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 ちくちくと視線が突き刺さる。
 バーボンの車から降りて、目的地まで歩いている間に感じ始めた。
 どこからかも、誰からかもわからない。
 右隣を歩いているバーボンが警戒して、握った私の手を引き寄せて体を密着させた。暑いけど、何かあったときバーボンに抱えてもらわないと逃げ遅れてしまうから我慢した。
 ぴりぴりと殺気立つバーボンだったけど、結局敵人は現れず、ライの待つ喫茶店に到着するまでに気配は消えていた。
 カランコロンとベルを鳴らし、ひんやりとした店内に入ると奥に座っていたライが私たちに気づいてタバコを押し潰した。
 有線から夏の曲が流れる中、私とバーボンはライの前に座った。水を持ってきた年老いた店員にアイスコーヒーとアップルジュースを頼んでから、バーボンは私を見てきた。

「心当たりは?」
「わからない。……でも、何もないと思うんだけどなあ」

 ライがどういうことだと顔をしかめた。
 ここに来るまで誰かに見られていたことを伝えると、ライは信じられないとばかりに「つけられたのか」と顔を歪めた。

「ちゃんと撒きましたし、見られていたのはおそらく愛子です」
「私もそう思う。バーボンの動きより私の動きを追っていたようだった」
「殺気も感じませんでしたね」
「バーボンからは感じたけどね」

 ライが「どこかで変質者でも引っかけてきたんじゃないか」と笑った。この姿じゃ冗談では済まされない軽口に私は唇を尖らせ、バーボンは咎めるようにライの名を呼んだ。
 私たちの間に重い空気が流れるが、今回はライが悪い。

「しかし敵意がなことを考えると、愛子に興味か好意があるとしか考えられないだろう」
「好意があるから害がないというわけではないでしょう? 六歳の子供に好意を抱いてつけ回すような輩がまともとは思えません」

 バーボンは今にも舌打ちしそうなトゲトゲした語調でライに食ってかかった。
 一触即発の空気だ。近頃バーボンがライに対して当たりが強いのが常なので二人の仲を取り持とうとすることはもう諦めてしまった。
 姿の見えないストーカーは気持ち悪いからバーボンが気を使うのもわかるし、敵意がないからほうっておけというライの言い分も納得できる。私はどっちになってもいいから口は出さない。
 注文していたものが届いても、両者無言のまま。
 私は二人から目を背けるようにジュースを口いっぱいに吸い込んだ。
 たっぷり時間を置いてから、ライは「そんなことより結果は」と話を変えたので私は度肝を抜かれてしまった。言い分としてはライが正しい。今日は、ライがバーボンに頼んでいたターゲットの出現スポットとその時刻の調査結果を伝えにきたのだから。ライからしたら私が変質者に目をつけられたかもしれないことなんて知ったことではない。というより、最初にライが表情を歪めたように、自分の任務の邪魔になるかもしれない存在をくっつけた私は害でしかない。
 バーボンもそのことをわかっているから、結局爆発することなくファイルから紙を取り出しライに突きつけるだけで終わった。
 その紙に書かれた文字を上から目で追ったライは、「ホー、相変わらずこの短時間でよく調べられているな」と感心した。
 そうだろう、そうだろう。
 なんといってもバーボンは偶然を装うのが上手だ。そして遠くから尾行なんて時間のかかることをすることは少なく、大抵は直接話して情報を聞き出す。それも相手に自分から話しださせるから見事だ。
 今回もライのターゲットである某企業役員の男がとある球団のファンだと突き止めると、その球団のプレミアム価値のあるグッズを身につけて試合を観戦しに行った。あとは男の近くにいれば相手からグッズの話を振ってきて、バーボンの誘導によって近所のスーパーの特売情報から年頃の娘との関係の悩みまで、およそ初対面の人間に話すようなことではないことをするすると口にした。
 ライの手にある紙にも、そこから得た情報、例えば毎週日曜朝に妻と特売セールをするスーパーに並びに行くことや、毎週娘の習い事の送迎を請け負っていることなどが書かれている。
 週のルーティーンワークを調べるのは普通なら時間がかかることだけど、バーボンにかかれば十日あれば済む。
 鮮やかな手口にいつもそばで見ていて惚れ惚れする。
 内容を確認し終えたライは満足そうに頷いて、金の入った封筒をバーボンに渡した。
 中身を確認することなく仕舞ったバーボンは無言のまま立ち上がった。アイスコーヒーはテーブルの上で汗をかいたまま、一口も飲まれていない。

