6

 ホテルに入って唖然とした。
 ぽかんと間抜けに口を開いたまま私はホテルの内観を眺めている間に、バーボンはチェックインを済ませていた。
 私が呆けてしまったのもしかたがない。だって、あまりにもホテルが高級だったのだから。ホテルに行くのにゴンドラに乗り、そのままゴンドラからホテルの玄関に降りた瞬間に嫌な予感はしていた。そしてその予感はすぐに的中した。
 嫌な予感と言ってしまうのはホテルに失礼だけど、でも私は豪華絢爛なホテルよりも落ち着いたシンプルなホテルの方が気持ちが楽だった。私のような庶民出身には、このホテルは華やかすぎて気が休まらない。
 そもそも黒の組織って裏社会の存在でしょ? こんな高級なホテルに泊まっていいの? もっとあるじゃない、無法者が泊まる宿くらい。
 なんて思ったが、バーボンはともかくベルモットが薄汚れたホテルに泊まっているのは想像できないので、だんだんこのホテルが正解のような気もしてきた。


 それから、バーボンに促されて遅めのランチを食べ、気づけば日が暮れベルモットはバーボンを連れて出かけていった。ディナーの時間には帰ると言ったので、おそらく今日は下見だけだろう。
 出かける前にバーボンに耳にタコができるくらいホテルから出るなと言われたので、言いつけどおりにホテルの部屋で大人しくしていたけど、壁際の台は大理石、金属は金色でピカピカ輝いているし目がチカチカしてきた。唯一の救いは天井が低くて少し狭いこと。だけど部屋を狭く感じさせる一番の理由は調度品の存在感だからやっぱりやってられない。
 しばらく部屋にいたけど、堪らず部屋を飛び出してしまった。
 ウロウロと歩き回り、最初にホテル入ってきたときのロビーに戻ると、ぐるりと見回した。
 入ってきたときは唖然としていて気づかなかったが、歴史を感じる古さや、豪華さの中にある厳かさや、石でできた階段を見ていると――。

「魔法使えそう」
「どこのホグワーツですか」

 気づけば口から出ていた言葉に、聞き覚えのある声が返ってきた。驚いて振り返り見ると、にこやかに笑った綱吉が立っていた。

「つ、綱吉!」
「はい」
「はいじゃなくて、どうして綱吉がここにいるの! ……まさか仕事?」
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ! 違います、プライベートですから!」

 じとりと睨むと綱吉は慌てながら手を振った。
 それから私がここにいる理由を聞いてきたので、近くに人がいないことを確認してから綱吉をしゃがませて耳元でここに来た経緯を簡単に説明した。聞き終わった綱吉はなるほどと納得してから、にっこりと微笑んだ。この顔は絶対に何か企んでいる。

「それじゃあ、一緒にラウンジでパパンとママンを待っていようか」
「は?」
「一人で待ってて寂しかったね」

 白々しい笑顔でそう言って、問答無用で私の手を掴むと奥に奥にと歩いていく。周りを見ても、私たちのことを怪しむ人はいないし、私たちを見ている人も微笑ましそうに笑って見守っているだけだった。
 そして連れて行かれたラウンジはシックな雰囲気で粛々としたところだった。このラウンジも十分高級感に溢れているけど、部屋と違って壁は重厚な木だし、華美な装飾はされていない。それに席同士が離れているので小声で話せば周囲に会話が聞こえない。とてもよいところだった。

「大丈夫。一緒に来た人たちはまだ帰ってこないし、僕たちが一緒にいたことを伝える人もいないから」
「まさか、このホテルってボンゴレの力が加わってるの?」
「まあね。……あ、愛子ちゃんがここに来たのは偶然だよ。だからそんな目で見ないで!」
「『ちゃん』って呼ばないで!」

 不機嫌に睨みつけたけど、綱吉は気にすることなく平然としている。元の姿ならぺこぺこ謝るのに。

「仕方ないじゃん。その姿だとどうしても愛子ちゃんって呼びたくなるんだよ」

 目を細めて私の頭をポンポンと叩いた。かつて綱吉の家に居候していた幼い子供たち、ランボやイーピンと一緒にいた時の顔をしている。
 つまり完全に子供扱いだ。
 むくれていると、「そんな顔してると、ますます子供っぽく見えるよ」だなんて言ってきた。
 誰のせいで子供姿になっていると思っているんだ、元に戻ったら見ていろよと責めるように綱吉を見上げて睨んでいるとそれが伝わったのか、よそを向いてハハハと乾いた笑いを浮かべた。そして話題をそらすように「何か食べる?」と聞いてきた。

