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「雅威亞さんの居場所はわかりました。そしてパピヨンさんと共謀して投資詐欺を計画した証拠も掴んでいます」
半個室の静かな喫茶店で、透くんはそう切り出した。
その瞬間、私たちの目の前に座る河堀さんは歓喜で涙ぐんだ。
雅威亞の名前が判明して一週間が経った。その間、透くんは雅威亞を詐欺犯として起訴できるだけの証拠を揃えた。SNSを介して行われた今回の詐欺は、通常の投資詐欺と違って契約を交わしたわけではなく口約束でしかない。ただでさえ、詐欺は被害届を受理してもらえないことがあるのに。そこで透くんは被害状況を明確にし、被害者たちから詐欺被害を受けたという証拠を集め、そして雅威亞側も詐欺を計画を立てたという証拠も押さえた。
――そう、透くんは組織に六反田大智のことを報告しなかった。厳密に言うと、今後、六反田大智が捕まったあと私がジンにその旨を報告することになっている。
透くんは組織の利益よりも、被害者の救済を優先した。そのことに驚く私に、事もなげに「六反田の組織はしばらく残るでしょうが、トップが逮捕されたらじきに機能しなくなります。合法的に始末できるのだから問題ありません」と言った。そして、雅威亞が六反田大智だと私が気づいたことを黙っているようにと指示したのだった。
報告前に注文したカルピスを飲むことなく、河堀さんは何度も頭を下げて「ありがとうございます」と頭を下げる。
透くんはなんとも言えない顔で頬を掻く。
「これから警察に被害届を出すことになりますが、前も話したようにお金が返ってくるかはわかりません。数千万円を騙し取られて返ってきたのは数十万円だったというケースも珍しくありませんから」
「ええ、わかっています。もうそれは馬鹿な私が悪いのだと諦めています」
少し前の憔悴しきった表情とは違い、しっかりと目にも声にも力がこもっていた。前が手折られた花だとすれば、今の彼女は土に根を張り実をつけた花のようだ。
「たしかに、もう少ししっかりと考えれば騙されなかったかもしれません。ですが、悪いのは人の弱みにつけこんで騙す方です」
眉をひそめて言った透くんの言葉に、河堀さんはふわりと笑った。その上がった頬にはコーラルピンクのチークが入れられ、唇にはアプリコット色のリップが引かれている。
前はしていなかった化粧も相まって、今の河堀さんを見て幸が薄そうだとは思わない。
その後、透くんは詐欺事件に強い弁護士の名刺を数枚、彼女に渡した。そしてこれから彼女が取るべき行動を教えた。
ただ犯人捜しで終わらない手厚いフォローのおかげで河堀さんの表情は明るい。
赤ちゃんの顔を覗き込んで「よかったね」と話しかける河堀さんを見る私も笑顔になる。
その後、河堀さんはお手洗いに行くために席を立った。もちろん赤ちゃんも一緒に。
無事に依頼が完遂したと、安心してメロンソーダをズズズッと吸い込んだ。メロンの要素のない甘ったるい味が口の中で弾けて踊る。
ちらりと横に座る透くんの顔を見た。何を考えているかわからない、ビー玉のような瞳で河堀さんのいた空間を見つめている。
昼間に動く透くんは、それに相応しい服を着、表情を作り、言動を取る。依頼人を前にした透くんはどこからどう見ても好青年でしかない。
それなのに、真っ直ぐに宙を見る透くんからはそういう柔和な昼の雰囲気が消えている。
私が見上げていることに気づいた瞬間、ぱちんと表情を変え「ん?」と小首を傾げた。
私は「なんでもないよ」と返事をしてストローを噛んだ。
そうこうしている間に河堀さんが赤ちゃんを抱えて戻ってきた。
このまま、それぞれが頼んだものを飲んで解散かとぼんやりしていると、にこにこという文字が見えそうなくらい綺麗に笑う透くんが、そのままの顔で「もう自殺は考えないでくださいね」と言った。氷のように固い声音だった。
暖かな空間の温度が一気に下がる。
私たちの会話は凍りついたように止まった。
遠くで鳴ったドアベルの音がやけに大きく聞こえる。
数呼吸後、河堀さんはぎゅうっと赤ちゃんを強く抱きしめて、おそるおそる顔を上げた。
「な、なんで……」
「あの日愛子の用事があった駅は自殺で有名な場所ですからね。生活苦で追いつめられたあなたがその駅の前の公園にずっといたと聞いて、はじめからそうじゃないかと怪しんでいました。そのときに愛子にお子さんを預けようとしたらしいですけれど……、僕たちの家でお茶を飲む僅かな時間も預けられないのにおかしいですよね?」
今だってお子さんを連れていきましたし。と犯人を追いつめる探偵のような言葉を吐きながら、透くんは困ったような顔をした。実際、透くんは「別に責めているわけではありませんよ」と、優しく慰めるようなことを言ってあげていた。
「ただ、これからは無関係な子供を巻き込もうとするより前に、周りにちゃんと相談してください。もしあなたがお子さんを愛子に預けて自殺していたら、……きっと愛子はずっとそのことを気にしながら生きることになっていたんですよ」
ゆっくり、ゆっくりと透くんは息を吐く。
私の周りに死がつきまとうことなんて日常茶飯事なのに。これ以上、私に重荷を背負わせないように気を使っているのだと気づくと、心の底の方がむず痒くなった。
そして、結局のところ自殺はしなかったのだから別にそれを言わなくてもよかったのにわざわざ言うのは、これから彼女がつらい目にあったときに自殺よりも先に周囲に相談できるようにするため。私を引き合いに出して忠告したのだ。
本当に河堀さんを透くんのもとに連れて行ってよかったと心がいっぱいになった。
きっと透くんは、たいしたことなんてやってないと言うだろうけど、透くんのおかげで多くの人が救われたのだ。被害者だけではない。河堀さんが自殺してしまったら、残された旦那さんや赤ちゃんも悲しみ、憎しみ、苦しんだだろう。
綺麗な瞳でお母さんを見上げて笑う赤ちゃんを見ながら、この子が知らない分まで私が透くんの優しさを覚え続けていようと誓った。
それからしばらくして、透くんは私に六反田大智が逮捕されたことを教えてくれた。新聞にはまだ載っていないスクープだ。
私はそれをポルシェの中でジンに報告した。
透くんのシナリオのとおり、ジンは六反田大智を始末できないことに関して気にした様子はなかった。それよりも、私がどのように六反田大智を見つけたのかとか、六反田大智についてどこまで調べたのかを聞いてきた。
透くんとやったことを誤魔化しながら答えつつ、ジンの質問は六反田大智のことが知りたいのはなく、私の実力をはかるためのものだと気づいた。試されていたのだ。
なんのために。なんてことは聞けるわけもなく、ジンの満足するまで聞かれたことに返事をして黒い檻から解放された。
ジンの意図はわからない。初めて一人で任された仕事だから私のできが気になったのかもしれない。というか、そうであってほしい。これからも何か頼まれるたびに私の能力チェックが入るのはやめてほしいから。
もしそうなってしまったら窮屈でしかたがない。
これからのことを考えて、ちょっとだけ憂鬱になった。