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かじかむ足先を擦り合わせながら冷蔵庫を開けると、昨晩作っておいたピザトーストがなくなっていた。
パタンと冷蔵庫を閉じるのと、リビングの扉が開くのは同時だった。
「ピザトースト、ありがとうございました」
「あ、うん。たべてくれたんだ」
「朝食になってしまいましたが」
回らない口で喋る私とは違い、透くんはいつもどおりシャキッとしている。カーテンの外は真っ暗で、まだ私の判定では夜だというのに。
電話で透くんが家でごはんを食べるか聞くのを忘れていたから、余れば私が朝に食べればいいやと思って焼く前のピザトーストを一枚冷蔵庫に入れておいたのだけど、無事に食べてくれたらしい。
「すごく美味しかったです。また作ってくださいね」
「ピザトーストに大袈裟な……」
「だってあのピザソース、愛子の手作りでしょう? 上手にできていましたよ」
よく気づくなと感心してながら、私は野菜室や冷凍庫、戸棚をパタパタ開けて朝ごはんを探す。
朝早いしシリアルでさっぱり済ましたいけど冷たい牛乳を飲むのはいやだし、調理するのは面倒。
悩んだ末に、冷凍庫からフリーザーバッグをつまみ上げた。中身はラップに包まれた食パンだ。
私がラップを剥いてトースターにセットしていると、透くんはキッチンを覗き込みながら「卵焼きもたべますか?」と聞いてきた。
聞かれると食べたくなる。だけど透くんに目を向ければ、早朝だというのに、もう出る準備が終わっている。そう言ってくるということは時間に余裕があるのだろうけど、朝早くから仕事に行く透くんの手を煩わせるほど食べたいわけでもない。
私は軽く断って、インスタントのスープを飲むためにお湯を沸かした。
「透くん、北海道のお土産は何がいい?」
家の中を行ったり来たりする透くんを捕まえて、忘れる前に問いかけた。
「北海道?」
「今度、仕事で行くの。北海道のどこに行くかは決まっていないんだけどね」
昨日のうちにキュラソーにクボタンのことを連絡した。キュラソーは久保田正也のパソコンの検索履歴に北海道の地名があったことを覚えていた。ただ、北海道の痕跡はそれだけ。だからキュラソーもパソコンを探ったときに重要視していなかったのだけど、久保田正也が本当に北海道に行っているのだとするとそれしか残っていないのが逆に怪しい。キュラソーもクボタンが久保田正也であるという考えに同意しているので、消された北海道の痕跡を探して見つけ次第、北海道に発つことになっている。
「北海道か……。今の季節は寒いですよ?」
「カイロいっぱい持っていかないとね」
「防寒着ももう少し買い足さないと」
顎に手を当ててぽつりと呟く。
私のクローゼットの中に、雪国に対応した服はない。山形のスキー場に行ったときの服はサイズアウトしたから引っ越しのときに捨てたし、ニューヨークのときは現地でベルモットに渡されたものだから置いてきた。
「明後日なら時間があるので買いに行きましょうか」
「うん、私は用事がないけど、透くんは本当に大丈夫なの?」
「ええ」と簡単に頷くけど、毎日のように仕事に行っているのに信じられない。透くんのことだから、こんなことで依頼をすっぽかさないとは思うけど。
訝る私に、透くんは視線をさ迷わせたあと、頬を掻きながら苦笑いした。
「実は、今は探偵の仕事はお休みしているんです」
「え? でも昨日は……」
「弟子入りしたんです」
「弟子入りぃ?」
怪訝な声に透くんはおかしそうに笑った。
「そんなに変ですか?」
「そりゃあ、……透くんが誰かの弟子になるなんてまったく想像できないから」
人の下につく透くんなんて考えられない。
だけど、その師匠が「シェリーの行方の鍵を握る探偵」だと聞けば納得した。そういう繋がりか。
「じゃあ今から行くのも、その師匠のところ?」
「いえ、弟子入りのついでに喫茶店のアルバイトも始めまして……」
再び「喫茶店のアルバイト!?」と素っ頓狂な声を上げる。
それも、ターゲットがよく訪れる喫茶店だと聞けば、なるほどと納得する。それと一緒に、この前のオムライスとコーヒーはこれのためかと理解した。
秘密主義の透くんにしては詳しく教えてくれるなあ、なんて考えながら焼けた食パンをお皿に取り出してバターを塗ってイチゴジャムをたっぷり乗せた。
甘ったるいトーストをザクザク食べていると、マフラーも巻いて今まさに家を出ようとする透くんが「そうだ」と声を上げた。
「愛子だったら喫茶店で何を食べたいですか?」
「……メロンソーダかなあ」
鮮やかなメロン色と真っ白のクリームのコントラストも、溶けてマーブルになったところも見ていて楽しいし喫茶店らしい。
私の返答を聞いて透くんは「ふむ」と思案した。
「どうしたの?」
「いえ、喫茶店に来る子達が喜ぶものを僕も作りたいなと思いまして」
「……メニュー開発までしているの? ねえ何を目指しているの?」
「ああ、ターゲットには高校生の娘さんがいて、よくご友人と喫茶店にいらっしゃるので――」
「食べ物で取り入ろうっていうのね」
私は思わず頭を抱えた。
よく行く喫茶店の店員さんにサービスされたら嬉しいだろう。透くんはイケメンだし。だけど、それが微笑ましい光景に見えるのは、透くんが完全に好意だけでやっているときだけだ。どんなものであれ下心が含まれていることを知ってしまった以上、私は軽く流せない。
「いえ、僕が取り入ろうとしているのは、父親の方で……」
「でも食べ物で釣って情報を漏らしたらいいな、っていう考えもないわけではないでしょ?」
「まあ、確かにありますが」
「じゃあ不純じゃない! だめだよ、そんな下心で高校生の女の子に近づいちゃ!」
私の言葉に透くんはムッと唇を尖らせた。
「いや、たぶんその子たちはいやがらないとは思うんだけど、もし同じこと他の人……たとえばライとかジンがやっていたら透くんだって止めるでしょ?」
柔和なイケメンだから許されることだよ。と遠回しに言えば、透くんもちょっと思うところがあったようで静かに頷いた。
「ターゲットが父親なら、娘に近づく男に敏感なこともあるし」
「……そうですね。軽はずみなことをするところでした」
ほっと安心する私に、透くんは「愛子に相談してよかったです」と笑顔を浮かべた。そのときちょうど朝日が上りはじめ、キラキラした表情がより一層輝く。
だからか、部屋を出ていく透くんはいつも以上に笑顔が晴れやかな気がした。