「二人が帰ってきたらごはん食べるからいらない」
「でも帰ってくるの遅いよ?」
「えー、何時くらいになりそうなの」
「さすがにそこまでは……。でも、まだしばらく帰ってこない気がするよ」

 綱吉の直感がそう言っているのならそうなんだろう。
 「それじゃあ何か軽食でも」と言うと、すぐに綱吉がウエイトレスを呼んでメニューを見ることもなく適当に頼んでくれた。


 カウンターに戻っていくウエイトレスの後ろ姿をなんとなく見送った綱吉は、ぽつりと「前はどたばたしてたし、こんな風に愛子ちゃんと過ごせなかったね」と呟いた。
 私がすんなりこの姿を受け入れられているのは、子供になるのが二度目だからだ。
 一回目は高校生のころ。おバカなランボが放った不思議道具、十年バズーカがたまたま傍を歩いていたまだ一般人の私に当たってしまったのだ。普通なら十年後の自分と五分だけ入れ替わる道具なのに、なぜかそのときは十年前の私が現れ、そして高校生の私は精神世界に閉じこめられた。事態を重く見たボンゴレが責任を取って五歳の私を保護してくれて、そして沢田家に預けられて綱吉と知り合ったのだ。

「愛子ちゃんはランボやイーピンと違って大人しくていい子だったのに、結局、ヴァリアーたちが思ったより早く日本に来たから途中から雲雀さんのところに避難させられていたし」
「まさか、またこの姿が見たくて小さくしたなんて……」
「そ、そんなまさか! そんな不審者見る目で見ないで! ……また会いたいとは思ってたけど、小さくするって決めたのはリボーンと骸だし、そもそも前のときは記憶まで十年前になったんだから今と全然違うでしょ!」
「前は中身も子供で可愛かったって?」
「そんなこと言ってないじゃん!」

 高級なホテルのラウンジに似合わない綱吉のツッコミにくすくすと笑いながら「冗談よ」と言えば、綱吉は疲れたようにソファーの背にだらりともたれかかった。


 会話が一区切りつくと、頼んでいた料理が運ばれてきた。サイコロ状に切ったトマトの上にモッツァレラチーズが乗った料理だ。さっぱりとしていて美味しくて、フォークがお皿と口との間をひっきりなしに往復した。
 それを食べ終わると、スイーツが二皿運ばれてきた。一つはイタリアのお菓子であるアマレッティが乗っている。もう一つはなんだろう。チョコレート系だということはわかるけど。
 テーブルに置かれた、チョコレートのお皿を見ていると綱吉がふふっと笑った。

「それはファッジって言うんだ。イギリスのお菓子で、例の魔法使いの小説にも出ているんだよ。まあ、ここのファッジは小説のハエ型ファッジと違ってただの四角形だけどね。ウイスキー漬けのドライフルーツが入っていて美味しいよ」

 お茶目に笑う綱吉を見ながら、一口大にカットされた四角いブロック状のチョコレートを口に入れると、ウイスキーの香りが鼻に抜けた。

「美味しいけど……、これ私食べて大丈夫なの?」
「ウイスキーボンボンみたいなもんだから、たくさん食べるのはよくないだろうね。だから、愛子ちゃんが食べられるようにビスコット・アマレッティも頼んだんだ。ファッジは俺が食べるよ」

 綱吉はファッジの乗ったお皿を自分の方へ引き寄せた。
 アマレッティは軽い食感のクッキーのようなもので甘くて美味しい。
 それからしばらくは、最近あった話を聞いてゆったりとした時間を過ごした。相変わらず、リボーンは無茶を言うらしい。もうリボーンはボスを育てる家庭教師じゃないのに。他のみんなの近況も聞くことができた。ボンゴレ傘下のホテルだからできることだ。初めて来たホテルで、さっきまで緊張していたのが嘘のようにリラックスした。かわりに少しだけホームシックになったけど。まだ二ヶ月ほどしか経ってないというのに。
 そして懐かしい人たちの話をしていた綱吉は言葉を止め、「時間みたい」と少し残念そうに肩をすくめた。

「もう少しで帰ってきそうだよ」
「あっという間だね」
「もっと喋っていたいけど、そうも言ってられないからね。まあリボーンの話なんて任務が終われば嫌と言うほど聞けるさ」
「嬉しいような、嬉しくないような?」
「ほらほら、そうこう言ってる間に帰ってくるよ。行っておいで」

 綱吉はとても優しい笑顔でそう言って私を送り出した。その顔は、ボスというより父親のようで、何も変わっていないと思っていても確かに変わっているのだと実感した。

ヒトリヨガリ