59

 明美さんとロッシの助言のおかげで、バーボンは本来の調子を取り戻したようだった。
 それはよかったのだけど、私のミッションは進展がないまま。
 社交パーティがあるわけでもない。男女の出会いの場に混じることもできない。社会的繋がりのない私が人と出会う場なんて公園か、どこかのお店くらい。
 そこで、いいとこの家族が来てそうな公園や、店員や客層がよさそうで且つフランクに話せそうなお店を視察するため、暇を持て余しているロッシを駆り出してふらふら彷徨う日々を送っていた。
 毎回私が電話をかけて暇かと聞き、ロッシが「忙しい」と素気無く断り、そんなこと気にせず無理やり約束を取りつけるのが恒例になっている。
 もちろん、そういう場所ばかりだとロッシに怪しまれるから再会した神社で会うだけのことや、ロッシの希望に合わせてラーメンを食べに行くこともあった。
 焦って作った繋がりにロクなものはない。それを組織の人たちもわかっているから、遅々として進んでいなくても急かされることはなかった。
 ロッシと会うときは、明るい服を着ることができる。今日はパステルカラーのグラデーションがかったワンピース。あいにくの曇り空。灰色の重たい雲が太陽を隠しているけど、ワンピースのおかげで上機嫌だ。
 子供の体は軽くてしなやか。動きやすい。
 私は、特に急いでいるわけでもないのにスカートを翻して細い道を駆けた。
 外を走り回れるのは子どもの特権な気がする。大人になると、いつの間にか走るのは格好悪いみたいな風潮で余裕のあるふりをして歩いていた。はやる気持ちのまま走るのはこんなに楽しいのに。
 露店に脇目も振らず直進し、ゆるやかな上り坂は足に力をこめて進んだ。
 そして到着した神社の前の売店に、ロッシはいた。
「ロッシ!」と声をかけると、緩慢な動きで私の方を見た。今日は曇っているからサングラスはかけていない。きりっと大きな目が遮るものなく私を見ていた。

「今日も元気そうだな」
「まあね。ロッシは今日も気だるげだね」
「わざわざお前のために家から出たからな」
「そうなんだ、ありがとう」と、ロッシの嫌味を気にせずに言う。

 売店の軒先のベンチに腰かけ、そしてお店の人にソフトクリームを一つ頼んだ。抹茶ソフトだ。ロッシは僅かに時間をおいてアイスコーヒーを頼み、私の分とまとめて会計をした。
 お金は、私が場所を指定したときは割り勘だけどこの神社で会うときはロッシが払う、というのが暗黙の了解になっている。私は任務の一貫でお金が支給されているし自分の分は自分で払えるけど、さすがに六歳児にあまりお金を払わせたくないようでこういう形に落ち着いた。
 お礼を言って、大袈裟に喜びながらソフトクリームを受け取った。

「そういや、俺のことをニートだなんだと言ってたが、お前こそ小学校はどうしたんだ」

 ソフトクリームを食べようと口を大きく開けたまま固まった。
 今さら過ぎるが、至極まっとうな疑問だ。普通なら小学校に入学している歳。
 組織にいると、小学校に行っていないことの方が当たり前になっていて言い訳を考えるのを忘れていた。何かいい返事はないかと頭を回転させるが、脳内のリボーンが「お前がうまい嘘をつけるわけねえだろ」とバカにしてくる。悔しいけど、まったくそのとおりだ。

「……なんでもいいでしょ。子どもにも色々あるの!」

 嘘ではなく、勢いで誤魔化す。それが私のやり方だ。ボンゴレらしいスマートさなんて持ち合わせていない。

「なんでもよくはねえだろ。親はどうしてるんだ」
「親は関係ないでしょ」
「お前を学校に通わせるのが親の義務なんだから関係あるに決まってる」

 ごもっともだ。本当に、ロッシの言うことがまともすぎて驚く。そんな世間の一般的な価値観を持つ人が最近周りにいなかったから対応に困る。それに頑固な常識人は説得に骨が折れるからげんなりしてしまった。
 私は「子供の世界もややこしいの!」と理由になってない理由でねじ伏せた。この見た目だからできることだ。子供に論理的な会話を求めてはこないだろう。
 思ったとおりそれ以上追求することを諦めたロッシは、それでもまだ何か言いたげにコーヒーを飲んだ。そのまま疑問も飲み込んでしまえ。

