20

 目を覚ますと知らない部屋だった。
 確か、FBIの死を偽装してからスコッチに送ってもらっている間に眠くなってしまったはず。着いたら起こすと言っていたけど、起こしたが私が起きなかったのか、それともスコッチが起こさなかったのか。
 最後に一緒にいたのがスコッチだし、誘拐はないだろう。部屋も広くて綺麗だし。個人の部屋というより応接間のような場所で、寝ていた大きなソファーから起き上がるとパサリと毛布が床に落ちた。立ち上がって毛布を拾い、ソファーの上に置く。
 勝手に部屋から出ていいのかわからないけど、ここがどこか知りたい。裏社会に染まった私には、知らない場所にいるのはとても気が張って疲れてしまうのだ。
 薄暗い室内に光を注ぐ大きな窓に近づいて外の様子を見てみると、赤や黄に染まった木々たちが風に揺れていた。目を凝らしても、他の建物は見えない。
 森の中?
 自然豊かな風景に目を丸くしていると、後ろからカチャリとドアノブが回された音がした。

「起きたか」
「あれ? ……ライ?」
「なんだ、そんな不満そうな顔をして」
「スコッチは?」
「あいつは用事があるから帰った」

 ライが手招きするので部屋から出た。

「ここは組織の本部だ」

 廊下に出て歩きながら、さらりと爆弾を落とされた。そんな重要なことを明日の天気を言うように言われたので、一瞬流しそうになった。

「組織に正式に認められたから本部に連れてこいとジンから言われたんだが、どうやら彼も用事ができて来られなくなったらしい。お前より少し前に入った女につきっきりだそうだ。それで俺がお前に本部を案内するように言われて来たんだ」
「ふうん」

 ジンとライならライでよかったかな。いや、そうでもないか? まあ五十歩百歩だ。
 本部にはほとんど来ることがないらしい。一応本部として形はあるけれど、個人的な活動が主なのでほとんど使わない。だけど、森の中で広大な土地があるので武器や訓練所など人目を憚る施設が充実している。と説明してから、お前が使うことはしばらくないだろうがな、とライは締めくくった。
 そしてまた前のようにライからの不躾な視線を浴びながら、私が最初に寝かされていた応接間に戻った。

「帰らないの?」
「帰るが、その前にこれを渡しておこうと思ってな」

 そう言って、ライはソファーの端に置いてあった紙袋を渡してきた。
 可愛らしい紙袋があるなと気づいていたけど、まさかそれが私にくれるものだったなんて。
 いったい何を持ってきたんだろうと、居住まいを正して紙袋の中を覗いた。中には簡素な紙の箱が入っていた。ケーキが入ってそうな雰囲気に胸が踊る。
 柔らかい箱が潰れないように、そうっと持ち上げた。安定感があるのでケーキではないらしい。甘い香りも控え目だ。いったいなんだろうと首を傾げながら蓋を開けた。

「クロワッサン!」

 プレーンとチョコがかかった二つが入っていた。

「この前のことは悪かった。……まあ、これはそのお詫びだ」

 この前だけじゃなく、今日だって視線が気になったけれど真摯な態度に免じて目を瞑ろう。
 食べていけと言ってくれたので遠慮なくソファーに腰を下ろした。そして、いただきますと言うのと同時にクロワッサンにかぶりついた。サクサクだけどしっとりしていて美味しい。箱からして高そうだと思っていたけど、味も上品だった。
 クロワッサンを食べ終わり、空き箱を紙袋に入れようとしたときに、何かまだ入っていることに気づいた。細長い筒状の物で軽い。開けてみるとサングラスが入っていた。
 ピンク色のミラーサングラスは子供用というより大人向きなデザイン。だけどボストン型のそれを持ち上げると小さくて軽い。これも私のものだろう。
 どうしてサングラス? と心の中で首をひねっていると「お前に必要だろう?」とライが教えてくれた。一瞬、何のことかわからなかったけれど、すぐに千里眼のことだとわかった。なるほど、これで赤い目を隠せということか。
 試しにサングラスをかけてから、目を赤くした。そしてライを見る。

「どう?」
「問題ない」
「はーい。じゃあ、これからはこのサングラスに合う服にしなきゃね」
「今の服でも十分だろう?」
「可愛い系よりかっこいい系にしたいの!」

 レースで膨らんだ黒いスカートの裾を持ち上げて言った。
 わけがわからないという顔を隠さないのが面白い。バーボンだったらきっとそんな顔しない。
 よく考えてみれば、ライは素直なのだろう。疑問が顔に出る。だから私のことも気になってじろじろ見てしまった、そう考えると不信感や不快感のないあくまでフラットな視線だったことも納得できる。
 少しだけライに対する見方が変わった私は、朝日の眩しさに思わずくしゃみをした。

ヒトリヨガリ