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 全身を包み込むような鈍痛で目が覚めた。どうやらまだ幻覚が継続しているらしい。
 寝ている間、うなされていたのか喉が痛い。それに身体が重く、動くのが億劫だ。
 ぼーっとベッドに寝たまま、ふかふかの布団の感触を楽しむ。枕もふかふかで雲に乗っているよう。天蓋つきベッドという適度な閉鎖感につい気が緩み、かろうじて動く腕で布団をぼすぼすと叩いて遊んだ。
 しばらく、ばたばたとベッドの上で泳ぐように遊んでいると、「おや、楽しそうですね」なんて若い男の声が降ってきた。

「ひっ」

 驚いて出た私の小さな悲鳴に、先ほど話しかけてきた男が慌てて顔を見せた。

「ああ、驚かせましたか? すみません」

 申し訳なさそうな表情の男は優しく微笑んで、そっと髪を梳くように私の頭を撫でた。大きなたれ目の男は、まるで犯罪組織に属しているようには見えない甘い声音をしている。

「僕はバーボンといいます。あなたの名前は?」

 バーボン。お酒の名前ということは、こんな彼も組織の幹部ということか。

「私は……、愛子」
「愛子? 名字は?」
「ない」

 そう答えるのがリボーンからの指示だった。「お前はバカだから偽名なんて使ったらバレるだろ」なんて言われたのだ。あながち間違っていないから悔しい。
 バーボンは私に名字がないことなんて気にした様子もなく、何度か確かめるように私の名前を繰り返して呟いてから、もう一度頭を撫でた。

「痛いところは?」
「全身」
「でしょうね。ごはんは食べられそうですか?」
「わからない」
「フルーツとリゾットを用意しますから、食べられそうなら食べてください。他にほしいものはありますか?」

 首を横に振ると、バーボンは頭から手を離しベッドから離れた。小さな身体に広いベッドは少し寂しくて、とっさに彼の腕を掴んでしまった。何か話すことはと目線を揺らして考えていると、バーボンの小さな笑い声が聞こえた。
 「大丈夫、どこにも行きませんよ。ごはんは持って来させます」なんて小さな子供に言い聞かせるように言うから顔が赤くなった。外見的には五歳の子供だけど、中身は成人した大人なのだ。あんまり優しくされると照れてしまう。バーボンが電話で誰かにごはんを持ってくるように指示しているのを聞き流しながら、私は隠れるように布団に潜り込んだ。

「お喋りしないんですか?」
「……したい」
「じゃあ、出てきてください」

 もぞもぞと布団から顔を出すと、バーボンがそっと体を起こしてくれた。肩と背中に触れた手は大きくて安心した。
 私の顔を覗きこみながら「ここがどこかわかりますか?」と聞いてきた。私は窓から見える景色でイタリアに留まっていることはわかったけど首を横に振った。「前にいたところは?」と続けて聞かれたので、また同じように首を横に振る。バーボンは顎を触りながら思案した。

「前にいたところで、何があったかわかりますか?」
「じっけん?」
「そう、実験です。悪い人が君を使って実験していたんです。僕たちはそれを知って君を助け出しました。ここは安全な場所だから安心してください」

 犯罪組織が安全な場所なわけないでしょ、という言葉を飲み込んで、とりあえずといった具合に笑っておいた。ほらー、無邪気な子どもですよー、なんて心の中で言う。と同時に脳内に骸のバカにした顔が浮かんだ。
 たしかに私の演技は小学生レベルだ。今までだって幻術を駆使して任務を遂行してきた。ある意味イカサマをしているようなもの。
 バーボンは私の雑な演技に疑問を持たなかったようで、優しい表情のまま「君のことは僕たちが守りますよ」と囁いた。その声はとても艶やかで、まるで五歳の子供に向けるものとは思えない。まさか彼はロリコンというやつじゃ……と恐怖を感じていると、彼は「その代わり」と言葉を続けた。

「その能力を組織のために使ってほしいんです」

 ロリコンじゃなかった。もっと打算的な考えで動いていた。
 何も考えていない無邪気な子供を装って元気よく頷く。

「能力を? うん、いいよ」
「そう言ってくれて嬉しいです。では、さっそくその能力について教えてくれますか?」
「うん、ちょっと待ってね」

 前と同じように目を閉じ幻術で目の色を変える。

「目が、赤い?」

 これもリボーンから指示されたこと。面倒だけど千里眼を使っている間、目を赤くすることで、逆に言えば組織の人たちは目が赤くなければ能力を使っていないと思うのだ。

「……それで千里眼はどこまで見られるんですか?」

 バーボンの言葉で透明の分身を走らせた。
 ――建物はボンゴレの屋敷とは随分違う。手狭な家の中はリフォームされているのかイタリアらしからぬ近代的なデザインだ。アパートのような建物を研究所として使用しているらしい。廊下を走っていると階段があった。下へ下へと階段を降りて、玄関ホールまでたどり着いたところで足を止めた。

「この建物の中までなら見られるよ」

 嘘だけど。本当は分身を外に出すことだってできる。でも本当の実力を組織に教えるなんて馬鹿なことはしない。

「玄関に置いている花、きれいだね。紫色の……」
「アヤメですよ。他には何かわかりますか?」
「うーん……あ、玄関の暗証番号は〇三一七でしょ」
「そんなことまでわかるんですか?」
「ちょうど今、ドアを開けた人がいたから手元を見たの。それだけだよ」
「なるほど」

 納得したように頷き、他には、と目で訴えられた。

「うーんっと……」
「千里眼はどういう風に見えるんですか?」
「まず、この部屋の前が見えるの。そこから廊下を通って階段を降りて玄関に着いた……から、一瞬で全部わかるわけじゃないの」
「じゃあ、今この瞬間に部屋の前に誰かいるかを確かめることはできないというわけですか」
「ううん。一回見たから一瞬で部屋の前を見ることはできるよ。玄関と部屋の前を同時に見ることはできないけど」

 玄関の分身を消して、部屋の前に作り直すだけだから簡単な作業だ。バーボンは私の能力を復習するように呟きつつ、小さな手帳に文字を書き入れた。それを見て幻術を解く。全身の痛みが引いていないので長時間の幻術は堪える。
 大きく息を吐いた私に気づいたのか、バーボンが私の頭を慈しむように撫でてから、私の体を抱きしめるように支えてベッドに寝かせた。

「言い忘れていましたが、僕は愛子のお世話係なんです。だから遠慮なく甘えてくださいね」

 大きなたれ目を細くさせ甘く微笑んだバーボンは、ずるいくらいかっこよかった。

ヒトリヨガリ