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コナンくんと別れて、灰原哀ちゃんと二人きりで歩くこと数分。彼女の家だという大きな家に着いて門扉を押し開けているところで、私たちに影が落ちた。
「お帰りなさい。……おや、今日は新しいお友達も一緒ですか?」
灰原哀ちゃんは驚くことなく振り返る。その顔は山ほど宿題を出された子供のようにうんざりしている。
嫌悪感の滲む表情は私に向けられたことのないもので、こんなときだけど、私は警戒されていただけで嫌われてはいなかったのだと知った。
そして小さな少女の毛を逆立たせるストーカーの顔を拝んでやろうと振り返る。
夕日を背に受けて立つ男は、予想よりも人のよさそうな笑顔を浮かべていた。柔和な雰囲気だけど透くんのような人の懐に潜りこむような無色のものではなく、塗り潰すような白色。そのせいで、どこか威圧的な印象を受ける。
「灰原さんよりお姉さんのようですが、小学校のお友達ですか?」
そんなこと、普通気になる? 私がもっと年齢の離れていたり異性なら聞くかもしれないけど。
訝しんでいると、男はぱっと雰囲気を明るくさせて「僕は隣に住んでいる沖矢です」と、豪邸を指差した。
お隣さんか。怪しいのにかわりはないけど、身元は一応はっきりしているし、ご近所さんならあまり私が変な態度を取るのはよくない。安室愛子です、と名乗ってから私も灰原哀ちゃんとの関係を告げる。
「こんばんは。灰原さんとはパーティで知り合って、それから仲良くしてもらっています」
「ほおー、パーティで、ですか。失礼ですが、ご家族は何をされている方なんですか?」
「家族は探偵だけど、パーティは知り合いに誘われて行ったからそれとは関係ないよ」
「探偵、ですか。それは――」
「どうしてそんなにこの子とが気になるのよ」
私と沖矢さんの間に体を滑り込ませた灰原哀ちゃんが威嚇するように低い声を出した。
「彼女というより、探偵という家族の方が少しね。……ああ、僕はシャーロキアンでして。事件と聞くと血が疼くんです」
変な人だとは思うけど、正直これくらいの非常識は慣れている。そう思うのは私に変わった知り合いが多いからで、哀ちゃんからすると得体の知れなさが気持ち悪いのかもしれない。
それにしたって刺すような視線と常に臨戦態勢な態度はあまりにも過剰だ。
「沖矢さん、灰原さんに何をしたの」
「心外ですね。何もしていませんよ」
「あら、自分のやったことは気づかないものよ」
腰に手を当てて哀ちゃんは冲矢さんの数々の所業を告発した。妙にタイミングよく姿を現したり、生煮えのスープをお裾分けしてきたり、ストーカーと断言するには弱いけどその数を考えれば少女が不安になるのは当然のことだった。
「わかるよ、灰原さん。なんとなく視線が怪しいって怖くなることあるよね」
思い浮かぶのはかつてのライの顔。じいっと舐め回すように観察されるのがあまりに居心地が悪く、「ロリコン」と悪態をついたことが何度もある。FBIとして特殊能力を持つ私を監視するのは当たり前だったのだろうけど、それにしたって限度とか方法を考えてほしい。同じスパイだったスコッチはそこまで違和感を覚える視線は向けてこなかった。
きっと冲矢さんも冲矢さんなりに何か理由があって行動しているけど、それがことごとく灰原哀ちゃんの地雷を踏み抜いているのだろう。
そう結論づけた私の寛大な心を、次の瞬間、冲矢さんは見事に粉砕した。
「そういえば安室さんはどちらにお住まいなんです? 車で送っていきましょうか?」
「何考えてるの!? 会って間もない女の子を車に連れ込もうとするなんて!」
灰原哀ちゃんが声を荒げた。
もしかしたら、本当に危ない人かもしれない。引きつる頬をどうにか誤魔化し、「このあとキッドのショーを見に行くから」と丁重に断ってまだ喋り足りなさそうな冲矢さんを家に押し返す。
たった数分の会話だったのに、どっと疲れた。灰原哀ちゃんと疲労の濃い息を吐いて目を合わせる。
「灰原さん、いつもお疲れさま」
「……ありがとう」
灰原哀ちゃんは一瞬視線を地面に落としたあと、くるりと私に背中を向けて今度こそ門扉を開けた。
「……なんでもいいけど私の呼び方統一したら?」
ぶっきらぼうな言葉は一見すると呼び方を迷う私を鬱陶しがっているようだけど、本当に嫌がっているときはもっと苛烈なことをついさっき知ったからそれがただの照れ隠しだとわかった。
つまり、それは——
「ば、ばいばい、……哀ちゃん」
名前呼びを許可されたということだ。
「ええ」
振り返ることなく返された挨拶に私はわあっと飛び上がりそうになった。
一緒に冲矢さんという強敵と戦ったことによって、どうやら私を少しだけ受け入れてくれたらしい。
警戒心の強い猫が歩み寄ってきてくれたみたいで嬉しくて、哀ちゃんは見ていないのにぶんぶんと大きく手を振った。