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バーボンは変わらない。スコッチが生きていて、ライがまだ組織にいたころから。
あのころバーボンの任務に同行していたのにホテルに残されていたのと同じように、今も家に残されている。どんな依頼を受けたか、どこに行くのかは教えられるし、家で依頼の調べ物をするときはダイニングテーブルでノートパソコンを開いていることも多い。だけど私が関わったのは河堀多恵さんの件のみ。
探偵の仕事から私を遠ざけるのは、優しさもあるけどたぶん理由は他にある。
切り替えがうまいのだ。バーボンは私の世話係だから組織の仕事を一緒にするのは普通だった。その中で子供にとって過酷なものはある程度バーボンが除いてくれていた。それに対して透くんは私の保護者だから探偵の仕事に私を巻き込むことをよしとしていない。
そのバーボンが、ついに私を探偵の仕事に関わらせることにした。同居を始めて約半年、七月の中旬のことだった。
「へえ。じゃあ、その初恋の人とは小学校以来会っていないの?」
依頼人と会う約束をしたのは冷房の効いたカフェだった。チェーン店ではあるけど、高級志向なため休日であっても客の数は少ない。
依頼内容はいたってシンプルな、小学校のときに転校した初恋の人を捜してほしいというもの。
透くんと同じ年代と思われる女性は汗をかいたグラスをじっと見つめている。
彼女の名前は南田優子。こげ茶色の髪は顔の周りでふんわりと巻かれ、ぷっくりとした唇にはかわいいピンク色のグロスが塗られている。きっと、この依頼のために気合を入れたのだろう。
どう見たって一般人の危険のない女性。だけど、だからといって透くんが私を彼女に会わせた理由がわからない。そういった害のない依頼人は今までだっていたのに、私が同行するのはこれが初めて。
それに透くんは最初、彼女の依頼を断ろうとしたのだから余計にわからない。透くんは面倒な依頼でも引き受ける。それなのに彼女から依頼の連絡があったとき、一度保留にしようとした。透くんが依頼の電話を受けている間、私が「初恋の人捜しなんて楽しそう!」と騒がなければ、きっと南田さんの依頼は断られていただろう。
「そうなんです。大学のときに東京進学組がプチ同窓会をしたらしいんです。私は大学のときは東京にいなかったから会えなくて。そのとき連絡を取った男子に聞いたんですけど、連絡がつかないそうで……」
「彼のご家族は?」
「一応聞いてみたんですけど、お兄さんも彼とは連絡が取れていないらしいんです……。だから、もちろん彼に会いたいっていう気持ちはあるんですけど、どこで何をやっているか心配で探偵さんに捜してもらおうと思って依頼しました」
切実に訴える表情は見ていて痛々しい。
透くんは顎に軽く手を当て、一瞬、目を伏せた。そのすぐあとに顔を上げると、南田さんを安心させるように微笑んだ。
「何か、その方の写真はありますか?」
「あ、はい。持ってきてます」
透くんの言葉に頷いた南田さんは、ショルダーバッグから一枚の封筒を取り出す。その中には少し色褪せた写真が入っていた。
それを透くんが受け取り、そのあとテーブルの上に置いて私にも見えるようにしてくれた。
写真に写っているのは、目の前の彼女の面影がある女の子と、猫目が可愛い男の子だ。二人とも半袖の体操服を着ていて、眩しい太陽の下で楽しそうに笑っている。よくある、それでいて朝露のように綺麗で儚い運動会の風景。
男の子は、初恋の人というのにふさわしい顔をしている。幼さを残しつつ、それでいて表情からわかる快活さや利発さもある。きっと南田さんだけでなく、多くの女の子の初恋を奪ったに違いない。
透くんは写真を見たまま何も言わない。何かこの写真に手がかりがあるのかと思って私も真剣に見てみるけど、すぐに飽きてしまった。体操服で学校は絞れるのだろうけど、そんなもの南田さんに直接聞けば済む話だし、写っているのは小学校低学年の男の子だから成長期で見た目はぐっと変わっただろう。くりっとしていてつり上がった目尻が可愛いけど、だからといってそれだけで見つけられるほど特徴的なわけではない。だいたい、子供なんてみんな似たようなパーツでできている。見れば見るほど、私も今までにこういう顔の子と会ったことがあるような気がしてくるくらいだ。
「他に、写真はありませんか?」
「……やっぱり一枚だけだと難しいですか? すみません、これだけしかないんです。学校で売っていたこれを親に内緒で買うのが精一杯だったんですよね……」
そう言って沈んでいく頭。
それがちょうど私の目線と同じ高さになったとき、南田さんは「あっ」と声を上げて頭を上げた。そして私に笑いかけた。
「えっと、今はケータイ……、スマホがあるから写真って簡単に撮れるけど、私が子供のころはそうじゃなかったんだよ。学校行事だとインスタントカメラの子が多かったかなあ。中学で親のデジカメを持ってくる子も増えたけど……。でも、小学校低学年じゃインスタントカメラも持ってないから写真なんて自分で撮るものじゃなかったの。かわりに、運動会とか遠足のあとは、カメラマンが撮った写真を校内で販売してて、それを買ってたんだよ。……こっそり、好きな人だけが写ったのを買ってる子もいたけど、うちは親が確認するから一緒に写ってるこれ一枚しか買えなかったんですよね」
南田さんは懐かしむように少し上を見上げた。
その顔は、いまだに彼に恋している顔だった。十数年も会っていないのに。
そんな表情をさせる彼に会ってみたいという気持ちがどんどん膨らんでいく。
依頼内容と初恋の彼の情報を聞き終え、契約内容を確認したあと、最後に南田さんは「新幹線のチケットはどうしましょう?」と透くんに尋ねた。
「愛子ちゃんの学校が休みになってからですか?」
「そうですね。そうしていただけると、ありがたいです」
「わかりました。……えっと小学校の夏休みって今月の下旬からですよね? また、詳しい日が決まれば連絡ください」
しれっと私が小学校に通っている体で話が進んでいる。けど、それよりも新幹線のチケットがいったい何なのか気になって透くんの腕を叩いた。すると、透くんは「彼女の実家の方にも調査に行くんですよ。愛子も一緒にね」と教えてくれた。
それでようやく透くんが、今日この場に私を連れてきた理由がわかった。
なんだ。遠方に行かないといけないから依頼を受けることを渋って、私も連れていくことにしたから依頼人に会わせたのか。
ふたを開けてみると、いつもどおりの透くんの行動だったんだ。何か彼女に隠された秘密があるのかと思っていたのに。あっけない結末に気が抜けてしまった。