64
バイクを走らすこと三十分。目的地付近に到着した。
そこは町工場が集まった場所だった。工場特有の油やシンナーの匂いする。
適当な駐車場にバイクを停めたロッシは「ここからどうすりゃいいんだ」と眉をひそめた。
「詳しい場所とか言われなかったの?」
「言われたのは町名だけだ」
とりあえず、あたりを調べてみようとバイクから降りると、また着信音が響いた。携帯の画面には非通知の文字。
電話に出たロッシはどうやら行く場所を指定されたようで切ったあと歩き始めた。
数分歩くと倉庫郡があり閉じたシャッターが並んでいた。ロッシは倉庫の間を縫っていく。
「こっちから声が……」
ロッシはそう言って、しっかりとした足取りで進んでいくが私にはその声が聞こえない。耳を澄ましてみても、虫の音がするだけ。
「ねえ、ロッシ、ちょっと待って!」
ロッシの服の裾を引っ張って止めようとしたが私の重さじゃ負荷にならない。
何かおかしい。
そう思ったとき、やっとロッシの電話から漏れ聞こえた声の違和感に気がついた。
その声はしわがれていた。とてもロッシと同年代に聞こえない。さっきロッシの言っていた親友の人物像ともかけ離れているように思える。
絶対に何かあるから止まってほしいのに、興奮したロッシは止まらない。
ロッシの後ろを追っていると一戸だけシャッターが半分ほど上がっている倉庫があった。ロッシは躊躇うことなく、その怪しさ満点の倉庫に入ってしまった。
おそらく今回のこの犯人はただの愉快犯ではない。いくら腕に覚えがあっても一般人のロッシじゃ太刀打ちできないだろう。ロッシの手助けをするために私も中に足を踏み入れた瞬間、扉が閉まり暗闇に包まれた。
「な、なんだ」
「ロッシ、落ち着いて」
ロッシの腕を掴んで、ぐっと抱き寄せた。
周囲の気配を読んでいると、ぱっと蛍光灯がつき、今までいなかった中年の外国人が立っていた。男は黒いトレンチコートに、中は洒落たスーツを着ている。まだその男の声は聞いていないが、にやついた顔は電話の声に似合いそうだ。
ロッシは男を訝しそうに見ていることから、予想通り親友ではないことがわかった。
「やっぱり。……お前、藤咲愛子の娘だろう?」
男は私の顔をじっと見つめながら言った。
ちらりとロッシが私を横目で見てきたが、私のフルネームを出された今、ロッシに構ってられない。不幸中の幸いは、この男に藤咲愛子と私が同一人物だと気づかれていないこと。本人だとバレていたら大問題になっていた。どこに情報が漏れているかわからないから、即刻イタリアに避難しないといけないところだった。
「お前に恨みはないが、お前の母親に世話になったからな」
「……ママがあなたに何をしたの?」
「ふん、お前みたいなガキに言ったってわからねえだろうが!」
男が叫ぶと鋭い氷の塊が数本、男の後ろから飛んできた。それらの狙いがロッシだと気づいた瞬間、「ロッシどいて!」と掴んだままだった腕を後ろに引っ張って私が前に出た。そして目の前にシールドを出してガードするが、氷は方向を変えて横から回り込んでくる。しかたなく地面から火柱を出して氷を溶かした。
「なるほど、娘のお前も術士というわけか。……それならまあいい、冥土の土産に教えてやるよ。お前の母親は汚い鼠だ。会社に潜り込んでこそこそと情報を盗む質の悪いな。おかげで会社と繋がっていた俺らのファミリーは大損だ。まあお前の母親にしてやられた会社も今は職種を変えて復活したから、また手を組んで返り咲いてやるけどな!」
どこかで聞いた話だ。マフィアと繋がっていた会社と藤咲愛子――。
「リーペロ」
私の呟いた単語にぴくりと男が反応した。
