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 再び細い路地を歩き、雑談をしながら時間をつぶしていると急にバーボンが足を止めた。

「飲み物でも買いましょうか」

 今度はバーボンがドリンクを売っているスタンドに近寄った。
 メニューボードには様々なフルーツの名前が書かれている。どれも美味しそうで何を選ぶか迷っていると、バーボンが「あれ?」とポケットをまさぐった。財布を入れていたはずなのにないらしい。

「ジェラート買ったのが最後だよね。そこに忘れてきたとか」
「いえ、ポケットに入れた記憶があるのでそれはないです」
「ヴェネツィアンマスクはベルモットに買ってもらったから、そのあとは出してないし。ってなると……」
「スリね。おそらく路地裏であなたにぶつかった男」

 薄々気づいていただろうバーボンが眉を下げた。
 まさか裏社会の人間が、盗られた財布で足が着くようなことはないだろうけど、やっぱり面倒なのは面倒だろう。偽造した身分証が使えなくなったりするし、偽造したものを不審に思われたら探り屋が探られることになったりするかもしれない。色々なリスクを考えると回収したい。
 きっとバーボンもそう思ったのだろう。申し訳なさを感じさせない笑顔を浮かべて「千里眼でスリを見つけられたりしませんか?」と聞いてきた。いや、一応疑問の体をとっているけれど、やってくださいという副音声が聞こえた。

「やってみるけど……。でも島全部を見ることはできないよ?」
「ええ、もちろんわかっています」

 首肯したバーボンは、簡単な謎解きをするかのようにすらすらと言葉を紡ぐ。

「連続して犯行に及ぶ可能性もありますが、僕のジェラートがべったりとついてしまったので一旦アジトに戻ると思います」
「でも、そのアジトがわからないんじゃ……」

 見ていなさいばかりに自信たっぷりの表情を浮かべて、バーボンはスタンドの店員さんに話しかけた。そして、さっきの路地裏で同じ手口のスリが多発していること、その近くによく住民が入れ替わるアパートメントがあることを聞き出した。ついでに簡易な地図も一枚貰っている。

「現場の近くに住むのはリスクがありますが、車で素早く離れられないヴェネツィアなら身を隠す方を優先するものです。とはいえ、定住している人がするには杜撰な計画。短期間である程度稼いでヴェネツィアから出るつもりなんでしょうね。……アパートメントのそばだけでいいので探っていただけませんか?」

 そこまで特定しているのなら断るわけないはいかない。

「ところで、どの辺りまで千里眼が使えるんです?」

 さて、なんて答えようか。体調はよくなったとはいえ、特訓をしたわけでもないので前に言ったときより長すぎると不審がられる。だからといって短くてこういう探し物をするときに使えないなら私の利用価値がなくなる。
 悩んだ末に、「さっきジェラート屋さんまで」と答えた。おそらく二百メートルほど。

「でも、もうちょっと近くだったら詳しくわかるよ」
「詳しく? どういうことです?」

 説明するより実際にやってみた方が早い、と目を閉じてから「この近くにスリの犯人はいないよ」と教えた。
 ベルモットは興味深そうに口笛を吹いた。

「すごいわ。一瞬でわかるの?」
「うん。疲れちゃうけどね」

 実際に疲れる。幻術で一定範囲内の人間を一度に見るのは骨が折れるからあまりやりたくない。だけど、私が有益な子供だとわからせるためにはしかたがない。

「時間かけてゆっくり見た方が、広範囲だと効率がいいからあんまり使えないんだよね」
「そんなことないことないわ。素敵な能力よ」
「えへへ、ありがとう」

 美人なベルモットに褒められてしまった。どうしよう、悪い人たちなのにとても嬉しい。緩む頬にキュッと力を入れて、再び目を閉じ集中した。そして分身だけ例の路地裏に飛ばした。
 ――さっきと同じ景色のはずなのに、一人で佇んでいると幽霊でも出できそうな不気味さがある。

「バーボン、路地裏は見えたけどアパートはどこ?」
「その路地裏からイエローベージュのアパートが見えますか?」
「うん」
「そこです。きっと犯人は家の窓から獲物を物色していたのでしょうね」