「何か悩みごとでもあるのか」

 今度は落ち着いたトーンで、まるでカウンセリングのように聞いてきた。
 何もないと言い切ってしまえば簡単だけど、そうするとまた「じゃあ、なんで学校に行かないんだ」とループするに決まっている。お節介なんだかデリカシーがないのかわからない。
 そういう相談に慣れていなさそうなところを見るに、きっと善意のお節介なんだろうけれど余計なお世話だ。
 だけど、どうせなら利用させてもらおう。

「……友達ってどうやって作るの?」

 最近の私の悩みは「コネを作れ」という命令だ。そのままコネと言うわけにはいかないから友達と言い換えた。すると、学校に行かない理由にもピッタリ当てはまりそうだった。

「友達か……」

 どこか懐かしむように遠い目をするロッシに「新しい友達を作らないといけないんだけど、作り方がわからないの」と補足する。

「なんだ、入学して先生に『友達百人作りましょう』とでも言われたのか?」

 冷やかすロッシの腕を叩いた。
 ロッシはアイスコーヒーのカップをぐるぐる回す。氷がガラガラと音をたてる。

「別に作れないんだったら作らなくていいだろ。友達はいるんだろ? 先生に言われたのか親に言われたのか知らねえが、わざわざ新しい友達なんか作らなくても、今いる友達と遊んでろよ。……ってまさか、いないのか?」

 むっと眉を寄せて聞いていると、ロッシはピクリと頬をひきつらせた。
 一般人の私にも、ボンゴレの私にも友達はいる。でも黒の組織の私には友達なんていない。
 コネを作るのに友達が必要なだけ。なのに、この間会った明美さんの晴れ晴れとした表情を思い出して、気づけば溜息とともに「友達、ほしいなあ」という言葉が漏れていた。

「あんまり難しく考えるなよー」

 がしがしと頭を撫でられて頭が左右に揺れる。

「難しく考えてる?」
「考えてるな。俺が小学一年のときなんか、もっと何も考えてなかったぞ」

 ――空っぽかあ。
 私だって小学一年のころは頭のなか空っぽだった。
 まだ頭を撫で続けるロッシの手を払うと、ロッシはいいこと思いついたと口もとをにやつかせた。

「しゃーねえな、俺が友達になってやるよ」
「ええ?」
「なんだ、俺が友達で不満があんのか?」
「不満っていうか、だってロッシって何歳?」
「……二十歳差か」

 ロッシがいつもと違った遠い目をした。そしてわずかに苦い顔をしている。
 何か問題でもあるのかと尋ねれば、職業的にと返ってきた。世の中には、火のないところを炎上させるのが好きな輩がたくさんいるんだと。

「ああ、ロリコンって勘違いされちゃうもんね」
「そういうこった。特に俺のとこはそういう不祥事に厳しいからな」
「ロリコン厳禁な職業……。あっ、先生とか?」
「俺が教師をやってそうに見えるか?」
「見えない……こともないかな。小学校の先生とか似合うと思うよ。ずっとジャージで授業してそう。あと中高の体育の先生とかもやってそう」

 ロッシは私の見解を笑いながら聞き、そして「当たらずといえども遠からずってとこだな」と評価した。教師に近い職業かあ。
 少しだけ年齢差のことを気にしていたロッシだったけど、すぐに気を取り直して「まあ友達に年齢は関係ねえか」と白い歯を見せて笑った。
 曇天の下だというのに、輝かんばかりの表情。初めてこんなに楽しそうなロッシを見た。
 いつだってロッシはだらだら無気力で感情の起伏があまりなかった。私の言うことやすることに隠すことなく面倒だと顔を歪めるか、緩く笑うくらいなものだった。
 そんなロッシが、自分から友達になると言うなんて。
 抑えきれない興奮が沸き上がって、私は何度も大きく首を振った。

ヒトリヨガリ