そうだ。ベルモットに紹介された須藤会長から聞いた話だ。
厄介なファミリーと繋がりのあった不動産会社のリーペロに私はかつて潜入した。そして回り回ってリーペロを経営破綻させたが、今は同じブランド名でアパレル会社を建てたと言っていた。
この男は、そのリーペロからお金を受け取っていたファミリーの人間だったのか。そして、またリーペロと手を組んだ。どおりで服が洒落ていると思った。
それに今気づいたけど、この男の気配は近頃私をつけ回していたものと同じ。ずっと様子を窺って、そしてロッシを利用しておびき出したというわけか。きっとロッシの親友の声を真似たのではなく、ロッシが会いたいと思っている声に聞こえる幻術をかけていたのだろう。
私は堂々と仁王立ちして姑息な手を使う男を真っ向から睨んだ。
「返り咲くなら、どうして私を狙うの」
どんな組織だって取引で損をするリスクがある。覚悟もなく裏の世界で生きてきたわけではあるまい。
「リーペロを担当してたのが俺の兄だった。そのせいでリーペロが経営破綻したときボスから粛清されたんだよ」
「逆恨みかよ」
ぽろりと零れたロッシの言葉に、男は逆上して「ああ、そうだ逆恨みだ! 家族を殺された苦しみをあの女にも味わわせてやるんだよ! 俺の兄は妻子ともども殺されたっていうのに、お前らは平和そうに生きやがって!」と喚きながら四方八方から氷の塊を飛ばしてくる。私とロッシは親子じゃないと言えないままそれらから逃げた。
さっきと同じように火柱で防ぐがロッシの前で最大力の力を使うことはできず、すべてを溶かすことはできない。幻術耐性のないロッシは、強い幻術のそばにいると幻術汚染されてしまうからだ。しかたなく蔓を出して氷を弾くが、地面に落ちた氷は床を凍らせ逃げ場が減っていく。
防御一手なのは、私は幻術攻撃が苦手だから。幻術で戦う際は、思いきりが大切だけど私は相手を殺す気で攻撃なんてできない。回避の合間に蔓で男に攻撃してみるけど、やはり殺意のない幻術は簡単に避けられる。直接攻撃しに行くのが一番だがロッシを庇いながらじゃそれも難しい。
随分と男から距離ができたころ、ずっと私の後ろにいたロッシが呆然とした様子で口を開いた。
「お前、何者なんだ」
もう今さら隠すことなんてないか。
くるりとロッシを振り返って腰に手をあてて堂々と胸を張った。そして六歳の姿に似つかわしくない、したり顔で笑ってやった。
「藤咲愛子。ボンゴレだよ」
といっても一般人がボンゴレを知るはずないかと心の中で苦笑するが、ロッシはボンゴレに聞き覚えがあったようで目を見開いた。ロッシこそ何者なのかと聞き返そうとしたが、視界の端に氷の龍が写った。今までより迫力のあるサイズに、慌ててシールドと火柱の両方を出すが氷の鱗が削れるくらいで完全に溶けきらない。
そうこうしている間に龍は間近まで迫っていた。有幻覚でもない龍は私にとっては驚異ではないが、ロッシがこれに襲われたらひとたまりもない。幻術汚染なんて気にせず最大火力を出すべきか、とロッシの顔を見るとロッシはじっと男を見ていた。
「お前は龍をどうにかしろ。さすがにあれに俺は手出しできねえ。俺はあの弱そうな男を直接殴り飛ばしてきてやるよ」
目玉が飛び出そうなほど驚いた。
「な、なに言ってるの! 危険よ、下がってて!」
「だから危険な龍は任せたって言っただろ。あの男はそのよくわからねえ力に胡座をかいているのかろくに筋肉もなさそうじゃねえか。軸がぶれぶれだ」
それでも、と止めたがロッシはまるで自ら標的になるかのように私の前に躍り出た。龍が襲いかかってくる。それをロッシはサイドステップで避けながら前に進んでいく。
