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和太鼓の振動、高い笛の音。祭り囃子が聞こえてくる。
真っ黒に塗りつぶされた空に、灯のともった赤い提灯が映えている。いつもの神社が、今日は違う表情で私を見下ろしていた。
約束の時間に少し遅れてきたロッシは、紺地に白の植物がプリントされたアロハシャツを着ていた。こちらもいつもと違う装いだ。
わくわくする気持ちを抑えて、私は胸元の位置にあるロッシの手を取って歩き出した。
熱気と煙と人口密度。どれを取っても不快なのに、祭りにおいては高揚感を煽るものになる。
いろんなお店に目移りしながら進んでいると、少ししてロッシは「歩きにくい」と不満そうな声を出した。
「お前と歩いてると肩こりそうだ」
「でも繋がないと、この人混みじゃはぐれるよ」
ロッシは私を道の端まで連れて行くと、この前と同じように私に背を向けてしゃがみこんだ。これはまさか、と恐る恐るロッシの首に跨がると、「よいしょっと」とかけ声を出しながら立ち上がった。
さっきまで視界すべてが服で埋まっていたのが、ぱっと開けた。
「空気がおいしい」
思わずそう言えば、私の膝もとでロッシが笑った。
両手が開いているから、焼きそばだって食べられる。ロッシに「人の頭にかつお節こぼすなよ」と注意されながら、ソースでべちょっとした屋台の焼きそばを味わった。
ロッシはイカ焼きと唐揚げを食べながらゆっくりとした流れに沿って歩き、社にたどり着いた。
参拝は適当に済ませた。特にお願いすることがなかったから。
私が目を開くと、ロッシはやけに真剣な表情で何かを祈っていた。神頼みなんてしそうにないから意外だった。剣呑な表情でまぶたを開けたロッシに何をお願いしたのか聞いたけど、教えてもらえなかった。
折り返して今度は射的やクジなんかを見て回っていると、喧噪に紛れてピリリリと軽い電子音が真下から聞こえてきた。
ロッシはジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。そして「非通知から着信だ」と呟きながら携帯を開いて電話に出た。
「もしもし――」
わずかに胡散臭げな声だったが、相手が何かを言った瞬間、息を飲んだ。
「なんだお前! その声は、……なんでっ!」
ロッシの言葉だけではいまいち要領を得ないが、迫真に迫った声音からただ事でないことが窺える。そっと頭を携帯電話に近寄らせれば、鼻にかかったくたびれた男の声が漏れ聞こえた。もっと耳を近づけたが、それ以上聞き取る前に通話が終わってしまった。
苛立たしそうに、電話の切れた画面を睨み付けていたロッシは舌打ちしてから携帯電話を閉じた。
「なんて悪質な悪戯だ」
「え? 悪戯なの?」
「……どんなトリックを使ったのか知らねえが、あいつから電話がかかってくるはずがないんだ」
それは、私に返事したというよりも、自分に言い聞かせているように思えた。
また舌を打ってから人混みを掻き分けて走り出した。
後ろに仰け反りそうになったのをなんとか耐えてロッシの頭に多い被さるように抱きつく。そうしないと振り落とされそうな勢いだった。
「帰るぞ」
「え、電話は?」
「何もなかった」
「いや、何もないことないでしょ。何があったの?」
「これは俺の問題だから愛子は関係ねえ」
普段無気力なロッシらしくない緊迫した様子に、相当なことが起きたことがわかる。それなのにロッシは電話の内容を教えてはくれない。私なら何か力になれることがあるかもしれないのに、六歳の私じゃそれを言えなくてもどかしい。
あっという間に鳥居から出た。人数が少なくなり、夜風がひんやり感じた。
「駅まででいいか。もう遅いから、兄ちゃんに迎えに来てもらえよ」
「このあと何かあるの?」
「……だとしても、お前は連れて行かねえぞ」
「危険だから、って? 何があったか言ったら反対されるようなこと、ロッシ一人にさせられないよ。私のこと友達だって言ったのはロッシでしょ。友達って助け合うものなんじゃないの」
ぐっとロッシは押し黙った。そして長い長い溜息を吐いて、方向転換した。駅の方から、コインパーキングの方へ。
私を地面に降ろすと、そこに止めてあったカウルのついた真っ黒の中型バイクにキーを刺した。そして自分はハンドルにかけてあったヘルメットをかぶり、シートの下から出してきたヘルメットを私に投げて寄越した。
「手慣れてるね。彼女用だったりして」
「バカ言え。どうせいつかお前が乗せろって駄々こねるだろうと思ってたんだよ」
ロッシは言いながら携帯電話を開いて何かを調べていたが、しばらくして唸りだした。
「悪い、スマホ貸してくれねえか」
「いいけど……」
リュックから出したスマートフォンをロッシに手渡した。それをロッシはすいすいと操作していく。その片手間に、ロッシはようやく重い口を開いて事情を話してくれた。
「電話の声は俺の親友だった」
「え?」
それならどうしてそんなに怒っているのと聞こうとしたが、それ以上に何か違和感を覚えて口をつぐんだ。そんな私に気づくことなくロッシは話を続ける。
「だが、あいつから電話がかかってくるはずがないんだ。なんたって四年前に死んでるんだからな」
「死んだって……」
「殺されたんだ。犯人はまだ見つかってねえ。もしかしたら電話のやつが犯人かと思ったが、今連絡をしてくるのはおかしいんだ。それにわざわざ声を真似る意味もわからねえ。だが、こんな悪趣味な喧嘩を売られたんだから買うしかねえだろ。……あいつの仇を取る前にこの愉快犯を捕まえてやる」
饒舌に語るロッシは、何かに取り憑かれたかのようスマートフォンの画面を見つめている。ライトに照らされたその表情に既視感を覚えた。
――ああ、そうだ。ロッシが職場復帰を渇望していたときの顔だ。
「その親友さんの仇を取るのにロッシの仕事が関係するの?」
「……ああ」
「だからロッシは早く職場に戻りたかったんだ。ただのワーカホリックだと思ってた。……大好きだったんだね」
「そんな気色悪いこと言ったことねえが、まあ大切な友人だったよ。……女癖悪いし、軽いし、あっという間に死んじまうし。本当に勝手なやつだった。けど、まあそういうところも好きだったな」
ロッシはしみじみと吐き出した。その声には後悔が滲んでいる。ロッシはおそらく二十代半ばだろうし、四年前ということは二十代前半で親友は亡くなってしまったのだろう。やりたいこともいっぱいあっただろうし、遊ぶ約束だってしたまま逝ってしまったかもしれない。そう思うと生半可な気持ちで声をかけられなかった。
ロッシから返されたスマートフォンにはマップが表示されていた。場所は東京の端。
ロッシにバイクの後ろに乗せてもらい、短い腕をロッシのお腹に回してぎゅっと力一杯抱き締めた。じっとりと暑さを感じたけど、バイクが走り出したら風のおかげで気にならなくなった。