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「なんですか、このゴミは」
部屋に入るなりバーボンは眉をひそめて低い声を出した。
バーボンの視線の先には、ヴェネツィアから帰ってきてから昨日までベルモットがここを訪れた際に手土産として持ってきたケーキやスイーツの箱の数々――の残骸。もちろん捨ててはいるけど、今の私の主食はベルモットから貰ったスイーツだからどうしても溜まってしまうのだ。
「僕が日本に帰っている間、いい食事ができているとは思っていませんでしたが、ここまで酷いとは……」
バーボンはざっと見渡して、私がまともなごはんを食べていないことを瞬間に察知した。
口うるさそうなバーボンから話題をそらすために日本のお土産を催促してみると、バーボンはわざとらしく溜め息をついて「あるけど渡しません。明日のおやつにします」と、ゆっくり、目を閉じて言った。
「ええー、ケチ。買ったのならちょうだいよ、おなかすいたー」
「……お腹がすいてる?」
「あ」
「どうしてお腹がすいているんです? もう昼過ぎですよ? さっき昼食を食べたのなら、おかしくないですか?」
尋問のように威圧的に聞いてくるのでつい視線がテーブルの上の紙袋の方にいってしまった。サスペンスで犯人が証拠の方を向いてしまう気持ちがよくわかった。
見るからに頭の良さそうなバーボンが、私の一瞬の視線に気づかないはずがない。すぐに私から離れてテーブルに近づき、紙袋を手に取った。そして中を覗きこんだ。それが嫌にゆっくりに見えた。
「なんです、これは」
わかっているだろうに聞いてくるなんて、意地悪な人だ。
「今日の朝ごはんと昼ごはん……です」
「今日の分だけじゃないでしょう? 数日分はありますよね。どうして食事を取らずにケーキばかり食べているんですか」
「……だって美味しくないんだもん」
怒るバーボンの迫力があまりにも怖くて、涙が溢れそうになる。絶対に泣くものかと、下瞼から涙がこぼれるのを必死に耐えていると、バーボンの怒気がやわらいだ。そして、さっきとはうって変わって「そんなに不味いんですか?」と心配そうに聞いた。
さすがに五歳の子供が涙を浮かべているのに怒ることなんてできないのだろう。
「一日目は頑張ったけど、二日目からは食べられなかった。ベルモットは栄養があるって言ってたけど。……昔に食べた不味いジャムの味みたいだったの」
「不味いジャム?」
「うん。なんだっけ……マーマレードじゃなくって、マ、マ……マーマイトだ!」
マーマイトとは、イギリスのジャムで、とてつもなく不味いことで有名なのだ。味を例えるとするなら、ビールを飲んで酔っぱらって寝たおっさんが翌朝に吐く息の味。
二度と食べるものかと思ったマーマイトが再びよみがえったような絶望感に打ちひしがれてしまったのだ。
それを聞いたバーボンはどこか同情したように私を見たが、「でも」と口を開いた。
「美味しくなくても一口でもいいから食べてください。……とりあえず今は」
バーボンが紙袋から、ビニールでパッケージされたスティック状のそれを一つ取り出して私に渡してきた。非常に受け取りたくないけど、受け取らないと問答が続くことは容易に想像できたので渋々受け取った。
「料理はどうにかしますから。今はそれで栄養取って。……あと、ちゃんとケーキの箱を片付けないとダメじゃないですか。僕は愛子の世話係ですけど、お母さんになったわけじゃないんですからね」
「はーい」
そのあとに「夕食までに部屋を片付けといてください」と言い残して部屋を出ていった。最後まで小言が多かった。
バーボンのことだから、夕食の時に部屋が片付いているかをチェックしに来るに違いない。そのときに散らかっていたら、今の比ではないほどの小言が飛んでくるだろう。しかたなく、ベッドから降りて散らかった部屋を片付けることにした。