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裏組織の間で「ブリガンテファミリーが人体実験を行い千里眼をもつ子どもを作った」という噂が広まったのは、つい一週間前のこと。あまたの犯罪組織がブリガンテファミリーの情報を求めて暗躍した。もし、千里眼が手に入れば情報戦で優位に立てる。そう、ほとんどの組織が考えた。もちろん黒の組織も。
黒の組織はすぐに千里眼を手に入れるべく動いた。
それと同時にブリガンテファミリーに忍び込んだのが私だ。ボンゴレ十世の守護者の術士、六道骸と肩を並べるほどの腕前と称される私がその「千里眼をもつ子供」だからだ。
あの日、出された紅茶にはボンゴレで開発された年齢操作の薬が混ぜられていたのだ。味方の屋敷と油断していた私は警戒することなく飲み、目が覚めたら体が縮んでいた。
詳しい説明をしたあと、「千里眼なんて使える駒、喉から手が出るほど欲しがるだろ?」と言ったリボーンの邪悪な顔はしばらく忘れられそうにない。
汚い牢屋に寝転がりながら、黒の組織がブリガンテファミリーを壊滅させるのを今か今かと待ちわびる。幻覚で体を傷だらけに、そして虐げられていたようにか細くしている。これで私は何も知らないただの被験者に見えるはずだ。目を閉じて、リボーンや骸から言われた作戦を何度も反芻する。
黒の組織がこのファミリーを壊滅させたら、そのまま組織に拾われて従順な駒のふりをする。簡単簡単。潜入捜査自体は何度もやっているし、今回は私から動くことはないからよっぽど不審な動きをしない限り今までの任務の中で一番簡単じゃないだろうか。
うっかり鼻歌をうたっていると、地面に押さえつけた頭から震動を感じた。
作戦が始まったようだ。
ブリガンテファミリーに対しては骸が幻覚をかけて操っているし、なんにも心配はない。私はただ黒の組織を待つだけ。一応芝居をしておくか、と苦しげな表情を作っていると、耳元で「大根役者ですね」なんて不愉快な声が聞こえた。
「骸?」
顔を上げれば瑠璃色の髪の端整な顔立ちの青年が私の頭のそばに立っていた。
「ええ。牢屋に転がっている気分はどうですか?」
「悪くないわ」
「そうでしょうね。ちっとも苦しそうに見えませんから」
小馬鹿にしたような声音に顔をしかめれば、「僕がリアリティーを出してあげましょう」と何か企んでいるような言葉を吐いた。その瞬間に、全身に激痛が走った。
「いっ、痛い! なにしたの!」
全身の皮が剥がされ、むき出しの肉の上から縄で縛られているように、ぎりぎりちくちくぐさぐさと色んな痛みが襲う。目の奥も燃えるように熱い。眼球が爆発するんじゃないかと思うほどごりごりぐりぐり痛む。食道や胃は焼けるように痛く、全身痛くないところがないほどだ。
「大丈夫、ただの幻覚ですよ」という優しい声を残して骸の気配はなくなった。
それはわかっている。でも幻覚とわかっていても痛いものは痛い。逃げたいけど、これも任務のためだから幻術を跳ね返すこともできない。
地面に転がっていても、コンクリートと接する皮膚がずきずきと悲鳴をあげるので寝転ぶことさえできない。炎の中に投げ込まれた芋虫のように牢屋の中をのたうち回り、壁に激突してまた口から悲鳴が漏れる。
「ふー! っふー!」
息を吸うことも吐くこともつらく苦しい。目は依然として開かず、今牢屋のどこにいて、どんな状態でいるのかもわからない。暗闇の中で痛みに悶えて、ただ作戦が早く終わることを願った。
「いたい」「やめて」「しんじゃう」「あつい」。意識が朦朧とした中、そんな言葉を何十回と繰り返していると、遠くから女の声がかすかに聞こえた。だけど私の耳には、私の喘ぎと悲鳴と泣き声しか届かない。黒の組織が来たのか、それとも違うのかも判断できない。
「あら、小汚ない猿だこと」
女性の小さな呟きが聞こえた。不思議とその凛とした声は脳内に響いた。
「おい、早く連れてこい」
女が嘆息を漏らしてから私を担いだ。女の腕が食い込んだ腹が鈍痛を叫ぶ。
「いっ! ああああ!!」
「耳元で叫ばないでよ。……どうする、ジン」
「ふん。そのガキが本当に千里眼を持っているか確かめろ。持っていたらどうにかする。持っていなかったら……」
「このまま捨てておく、でしょ」
「ああ」
話終わると、女は私をベッドに座らせ私の耳元に顔を寄せて、しっかりと声が届くように先ほどより大きな声で話しかけてきた。
「ねえ。私たちあなたを助けに来たの。でもね、ここの悪い人たちのせいで研究所から出られなくて困っているのよ。あなた、どうにかできない? 美味しいスープや暖かいブランケットがほしいでしょ? ここから出られたら、いくらでもあなたの欲しいものをあげるわ」
ひどく優しい声に驚いた。さっきまでの氷のような声からは考えられない。うっすらと目を開くと、ウェーブがかったブロンドヘアーの、圧倒されるような美女が目の前にいた。
「ねえ、あなた千里眼が使えるんでしょう? 遠くにいる、悪いやつらの場所わかるかしら?」
どうにか首を縦に振り、一度目を閉じ深呼吸した。
まずは目を赤に変える。そのまま透明の分身を遠くに作り、走らせる。分身の目を私の目とリンクさせる。
――廊下の景色が見えた。
成功だ。もう一度深く深く呼吸をしてから目を開いた。
「目の色が……」
「人が、いっぱい、……いっ、うぐ」
「大丈夫よ。ゆっくりでいいわ。……人がいっぱいいるのね。それで、あなたをここに連れてきた悪い人はどこ?」
「黒い人、黒いっ、ひと……赤い血。……わるいひと、上」
「上の階? 周りには何があるのかしら」
「本、机」
様子を見ていた男が「書斎か」と呟いた。そのまま誰かに指示をしている。
「書斎は何階にあるの?」
「三回っ、かいだんを上った」
「ここは地下だから二階に書斎があるのね」
「右の本の奥、悪い人!」
げほげほと咳をすれば、女の人が優しく背中を撫でてくれた。どうやら私の千里眼を信じているようだ。
「悪い人の前に、誰か来た」
「どんな人?」
「黒い。……大きい、男。あっ」
「どうしたの」
「悪い人、撃たれた」
私の分身の目に、ブリガンテファミリーのボスが黒を纏った男に撃たれたのが鮮明に映った。
どうやら終わったようだ。このまま黒の組織に潜入できるといいんだけど、と気が緩んだのか、ずっと朦朧としていた意識がついに限界にきたようで抗うこともできずに意識を手離した。