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 並盛中学校のそばの、洒落た遊具なんて存在しない広いだけの公園に雲雀くんはいた。倒れ臥したブレザー姿の男の子たちを威風堂々と踏みつけて。
 そうしているのが雲雀くんでなければ、慌てて警察に電話をしただろう。でも雲雀くんの場合はそうであるのが自然すぎて、すんなりと受け入れていた。異様さなんて覚えず、ただ今日会うことができてよかったと思っただけ。
 公園に足を踏み入れてから、近づいてもいいものなのかわずかに躊躇ったけど、何かあれば雲雀くんが対処してくれるだろうとすぐに気持ちを切り替えた。

「やあ」
「久しぶり、雲雀くん」

 雲雀くんは私に気づくとすぐに男の子たちの上から退き、赤い液体の付着したトンファーを振り払ってからベンチに腰を下ろした。私も意識のない男の子たちを少しだけ警戒しながら雲雀くんの横に座った。

「彼らは?」
「群れていたから咬み殺しただけだよ」
「『だけ』ってレベルじゃないと思うけどね……。まあいいか」

 早く用事を済ませたいので、それ以上の言葉を飲み込んだ。
 私は、会っていなかった間に行った組織の仕事のことを雲雀くんに伝えた。最近バーボンに同行して情報を探ったのは組織のフロント企業の内部調査だ。裏切りがないか調べたり、関係を断つために内密に書類を破棄しただけなのでたいしたことはしてないけど、何か雲雀くんの仕事の足しになるかもしれない。
 遠くから聞こえる住民の声、春風が吹き桜の花びらが散る。咬み殺された小動物たちを傍目に話はジンから任された人捜しのことまで進んだ。

「今捜しているのが六反田大智っていう男。組織と関わりはないんだけど、組織がよく活動している地区でよろしくないことをやってるみたいで邪魔らしいよ。それくらい許してあげればいいのにね」

 言いながら、目の前の美丈夫も並盛を荒らされることを嫌うのだったと思い出す。雲雀くんの場合は完全に並盛を支配下に置いていてシマにしているから、暗黙の了解のうちにナワバリにしている組織とはまったく違うけど。
 ジンに渡された六反田大智の写真をぴらぴら揺らす。仲間たちとどこかのお店でお酒を飲んでいる姿は、そのへんにいるチンピラとたいして変わらない。少しだけ人相が悪い気もするけど、笑っている顔だから判別は難しい。

「組織的には目の上のたんこぶではあるけど今すぐどうこうしたいわけじゃないんだよね。……ただ、うちみたいな大きな組織の存在に気づかない男だし、もしかすると並盛の方にも来るかもしれないから言っておきたくて」
「うん。そのときは、ちゃんと咬み殺しておくから安心して」
「うーん、まあ、それでもいいか」

 私が見つけたら別の構成員が始末するだろうし、六反田大智が始末されることに変わりはない。本当なら見つけたら私に報告がほしいけど、並盛に侵入した敵人を見逃せなんて言えるはずなかった。

「僕の方は平和だよ」

 私たちの前に散らばる残骸のことなんてまるで見えていないように雲雀くんは言った。
 いや、倒された結果平和になっているのだからいいのか。男の子たちが一体何をして咬み殺されたのか知らないけど。
 男の子たちがきちんと非行によって咬み殺されたことを祈っていると、雲雀くんは「ああ、そうだ」と思い出したように声を出した。

「先週、発砲事件が起きたよ」

 昨日の夕飯は和風ハンバーグだったよ。とでも言うかのようにさらりと爆弾を落とした。

「え⁉ 発砲?」

 そんな大事件、普通忘れる? と言いかけて、並盛では十年ほど前からバズーカの誤射が頻繁に起こっていたことを思い出した。沢田家でも発砲音が日夜聞こえていたし、ここでは日常茶飯かもしれない。綱吉たちがイタリアに移ってから減っていたはずだけど。

「被害者はいないし、すぐに犯人は確保したからね。たいしたことないよ」
「そっかあ。被害がないならよかった」
「ただ問題が一つ。その銃がどこから来たのかわからなかったんだ」
「どこから来たのかって?」
「犯人が使っていたのは、ベレッタM9。あまり日本人の使うものじゃないから気になって聞いたんだけど、『貰い物』の一点張りで、肝心の誰から貰ったのかは言わなかったんだ」

 銃については素人知識程度しかないので「ふうん」と相槌を打つと、「ああいう小動物は、アジア産を使うのが常だから」と教えてくれた。けど、やっぱりいまいちわからなくて曖昧に頷いてしまった。
 でも、どこから流れてきたかわからないということは、大元を叩けないということで、また発砲事件が起こるかもしれないという危険があることは理解できた。