「ああ、ここの金も俺が払っておく」
「うん、ありがとう。ばいば――」

 すべて言い切る前に、バーボンに腕を強く引かれた。立ち上がっている最中だったから、よろけてバーボンに身体をぶつけた。痛くはないけれど驚いて小さな悲鳴が口から飛び出た。ついでに心臓も飛び出るかと思った。


「バーボン」

 喫茶店を出てから、じとりとバーボンを見上げた。

「……急に引っ張ってすみませんでした。でもあれはライの態度が悪いからしかたないんですよ」
「性格が合わないのは前から知ってるけど、もうちょっと耐えてよ。最近ひどくない?」
「それは無理だから諦めてください」

 我慢することなく溜息を吐き出した。だけど、いつまでもグチグチ言っていられないので、今度は胸いっぱい息を吸い込んで気持ちを切り替える。
 バーボンの方も落ち着いたようで、さっきよりも凪いだ声で「ベルモットの言っていたコネクションを作れたんですよね。どういう人なんですか」と空気を変えるように聞いてきた。

「うーん、まだちょっと知り合っただけだから、まだどうなるかわからないんだけどね。……風紀財団の男の人」
「へえ……、安全な人なんですか? もし失敗したときリカバリーできるような人の方がいいですよ」

 ある意味、雲雀くんはとても危険な男だと思ってしまって反応が遅れた。その間をバーボンは目敏く察知し、「僕が調べてみますね。愛子に何かあったら、一緒にいる僕も危険になりますから」と低い声を出した。

「あーっと、そんなことよりバーボン! 相談に乗ってくれた友達にお礼をしたいんだけど、何をあげたらいいかな?」
 誤魔化すように明るい声を出した。本当は友達――ロッシにお礼は言っても何かあげるつもりなんてなかったけど、この話題を選んだのは正解だったようでバーボンの纏う雰囲気がやわらいだ。

「愛子のお友達ですか。……僕の意見で参考になるかわからないですが。そうですね、最近よく会っている子なら喋っている間に喉が渇くでしょうしお友達の分のジュースを持って行ってあげるくらいでいいんじゃないですか? どんな飲み物が好きかは知っていますか?」
「うーん。いつもブラックコーヒーを飲んでるからジュースの好みはわからないや。コーヒーでいいかな」

 ロッシの付属品といえばサングラスと煙草とコーヒーだ。私の前で煙草を吸ったことはないけど、風が吹くと匂いがするから喫煙者に間違いない。もじゃもじゃ頭を思い出していると、バーボンが絶句していることに気づいた。

「え、お友達って小学生くらいじゃないんですか?」
「ううん。バーボンと同じか少し上くらいの年齢の人だよ」
「女性だったり……」
「しないね」

 バーボンは渋い顔をして黙ってしまった。
 つい数十分前に不審な気配を感じたから物申したいのだろう。まあ私はなんと言われてもロッシと会うことは止めないけど。バーボンもそれがわかっていたのか説得するようなことはせず、ぐっと口をヘの字に曲げた。

「身体を触られたり……」
「してない」
「何か買ってあげるって言われたり」
「してない」
「どこか二人きりになろうとしたり」
「してないよ。大丈夫だって。変な人じゃないし逆に学校行ってないことを心配してくれたくらいいい人だよ」
「……いいですか、優しいことを言って油断させてから豹変する人間だって世の中にはたくさんいるんですよ」

 これはたぶん私が何を言っても無駄だと理解した。
 年端もいかない少女と仲良くする大人の男の危険性を説くバーボンに適当な相槌を打って、研究所に着くまでひたすら無になった。

ヒトリヨガリ