21

 硬い表情のバーボンが部屋に押し入ってきてから十数分。見つめ合ったまま時間だけが過ぎていく。
 窓の外で雨がザアザアと降りしきる音が鮮明に聞こえてくる。
 髪の濡れているバーボンにタオルを渡したときにお礼を言われてから、バーボンは何も話していないので、どうしてそんなに何か言いたげな、だけどそれを躊躇うような顔をしているのかわからない。なにを我慢しているんだ。なんだ、トイレに行きたいのに間違えたの? なんて冗談言いたいけど、生憎言える雰囲気じゃない。
 誰か助けて、という願いが通じたのかドアをノックする音が響いた。一応バーボンに一言だけ告げてから玄関に向かう。
 ドアを開けたらスコッチが荷台を持って立っていた。

「やあ愛子ちゃん」
「スコッチ、こんにちは。その荷物なに?」
「ソファーだよ。バーボンに愛子の部屋にはソファーがないって聞いていたから、必要かと思って」
「うん? たしかにソファーはないけど、でもどうしてスコッチが?」
「初任務成功祝いだよ。バーボンも一緒に祝う予定だけど、まだ来てないのかい?」

 初任務祝い、それでバーボンが来たのか。だけどバーボンが来た理由はわかっても、沈んでいる理由はわからないまま。
 「来てるのは来てるよ。……まあスコッチも入って」と、スコッチを中に促した。部屋に入ったスコッチは、ベッドに腰かけて暗い表情のままのバーボンを見て、驚いて声を上げた。

「バーボン!」

 手近なところに大きな段ボール箱を置いたスコッチがバーボンに駆け寄った。その声でようやくバーボンの意識が戻った。
 バーボンは目頭をほぐしながら「ああ、考え事をしていました……。すみません」と軽く笑った。その表情には少し疲れが見えたけど、それを私に悟られたくないようだったので口をつぐんだ。
 立ち上がったバーボンは、ぐっと伸びをしてから私と同じようにスコッチに段ボール箱のことを聞いた。「ソファーだ」という短い返答に納得したバーボンはスコッチが段ボール箱からソファーを出すのを手伝った。
 大人の男が二人でやれば、あっという間に部屋の真ん中にソファーが現れた。
 どっしりとした一人掛けの白いシェル型ソファーは大人用で大きいけど色のおかげで圧迫感はあまりない。ホテルのような内装にピッタリな落ち着いたデザインだけど、ぷりっと丸いくて可愛い。
 スコッチに促されてソファーに座ると、思ったより体が沈んでボフンと音が出た。ふかふかのクッションが全身を包み込んでいるみたい。

「座り心地はどう?」
「すっごくいいよ! ふかふかだ〜。ありがとう」

 感触を確かめるために、ぼふぼふとソファーの上でバウンドすると、スコッチは「喜んでもらえてよかったよ」と笑った。

「僕からは、このリュックを」

 バーボンも持っていた小さな紙袋を渡してきた。
 中にはバーボンの言うとおり黒のレザー地のリュックが入っていた。取り出すと、荷物を入れる部分は丸く、上部にはウサ耳がついている。
 ライのミラーサングラスにしても、スコッチのシェル型ソファーにしてもそうだけど、ただ可愛いだけじゃなく大人っぽさを取り入れている。三人とも洞察力が鋭い。
 お礼を言ってからリュックを開いたり背負ってみたりして楽しんでいたら、またバーボンの顔がだんだんと下がっていった。

「……ねえバーボン、大丈夫?」
「何がです?」
「いつもと違うよ。ねえスコッチも変だと思うよね?」
「ああ、心ここにあらずって感じだ」
「なんか悩み事? 誰かにいじめられてる?」

 「いじめられてる」という言葉でバーボンは噴き出した。
 私は真剣に心配しているのに。むっと口を曲げると笑いながら軽く謝ってきたけど、バーボンの後ろでスコッチもケラケラと笑っていて全然悪いと思っていないのが丸わかりだ。
 ソファーに座ったまま、足の届くバーボンの脛を蹴ったらまた笑われた。
 だけど、さっきまでの暗い表情が消えているから少しだけ安心した。本当はどうして暗い表情をしていたのか教えてほしいけど、きっとバーボンは教えてくれないだろう。プライド高そうだし。

「もう、せっかく許そうと思ったのに、そんなに笑うなら許さないからね!」
「すみません。機嫌なおしてください」
「機嫌なおすかわりに、次に会うときにケーキ持ってきてよ。バーボンが作ったやつね!」
「え、ケーキ?」
「いいじゃないかバーボン、愛子を心配させたんだしケーキくらい作れば」
「スコッチ……、簡単に言わないでください」
「あ、そうだ! スコッチも笑ったんだからスコッチもケーキを作ってよ。バーボンの手伝いね」

 笑顔でスコッチを見れば、ぴちりとスコッチの動きが止まった。バーボンは顔を背けて笑った。

「あー、……わかった。バーボンと一緒に作るよ」

 観念したスコッチが苦笑いを浮かべながら頷いた。案外簡単に了承して驚いた。
 肩を並べてお菓子作りをする組織の幹部。そう思うと笑えてきた。すると今度は二人の方が渋い顔をするのでおかしくてたまらない。
 いつしか二人とも格好を崩して、バーボンはたれた目尻をさらに下げて、スコッチはきゅっと目を瞑って笑いだした。
 秋雨前線が南へ抜けきらず雨が続く中で、組織のフロント企業のここは今日も穏やかに時間が過ぎていく。

ヒトリヨガリ