力を持っていた。
その事実がある以上、敵対勢力は私の能力を脅威に思い、ボンゴレに加勢することを恐れた。そしてかつて赤い夢の中で再会を焦がれた友達は殺され、当時仲のよかった友達は人質にされた。
幸いにも過去から来たボンゴレたちが元の世界に戻るために敵対勢力と戦い未来を変えてくれた。過去の私の友達が無為に虐げられる未来は防がれた。
だけど、そういう未来もあるのだとこの目で見たのも事実だった。
幻術を使えるようになった過去のできごとは変えられない。このままボンゴレを避け続けたら、いつか別のマフィアが私をボンゴレの弱点だと突いてくる可能性がある。
黒に踏みにじられて薄汚れる白を見ていい気分にになる人の方が少ないだろう。ちっぽけな正義感しか持っていなかった私は、最悪な未来を知りその気持ちが強くなった。
一番大事な友達を心の中心に置いて、それから私の手の届く範囲の抗う力のない人たちを脅威から遠ざけよう。そう決意してボンゴレに入ることを決意した。
だから、来葉峠の麓でそれを見た私が走ったのは当然のことだった。