「私の後ろに戻って!」
「ボンゴレでもぼんじりでも、警察が、子供に黙って守られてるわけにはいかねえだろ」
「警察!?」
突然のカミングアウトに叫んでしまった。
「私はこんな姿だけど大人なの! どうせロッシは気づいてるんでしょ」
「だからってガキに守られてるのを誰かに見られるかもしれねえからな」
「密室なんだから、あの男以外に見られないよ!」
「うるせえ。それと俺はロッシじゃなくて松田陣平だ。よく覚えとけ」
ついに龍がロッシ、否、松田の腕を掠めた。
だけど痛がる様子も見せず腕を掲げて「ほら、こんなもんで済むんだから危険じゃねえだろ」と私に見せた。
だからって、次もそれで済むとは限らないでしょ。
ロッシに近づきたいが、男は術士の私を先に倒そうと思ったらしく龍は標的を私に変えた。ロッシの危機が遠ざかってよかったのはよかったけど。
さっきより太い蔓で龍を拘束し、最大火力の火をぶつけた。暴れる龍のせいで熱風が襲いかかってくる。
龍を注視しつつ松田も視界にとどめ、松田の死角から飛んでくる氷は力づくで壊していく。
もう少しで松田が男に接触するというときに、松田は足を止めた。
「何してるの!」と叫ぶが、松田は困惑した様子のままきょろきょろと何かを探している。
龍の方はといえば、サイズが大きいからなかなか溶けきらない。
幻術とは発想力がものを言う。幻術攻撃が苦手な理由のうちの一つだ。綱吉に巻き込まれるまで普通の家庭で育った私は、一般的な固定概念に縛られている。パイナップル頭の師匠や、師匠を尊敬して同じ髪型にする姉弟子、強制されているからとはいえ大きなカエルのかぶり物を被って過ごせる弟弟子とは根本的に価値観が違うのだ。
――考えろ、私。
発想力が欠けているのなら知力で勝負するしかない。さっきは咄嗟に「氷には火」と思って火柱を出したけど、氷を溶かすなら火よりも湯の方が早い。火だと氷の溶けた水が熱を奪ってしまうから。
氷の龍を凌ぐ巨大な熱湯の龍を作り出し、そのまま氷の龍を頭から飲み込んだ。
「松田! まだ殴ってないの!?」
「あの男、どこに行きやがった!」
変わらず男はそこにいる。
何を言っているのと怒鳴りそうになって、はっとした。よく目を凝らせば、男は蜃気楼のように揺らめいている。
自身に姿をくらます幻術をかけている。
幻術はその力が弱い方がかかってしまう。あの男より私の方が圧倒的に強いので私は幻術にかからないが、松田は違う。
男の姿が見えないのなら殴れないに決まっていた。
「松田、もっと前に進んで!」
氷の龍が現れてはすぐに溶かしを繰り返しながら、私はじわじわと松田の方に近づき指示を出す。
「そのまま十時の方角に……、二時、三時……、九時の方に走って、そうそこ!」
私の言う通りに動いた松田は、腰を落として構えた後ろの腕をまっすぐ打ち込んだ。ちょうど顔面に当たり、バキッといい音がして男がよろけた。
強い敵ではないが、さすがに一発で沈むほど柔ではない。だが、殴られたことにより一瞬集中が乱れた。
姿を現したのだ。
もうそこからは松田の独擅場。一呼吸置くことなくアッパーで横を殴りフックで腹を突き上げた。しかし最後の一発を決めようとモーションを取った瞬間、男がパッと消失した。
松田は勢いを殺せずそのまま転んでしまった。
そして仰向けになったまま目を白黒させている。
「あーあ、逃げられちゃった」
「逃げた?」
「前から私のこと狙ってたみたいだし、計画的に逃走ワープまで準備してたみたい」
「はあー、なんでもありかよ」
松田はごろんと仰向けになった。
「松田、お疲れさま」
「おう」