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 松田は呼吸を整えるとポケットから出した携帯電話をぷらぷら揺らしながら「警察に通報するか?」と言ってきた。松田から電話してもらったらスムーズにいきそうだけど、その提案に首を横に振った。

「ボンゴレとしても私としても警察は困るから知り合いを呼ぶよ」
「知り合い?」
「雲雀恭弥。知ってる?」
「……そりゃ、警察なら知らないはずねえだろ」

 雲雀くんが並盛を支配下に治めるために尽力しただけあって、警察官にも認知されているらしい。もちろん、いい意味ではなく悪い意味で。きっと公安にマークされているのだろうな。
 警察官の目の前で、違法すれすれの雲雀くんに電話をするのは気が引けるけど、しかたがない。逃げられた今、一刻を争う事態だ。
 電話をかけて開口一番に「誰が相手だい?」と聞いてくる戦闘狂に、今日はただの処理だと告げた。ボンゴレ関係のマフィアが逃げたから綱吉に引き継いでほしいと言うと、雲雀くんはあからさまにやる気を失ってしまって、思わず苦笑した。
 事の次第を説明しながら私と松田は一旦外へ出ようとしたがシャッターが上がらない。

「はあ……。雲雀くん、大変だ。閉じ込められた。ここ寒いから早めに助けに来て」

 外にマフィアがいるかもしれないから気をつけてね、と心にもないことを付け加えれば雲雀くんは少しだけ愉しそうな声を出して電話を切った。
 壁に寄りかかって床に座ると、松田も私の正面に腰を下ろした。

「なあ、お前の魔法みたいなやつで外に出られねえのか?」
「魔法じゃなくて幻術ね」

 松田が新しいおもちゃを見せられた子供のような目をしているので、思わず笑ってしまった。雲雀くんが来るまでの時間潰しがてら口を開いた。

「使えない人からすると幻術と魔法って同じように感じるけど、実際は全然違うのよ。幻術は文字どおり『幻の術』。脳神経に働きかけて、ないのにある、あるのにないように見せるっていうのが大原則」

 私は松田の膝の上に拳ほどの大きさの蛙を作り出し、それを触らせた。松田の手は蛙をすり抜け、膝を触った。

「ね、ないでしょ。その蛙は幻だから触れない。ただ、力が強かったら本当に触っていると脳に錯覚させることもできるわ。私はまだまだ修行が足りないからそんなことできないけど」
「って言っても、ボンゴレってイタリアのでかいマフィアだろ。そこに入れるんだから大したもんじゃねえのか」
「まあ、そうだけど……。私自身の力じゃないというか……」

 励ますような言葉は嬉しいけど、どうにも居心地が悪い。言い訳するように肩をすくめてみせた。

「八年前に事故に巻き込まれて強制的に幻術能力を開花させられたんだけど、そのとき使えるようになったのが、なぜか有幻覚だったんだ。有幻覚は触れるものを出すことができる、すごい能力なの」

 実際にパイナップルを幻術で作って松田に持たせた。松田はしげしげとパイナップルを観察し、棘に手のひらを当てて感触を確かめている。

「普通はできない有幻覚が当たり前のようにできるからボンゴレに勧誘されたの。そもそも、その事故がボンゴレのせいなんだけどね」

 松田は、マフィアの事故に巻き込まれたのかと顔をしかめた。でも実際は、五歳児が起こした間抜けな事故だ。

「まあ、そんなわけでボンゴレに入って色々勉強してみて、私は手品を応用して幻術を使うようになったの。使えるのは大きく分けて七つ。出現、消失、変化、移動、停止、貫通、復活」

 そう言いながら、いつもやる分身を出したり瞳を赤色に変えたりしてみせた。
 すると、松田はまるで初めて忍者を見た外国人みたいに目を輝かせた。蛙とパイナップルは「へえ」という反応だったのに。ちょっと可愛く見えて松田の髪の毛をわしゃわしゃ撫でると嫌そうな顔をされた。

「私の移動能力はあくまで同じ空間内。密室から出るとかになったら幻術とも違う能力になるのよ」
「でも、さっきのやつは……」
「あれは事前に準備してたから。入口と出口を定めれば能力の応用でできる人も多いわ。私の知り合いにも逃走ルートをいつも持ってる術士がいるし」

 松田がぶるりと身を震わせた。
 倉庫内には戦ったときにできた氷がたくさん残っている。私はその影響を受けないが、松田からするとここは冷凍庫の中に違いない。
 暖めてやりたいけど、実際の室温は高い。脳は幻術の影響で寒さを感じ、体は有幻覚の影響で暑いなんてあまりにも危険だ。
 それに私の強力な幻術にかかるよりも、微弱な幻覚の残骸にあたっている方が、幻術汚染が少ない。
 せめて、気が紛れるようにと思って、壁際から松田の膝の上に移動した。

「さみい」
「でしょうね」
「あー、昔行ったスキー場を思い出す」
「スキーするの?」
「いや、スノボ」

 ああ、すごくそれっぽい。納得して頷いていると松田が私のお腹に腕を回して後ろから抱きかかえた。頭のてっぺんに松田の顎が刺さって痛い。

「ねえ、私これでも大人なんだけど」
「でも見た目は子供じゃねえか。はあー、子供はあったけえな」
「そりゃ私は暑いくらいだからね!」

 吹き出す汗が気持ち悪くて文句を言うが、松田を巻き込んだのは私だから離れはしない。
 雲雀くんはまだ来ない。

「スキー場といえば、私も一月に行ったよ」

 手持ちぶさたな手をスマートフォンで遊ばせながら言った。
 スキー場の場所を調べて松田に見せると「俺も大学のときに行ったなあ」と懐かしそうにした。

「ラーメンがうまかった」
「たしかに。……でも、よくあんな遠くまで行ったね。もっと近くでもいっぱいあるじゃない」
「近くに大学があるからそこの学生が多くて、俺の友達がそこの女子大生を狙ってたんだよ。『お前が来たら釣れるから』ってな」
「うわあ」
「実際、彼女ができたのかは知らねえ。俺はタダでスノボに行けてラッキーだし、あいつは夢見れてハッピーだろ」

 地図を見ていれば、松田の言うように近隣に大学があった。暇潰しにその大学を調べていると、人文学科の教授のブログがヒットした。それもイタリア文化を研究しているらしく、ブログには懐かしい風景の写真が掲載されている。
 それを眺めているうちに外が騒がしくなってきた。
 何かが壊れる音がしたあと、ガラガラとシャッターが開いた。暗闇から雲雀くんが現れ、松田の存在を一切無視して「三人だけ草食動物がいたから片付けたよ。あと、彼に連絡したから逃げた男も時間の問題だろうね」と私に話しかけてきた。
 それにお礼を言ってから、やっと倉庫の外に出た。

「そういえば、ボンゴレだから警察呼ばれるのは困るっていうのはわかるけど、お前としても困るっていうのはどういうことなんだ? その姿と関係あるのか?」

 新鮮な空気を吸い込み、松田の顔を見上げた。月明かりに照らされて真剣な表情が見えた。松田には悪いけれど、それを明かすことはできない。
 「内緒」と笑ってさっさと暗闇に紛れて研究所に戻った。

ヒトリヨガリ