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青黒い空にパッと白が現れた途端、割れんばかりの歓声が沸き起こった。コンクリートを埋め尽くすほどの観客が見守る中、世紀の大怪盗は優雅に湖に浮かぶ白鳥のように夜空を泳いで去っていった。
大型商業施設や高級ブティックが並ぶ、華やかな中央道りで行われたショーは、大盛況のまま幕を下ろした。
普段よりも若年層が多い人混みは駅に向かって流れていく。私も波に乗りながら、重くなってきた目蓋を擦る。祭りのあと特有の気だるさに欠伸まで出た。街はまだ活気づいていて、特別イベントでもないのにカラフルに装飾されたディスプレイが道行く人の目を楽しませようとしているのに。
「キッドのショーはどうだった?」
帰ったら何時だろうと考えていた私は、真後ろから聞こえた声が私に向けられたものだとは思わなくて、ただ周りの大きな人たちに押し潰されないように間隙を縫うのでいっぱいいっぱいだった。
「おーい、愛子ちゃん?」
呼ばれた名前と肩に置かれた手で、ようやく少年の声に聞き覚えがあることに気づいて振り返った。
「快斗くん?」
「おう。久しぶり」
「快斗くんも来てたんだ。そういえば手品が好きだったもんね」
覚えてたんだ、と少年は頬をゆるめた。
私たちは人並みから抜けて、少しだけ息がしやすい路傍に避けた。それから快斗くんはもう一度、さっきのショーの感想を聞いてきた。
「面白かったよ」
手品の原理は知っている。基本は視線誘導だ。わざと目立つことをして注目させている間に、ひっそりと事を行う。だから私はできるだけ俯瞰的にショーを見ていたのに、気づけば地面に設置された展示台の上にいたキッドが消えていて、数秒後、ビルの壁に垂直に立っていた。見事な瞬間移動に、周りと一緒に「わあ!」と声が出たほどだった。
私の感想を聞いた快斗くんは、満足そうに口角と眉を上げた。だけどそのあと不思議そうに「そのわりに、あんまり興奮してねえな」と首をかしげた。
周りの観客たちは数分前まで声援を送ったり手を叩いてはしゃいだりした余韻が冷めていない様子なのに、私はすっかり普通に戻っている。
でも、それもしかたない。
「だって一人で見ていてわーわー騒げないし」
「はあ? 保護者は?」
「そろそろ仕事から帰って家にいるんじゃないかな」
言いながら、ああそうだと思い出してアウターのポケットからスマートフォンを取り出して、透くんに「今から帰るね」と連絡を入れる。
「友達と来たんじゃねえの?」
「違うよ」
快斗くんは「え」と固まって考え込んでしまった。
「……送ろうか?」
「ううん、大丈夫」
こちらとしては、私を心配する少年の方が心配だ。まだ深夜という時間ではないけど、いろんな人が存在している繁華街に善良な高校生がいるのは、いくら駅が近くても不安になる。
だから、眉を下げた快斗くんが「せめて駅まで送っていくよ」と提案してくれたのは私も助かった。
駅は目と鼻の先にあるけど、周りの速度に合わせて進んでいるからゆっくり落ち着いて喋る余裕があった。
「瞬間移動のタネ、わかったか?」
「わかるわけないじゃん」
警察だって騙す腕前なんだから私にわかるわけがない。
ただの冗談というか、さっきの話をするための切り口でしかないと思って軽く返事をしたけど、快斗くんは「そうか?」と、まるでわからなかったのかと言いたげな声音で言った。
「え、そんなわかりやすいやつだったの? もしかして定番のタネ? 快斗くんはわかったの?」
「いや? 俺もさっぱりだったぜ」
「なんだ。手品がうまい快斗くんでもわからなかったんだから、私にわかるわけないじゃない。ただの探偵の助手だよ?」
胸を張ると、快斗くんはケラケラ笑って「そうだな」と頭を撫でてきた。
叩くような手つきだけど手品をするだけあって細い指は繊細に私の頭に当たる。
「あんまり女の子に馴れ馴れしいとロリコンって思われるよ」
「え゛、いや、仲のいい兄弟にしか見えねえだろ?」
サッと手を離してキョロキョロ周りを確認する素直な快斗くんが可愛くて、ふふっと笑いが溢れる。
数時間前のことを思い出して意地悪を言ったけど、少年は人に警戒されるような子じゃないし大丈夫だろう。沖矢さんを怪しい男だと思ったのだって、哀ちゃんから話を聞いていたからで、そうじゃなかったら普通にいいお兄さんにしか思わなかっただろう。
ギスギスしていた哀ちゃんを思い出して、ふと、ずっと心に巣くっていた既視感の正体がわかった。
ライがまだ組織にいたころのバーボンに似ているのだ。今でこそバーボンが赤井秀一に向けるのは憎悪の色が濃いけど、あのころはまだ嫌悪感だった。
「快斗くんってすごく嫌いな人いる?」
「嫌いな人ぉ?」
腕を組んで悩む少年には、そういう人があんまりなさそうだ。
「すげえってなるといねえな」
「だよね」
「能天気そうってか?」
腕を組んだままジトっとみられて慌てて手を振る。
「あ、いや、そういうつもりじゃなくて、私もいないから」
「で、嫌いなやつがどうしたんだよ」
「知り合いが、その人の名前を聞くだけで声を荒らげるくらい嫌っているのに、その人のことを探そうとしているから不思議で」
バーボンは今日もベルモットと会って赤井秀一の生死を探る作戦を詰めている。そろそろ準備も終わるらしく実行に移すらしい。
バーボンが誰を嫌っていて誰を好いているか私に関係なんてないけど、一緒にいる時間が多い分、気になってしまう。本人に聞くほどのことじゃないし、デリケートな問題を突きたくないからこうして勝手に予想するだけしかできないけど。
私たちは地下に降りるための階段の出入口付近で立ち止まった。前方には暖かい光を煌々と放つ百貨店がそびえ、ショッピング帰りらしい人たちも地下鉄に乗るために階段に殺到しているからだ。
黙ったまま私の疑問を真剣に考えていた快斗くんは、水色に輝く駅の看板を見上げた。
「んー、仕返しなんじゃねえか?」
「そうかなとは思うんだけど、何の仕返しなのかまったく見当もつかないんだよね」
組織を裏切った仕返しなんてしないだろうし、ライのころから嫌っていたし。
バーボンがライを目の敵にしだしたのは――。
「よくあるのは、大事なものを壊されたとかじゃねえか? たとえば、警察がキッドを追いかけるのはプライドが傷つけられたからだろうし、大事なものを奪われた人間の暴走は凄まじいからな」
しみじみと吐かれた言葉は妙に説得力があった。
ゆるゆると吸い寄せられるように階段に一歩一歩近づきながら、私はバーボンがライを敵視するようになった原因に想いを馳せた。
元々私が知り合ったときからバーボンはライと気が合わないようで意見が対立することはあった。だけど明確に亀裂が入ったのは今から四年ほど前。
きっかけは、きっとスコッチだ。