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 座り心地のいい高反発の座席も、今の私ではサイズが合わず収まりが悪い。ろくに筋肉のない体は、細かい振動と遠心力に弄ばれてぐらぐらと揺れる。
 依頼主である南田さんの故郷まで向かっている新幹線の中、私は窓側の席に座り、隣の通路側は透くん。南田さんは一人でゆったりと過ごしたいとのことで、ボックス席ではなく私たちの前の列に座っている。
 おかげで、私は新幹線に乗る前にベルモットから届いたメールのチェックができた。内容は、明日ジャーダクラブのパーティがあるけど同行できるか問うもの。
 当たり前のように私のスマートフォンを覗き込んでいた透くんは、「ジャーダクラブ……」と小さく呟いた。

「まあ、明日は無理だよね。ごはん美味しいからもったいないけど」
「よく誘われるんですか?」
「ううん。前に一回行っただけ」

 シャロン・ヴィンヤードが所属するジャーダクラブは、慈善活動団体なので頻繁に定例会が行われている。でもその家族まで招待される親睦会は半年に一度だけ。他の社交パーティより上品だから好きなんだけど、どうもタイミングが合わない。
 画面の上で指を動かして返信してからスマートフォンをポケットの中に入れた。
 そして透くんの折り畳みテーブルの上に置かれた初恋の男の子の写真を手に取った。
 改めて見てみるが、やっぱりどことなく見覚えがある。
 つり目という点では雲雀くんに似ているけど、くりっとした大きな目は綱吉に似ている気もする。表情はカラッと明るい山本くんのようにも見えるし。

「好きになりました?」

 からかいを含んだ声で透くんが聞いてきた。

「そんなんじゃない」

 思ったより、むすっとした声が出たので透くんが軽く笑いながら謝った。

「見覚えがあるような気がするんだけど、でも思い出せないんだよね。むずむずする」
「まあ、こう言ってはなんですが、よくある顔ですよね」

 透くんは私の手から写真を掠め取った。
 男の子の顔を一心に見つめる透くんは、意識がどこか遠くにあるように感じる。記憶の海の中を漂って、透くんもこの男の子に似た知り合いのことを思い出しているのか。
 しばらく見つめていた透くんは、ふっと肩の力を抜いて写真を封筒の中にしまった。

「愛子はどんな子を好きになるんでしょうね」
「普通でしょ。普通の、クラスでちょっと目立つ、足の早いとかドッジボールが強い、みたいなタイプだと思うよ」
「普通が一番難しいんですけどね。でも、それがなによりも幸せだったりしますから、大事ですよね。……まあ、初恋はお父さん、みたいなことも言われてみたいですけど」
「……お父さんって、まさか透くん?」
「ええ。僕のことをパパンと言ったのは愛子でしょう?」
「また懐かしい話を引っ張ってくるね」

 呆れて言えば、透くんはくすくすと笑った。
 ヴェネツィアのころより心の距離は近づいているし、たしかに親子のようにも見えるかもしれない。でも――
 私は透くんのポロシャツをつまんだ。

「こんなポロシャツ着た人が私のパパンか……」
「あれ? 変ですか?」
「似合ってるしお洒落だよ」
「それならよかった。ダサいって言われたらどうしようかと思いました」
「絶対そんなこと思ってないくせに」

 今日、透くんは仕事とはいえ外を歩き回るためラフなポロシャツを着ている。ポロシャツといえば休日のお父さんのイメージが強いけど、透くんのそれは野暮ったいものではなく洒落た柄がプリントされたもの。スタイルのよさも相まって、遠目から見たらポロシャツには見えない。
 透くんの頭のてっぺんから爪先まで二往復して唸る。私に透くんみたいなかっこいい父親はもったいない。
 それでもやることのない車内なので、透くんの冗談に付き合ってみた。透くんが父親なら、休みの日にいろんなところに連れていってくれそうだとか、運動会は張り切ってそうだとか。それから学校行事についてきたら周りの母親たちの心を奪って昼ドラが始まりそうだとか。私の軽口に、透くんは笑って頷くこともあれば否定することもあり、なかなか楽しい時間を過ごせた。
 そうして、東京駅を出発して一時間と少しが経ったとき、車内に電子メロディが流れた。
 前に座っていた南田さんが席を立ち、振り返って私たちを見た。

「あの、このあと安室さんたちはホテルに荷物を置きに行くんですけど、……てっきり安室さんと愛子ちゃんは親子だと思っていて、その、今日泊まるホテルをダブルルームで取ってしまったんです」
「ああ、そんなことですか。別にかまいませんよ。愛子も大丈夫でしょう?」
「うん」

 申し訳なさそうにする南田さんを安心させるように、満面の笑みで頷いた。
 だけど、少しだけ動揺した。今まで透くんとホテルに泊まったときはベッドは別だったから。
 まとめるほどもない荷物をまとめながら、どぎまぎする心臓を落ち着かせようとする。
 ダブルベッドなら大人二人でも広々と寝られるのだ。私のサイズだと十分に距離はとれるはず。
 平常心、平常心、と心の中で何度も呟いて、できるだけ枕を離して寝ようと誓った。
 長い駅のホームに新幹線が滑り込んだ。
 完全に停車するまでの間、ふと男の子の情報を何ひとつ知らないことに気づいた。
 私が調べるわけじゃないにしても、名前くらいは知ってた方がいいだろう。そう思って、透くんと南田さんの顔を見上げた。

「ねえ、そういえば男の子の名前って何?」
「あれ、愛子ちゃんには言ってなかったかな。私が依頼した捜してほしい私の初恋の人は、諸伏景光くんっていうだよ」
 諸伏景光、それって松田が最期に教えてくれた――。
 まさか、こんなところでその名前を聞くとは思わず、息が止まった。
 会えるのかな、松田の友人に。いや、きっと透くんなら見つけてくれる。
 視界の端に、窓の外にある長野と書かれたホームの看板が見えた。

ヒトリヨガリ