 公園から帰宅すると、透くんはダイニングで朝と同じようにパソコンを触っていた。朝はストライプのシャツを一枚で着ていたけど今は上にカーディガンを羽織っているところを見るに、例の女子大生とすでに会ってきたのだろう。
 朝は冗談で誑かすなんて思ったけど、あながち間違いじゃないと思う。透くん本人にそのつもりがなくても、その顔でセンスのいいシンプルな服を着て、「僕が守ります」なんて、もし言われたら耐性のない子はなんでも話しそうだ。
 テーブルの横を通り過ぎ、自室に入ろうとしたところで透くんに「進展がありましたよ」と声をかけられた。
 その言葉に操られるように部屋に入るのを止め、透くんに近寄る。

「何かわかったの?」
「雅威亞さんの身元です」
「え! 早くない?」

 女子大生と話してきただけのはずなのに、どうしてそんなに調査が進んでいるんだろう。何か裏技でも使っているのではないかと勘繰ってしまう。

「今日会った被害者の方は、パピヨンさんではなく主犯の雅威亞さんに直接お金を渡した人だったのですが、渡すときに担保として雅威亞さんの運転免許証の写真を撮っていたそうなんです」
「え、じゃあずっと本名を知ってたの?」

 透くんは重い溜息を吐いた。その顔には疲労の色が濃い。

「ええ」
「それなのに誰にも言ってなかったの⁉」
「彼女もパピヨンさんに『名誉毀損になるから他の被害者に見せるな』と言われていたんですよ」

 なんだそれ。と驚愕して力が抜けた。いったい、なんの名誉を毀損することになるのだろう。パピヨンの言い分に呆れてしまうけど、そう言われた人たちが実際に口を閉ざしてしまったのだから、その効果は絶大だ。
 調査を始めて、まだそこまで日にちは経っていないけど、透くんはインターネットを使って情報を集めたり、アポイントメントを取ったり。とても忙しく動き回っていた。それこそ仕事を持って帰ってきた私が申し訳なくなるくらい。
 もし最初から本名がわかっていたら、そんな苦労なかったのに。
 おそるおそる「おつかれさま」と、できるだけ優しく声をかけた。

「ええ、まったくです」

 そう言って透くんは小さく笑った。

「免許証がわかったってことは、もう見つかるのも時間の問題?」
「そんなに簡単なわけではありませんが。……でもだいぶ楽にはなりますね」
「そっかあ。じゃあ河堀さんもなんとかなりそうでよかったよ」

 透くんは私を労るように、私の頭をゆっくり大きく撫でた。その柔らかい手つきが気持ちよくて、つい目を閉じながら透くんに一歩近づいた。そして子供扱いを甘受する。
 そんな私の動きに透くんはくすくすと笑った。
 むっとして目を開いて、座っていても私より高い位置にある透くんの端正な顔を睨みつけた。
 そして面白がっている透くんに文句を言おうと口を開き、でも言葉が出なかった。
 視界に入ったパソコンの画面のせいだ。

「は、えええ⁉」

 混乱した叫び声で、穏やかな空気が壊れた。透くんも私の声に驚いて目を開く。

「え、これって!」

 画面に映し出された免許証を指差す。痩けた頬にブリーチで傷んだ重たい前髪。鋭い目つきは証明写真にありがちな写りの悪さかもしれないけど、それでもその細い目は見覚えがあった。

「雅威亞さんのものですよ?」
「雅威亞!」
「ええ」
「な、なんで?」

 きょとん顔の透くんに早く伝えたいのに、興奮しすぎて言いたいことがまとめられない。
 なぜなら、その氏名欄には六反田大智と書かれていたから。
 透くんに宥められてようやく落ち着いたあと、私は透くんに雅威亞がジンに探すように頼まれているターゲットだと教えた。
 透くんはぐっと眉間に皺を寄せ、そしてしばらく黙り込んだ。
 ジンはきっと六反田大智を始末する。
 六反田大智と組織に関わりはないけど、目障りな人間をそのままにしておくような甘さは組織にない。一つの反社会集団が消えれば金の動きも変わる。六反田大智の利権を組織が横取りできるのなら、六反田大智なんて淀みに浮かぶ泡沫のようにあっけなく消されるだろう。
 だけど、そうなると河堀さんが困るんだ。

「六反田大智の行方は、簡単でなくともすぐに掴めます」
「だろうね」

 顔も本名も、SNSだってわかっている。六反田大智が次に取る行動なんて、透くんからすれば百マス計算並みに簡単に解けるだろう。
 思考をまとめるように目を閉じたまま、透くんは自分の考えを話し始めた。

ヒトリヨガリ