19
「息、しなくなった」
「死んだか?」
「うん」
ジンの声は普段通りだった。
――雲雀くんは立ち上がり、トンファーについた血を振り払うと、次の獲物を組織の男たちに定めトンファーを構えた。
「先に入ってた男たちが、若い男に襲いかかった」
「ふん。すぐに片がつくだろう」
「若い男が、一人……ううん三人倒した。『邪魔』って言ってる」
「なんだと?」
舌打ちが車内に響く。自分の手下が予想外の乱入者、それも飛び道具も持っていない者に倒されるとは思ってもなかっただろう。ジンの機嫌が急降下していくのを肌で感じる。
「残り五人か」
「ううん。また一人倒した。棒でピストルの弾をはじいてどんどん殴っていく」
――一人、また一人倒す。いつもの雲雀くんより攻撃的で、本能的な戦い方。まるで昔の雲雀くんみたいだった。最近雲雀くんは中学の頃と比べると随分と落ち着いて、戦い方も余裕があるからこんなに好戦的なのは久々に見る。踊るように滑らかに、身体全体をしならせてトンファーで確実に急所を殴っていく。
戦いはジンの言ったとおり、すぐに終わった。ただしジンの予想とは逆の結果で。
最後に、雲雀くんがFBIの懐からスマートフォンを取り出し、これまたトンファーで破壊したことをジンに伝えた。
――倉庫の中には雲雀くんしか立っていない。組織の人間は倒れているけど、死んではいないからすぐに処置をすれば問題ないだろう。
「男が出て行ったけど、追いかける?」
雲雀くんが安全な場所まで移動してから、私は後部座席を振り返ってジンに聞けば、地獄の底から出したような低い声で「今はそんなやつよりネズミのことだ」と言って車から出た。
FBIはネズミっていうより犬のイメージがあるけど。ジンが言っているのはそういう意味じゃないってことはわかっているけど、ふとそう思ってしまった。
ジンは私も降りるように指示したので、それに従って降りるとスコッチもついてきた。離れた場所に車を停めていたので工場まで距離がある。
スコッチが鉄の重い扉を開くと、ギギイと嫌な音がした。そして、むっと中からむせ返る血の匂いがした。中の様子を見たスコッチは、私の方を見て顔をしかめた。中に入れさせたくなさそうな様子を見せた。だけどジンがそれを許すはずないし、そもそもすでにその惨状を見ているのでスコッチが気を使う必要はない。
スコッチとジンに続いて中に入って、二人より少し離れた位置に立った。ここからでもFBIの死体は見えるからジンは何も言ってこない。
「ふん。確かに死んでいるな」
「すごい打撲痕だ」
「……おい愛子、こいつを殺した男の顔は見たのか」
「ううん。この中暗いから見えなかったね。スーツも髪の毛も黒いのはわかったけど」
「……まあいい」
ジンはFBIの脈を確認したあと、横に落ちているスマートフォンを手に取ってポケットに入れた。修復を試みるのだろうけど、雲雀くんは死ぬ気の炎を使っているからきっと修復は不可能だ。
二人が倉庫の中を歩き回って雲雀くんの痕跡を探すのを傍目に見ながら、私は壁際に突っ立っている男に目を向けた。
そこには青い顔をしたFBIが立っている。
雲雀くんに撲殺されて地面に伏せている汚い死体は私の作った幻覚だ。本物は霧のベールで包み込んで隠していたのだ。
単純な計画だけど、幻術の存在を知らないような彼らなら十分に騙せる。
このあと組織の人たちがみんないなくなって安全を確保されたら風紀財団の人がFBIを回収して、私の代わりにFBIと交渉してくれる手筈になっている。
部屋をぐるっと回って戻ってきたジンは、私を観察するようにじっと見つめ微かに笑った。
「合格だ」
「え?」
「お前の組織加入を認める。こいつがなぶり殺される瞬間を平気で見ていられるなら問題ねえだろう」
「こいつ」と言いながら死体を蹴飛ばした。
試験のことはスコッチも知らなかったようで驚いている。ジンと私を交互に見たあと、苦笑いを浮かべながら「よかったな」と髪の毛を掠めるように撫でた。
それを見ることなくジンは踵を返して倉庫を後にした。
「この倒れてる人たちどうするの?」
「あとで回収させる」
あとって大丈夫なのかな。気絶していない人は、痛みに呻き声をあげながらのたうち回っている。
戸惑っている私の手をスコッチが取って、足早にビルから離れていく。「疲れただろ? 早く帰ろう」とぐいぐいと手を引く。
ジンはここまで来た車で帰るらしく、車には私とスコッチしか乗らなかった。
「大丈夫か?」
「なにが?」
「人の死ぬところを見て、気分が悪くなってないかい?」
「……うん、大丈夫だよ」
大丈夫と答えていいのか迷ったけれど、大丈夫じゃないと嘘をついてもすぐ態度でバレるから素直に答えた。
人の死は、後ろ暗い世界に足を踏み入れてから嫌というほど見てきた。ボンゴレに入った時点で、死神が鎌を振り下ろすのを見る覚悟はできている。それが敵にでも、味方にでも、そして私にでも。
綺麗な細い三日月が、死神の不気味な笑顔のように見えた。