 ――バーボンに言われたアパートの方へ足を向ける。
 ――路地裏を抜けた先に、大きな緑色のパラソルがいくつも並んでいた。ここにもカフェがあったんだと何気なく見ていると、店内の窓際の席に男が座っていた。ひょろりと細長い体、短く刈り上げられた髪、そして黒いシャツの胸元には白い汚れがついている。例の男だ。

「アパートのそばのカフェにスリがいる!」

 まさかそんなところで発見するとは思っていなくて驚いて声を上げたが、バーボンは落ち着いた声音で「そうですか、よかったです」と言っただけだった。
 ――男は小さなカップをぐいっと傾けて中身を飲み干すと、まるで今さっき犯罪を行ったようには見えないゆるっとした歩みでカフェから出てきた。
 ――そして、そのまま私の前を通りすぎてアパートの方に進んでいく。
 ――私もそのあとを追いかけた。
 一連の男の動きを二人に報告すると、壁に寄りかかっていたベルモットがおもむろに動いた。

「じゃあ私が追いかけてくるわ。バーボンは愛子とここで待っていてちょうだい」
「いえ、僕が行きます」
「あなたじゃ、顔を覚えられているかもしれないからあの男の部屋までつけられないでしょう? あなたの財布だけじゃなくて、アジトまで突き止めてから警察につき出す方がいいんじゃない?」

 それからベルモットはバーボンの耳元で「子守りはあなたの役目よ」と囁くのが聞こえた。たまにベルモットは、私が聞こえていないと思っているのか理解できないと思っているのか、こういうことを言うことがある。私は、あくまで利用価値があるから優しくしているのだということがありありとわかってやりやすい。

「ナビゲーションは任せたわよ」

 そう言い残して去っていくベルモットの背中を見送ってから、バーボンは私を人の少ない場所に連れていった。私はそこでまた目を閉じた。


「おじさんがアパートの前に着いたよ」

 目を閉じたまま言うと、バーボンはベルモットに電話でそのことを伝えた。

「まだベルモットが着くまでかかるので、どの部屋に入っていくか見ていてくださいね」
「うん」

 ――ガツンガツンと鉄の階段を上ってアパートの部屋に入っていった。ドアの横には花のドアプレートがついている。
 ――男は警戒を見せることなく、鼻唄を歌いながらポケットから鍵を取り出してドアノブを握った。

「三階の一番端の部屋。中も見る?」
「いえ、……ベルモットもそろそろ着くようなので、もう大丈夫ですよ」

 そう言うとバーボンは電話を切ってしまった。
 そして私の肩に手を置いた。
 なにやら、これ以上見せたくないようなので素直に目を開き、元の目を見せて安心させた。だけど分身は部屋の前に置いたまま。

「ありがとうございます」
「まだ財布戻ってきてないよ? ベルモットが着く前におじさんがどこかに行くかもしれないし」
「大丈夫ですよ。何も問題ありません」

 ――ベルモットがアパートの前に着いた。そして迷うことなく階段を上っていく。

「ヴェネツィアは楽しかったですか?」
「うん!」
「それはよかった。そろそろ帰るので思い残すことのないようにしてくださいね」

 ――男の部屋の前に着くとゆっくりと扉を開き、中に入った。

「ああ、せっかく観光にきたのに一枚も写真を撮っていませんでしたね。何もないところですけど、ここで撮っておきましょうか?」

 バーボンはスマートフォンを取り出してみせた。そしてカメラを起動させてから私を少し移動させて写りを確認している。
 ――気配を消したベルモットは、背中を向けた男の背後に忍び寄る。右手を男の後頭部に翳した。その手には、掌に隠れるほど小ぶりな銃が握られている。
 バーボンの静かなカウントダウンとマズルフラッシュがリンクした。

「うん、綺麗に撮れましたよ。……どうかしました?」
「ううん、なんでもない」

 ――ベルモットは銃を仕舞い、頭から血を流して倒れる男をそのままに部屋を出ていった。
 ベルモットがナビをしてほしいと言ってきたところから怪しいと思っていたけど、まさか私も任務に巻き込まれるとは。最後まで無関係だと思っていた。

「さっきそろそろ帰るって言ってたけど、明日帰るでしょ」
「どうしてです?」
「なんとなく、そんな気がしたの」

 私は観光だって言ってたのに巻き込まれた仕返しに、少し意味深な笑顔でバーボンの青い瞳を見上げた。
 その背景に、嫌味なほど美しく太陽が輝いていた。

ヒトリヨガリ